第25話 招き猫

 金無垢のベルを振り側仕えの下級神父を呼びだし、地下牢からランセンを連れてこいと命じる。

 背後に立つ俺を不思議そうに見ているが、怒鳴られ慌てて出て行った。

 ぼろい冒険者紛いの服装に顔を隠した男がおっさんの後ろに立っているのだからそうなるよな。


 興味が湧いておっさんの素性を確認してみた。

 豪華絢爛なおっさんは、ヘラルドン王国エルマート神教教皇猊下ブルゾン様と仰る長い呼び名のお方でした。

 何故ヘラルドン王国と付くんだと聞けば、各国にエルマート神教教会が在るが遠すぎて連携が取れないので、各国にそれぞれ教会本部を置くことになっているそうだ。

 そりゃそうか、馬車か徒歩だと隣国までは遠すぎるから納得だね


 「お前は確か、エディとか申す小僧だな。こんな事をすれば此の世界にお前の生きる場所は無いぞ」


 馬鹿なおっさんだこと、余計な一言が自分の命を差し出すことになったと気づいて無い様だ。

 ノックの音に、ランセンだけを部屋に入れ他の者は外で待つように命じろと言って背後に立つ。


 「入れ!」


 牢番と思しき男に連れられてランセンが部屋に入ると、ブルゾンが横柄に命じる。


 「お前達はドアの外に待機しておれ」


 「はっ然し・・・此の男は」


 そう言いながら俺を窺っている。


 「ブルゾン猊下の声が聞こえなかったのか」


 俺の一言に姿勢を正し全員部屋を出て行ったのには笑いそうになった。

 絶対権力者の下では逆らうことは死を意味する、どんなに俺が不審な人物でも、ブルゾンの後ろに控えて居ればブルゾンの威光を自由に使える。

 ランセン神父は声で俺が誰だか判ったようだが、声を出す前に神父の後ろに回り縛りあげ声を出すなと命じる。


 ブルゾンに槍を突きつけ、お前以外に誰が俺の名を知っているのかと尋問開始。

 突きつけられた槍から目が離せないのか冷や汗を流して槍先を見ている。

 闘う事を知らない人間が、刃物を目の前に突きつけられたら恐いよね良く判るよ、俺の殺意も伝わるのか冷や汗の量が半端ない。

 教皇猊下と三人の教王に各自に付く補佐の四人が、ランセンから俺の事を聞いて知っていた。

 何故それ以上の人間が知らないのか尋ねると、ランセンを取り調べた者達は最低限の人数に絞り話が漏れない様にしたこと。

 俺の存在を王国に利用されない為に上層部の自分達と取り調べた者しか知らないと言った。


 それだけ聞けば用はない、紙に三人の教王の名前を書かせる。


 ヘルザン教王,ゴラス教王,モーズ教王ね、別の用紙に『ランセンに関する全てを忘れろ。然もなくばブルゾンの後を追うことになる』の警告文を書き三教王の名を記した紙で包む。

 ブルゾンにフラッシュを浴びせ、目を押さえた隙に頸動脈をスッパリ斬る。

 刃物で殺す時には頸動脈を切れば、脳の血圧が下がる為即座に意識が途切れ、先ず助からないって教えてくれた中二病に感謝。

 ブルゾンの手に警告文を握らせると、ランセンの襟首を掴んで神殿の魔力測定盤の側に跳び、ランセンを立ち上がらせる。

 

 「静かにしていろよ、お前を呼んだのは此奴の事が聞きたくてな」


 クロウをバッグから出し祈りの台の上に乗せた。


 「この猫がどうかしたのか」


 「つい先程エルマート様から魔法を授かった。どんな魔法か聞きたい」


 ランセンの顔こそ見物だった、目はまん丸大口開けて呆けている。


 「・・・猫が魔法を??? エディなん」


 「その名を呼ぶな! 二度と言わんぞ。ブルゾンはその名を口にしたから殺した。お前も死にたいか」


 大分痩せて頬がブルドッグの様になった顔で首を振るから、ほっぺがパタパタしている。


 「冗談でお前をここに連れて来たのではない。余計な事を考えずどんな魔法かだけ言え!」


 ブルゾンの首をあっさり斬って殺した俺を見ている、ゴクリと唾を飲み込み素直に頷いた。


 「まさか・・・空間収納,転移魔法,治癒魔法だと。猫だぞ?」


 信じられないのかブツブツ言っているが、ランセンを魔力測定盤の所に連れて行きクロウを乗せる。

 魔力高50、俺とアイリと同じ魔法が使え、魔力高はアイリと同じ50とはね。

 魔力測定盤を何度も見ているランセンを、再び教皇の部屋に連れて行きそのまま首を掻き斬る。


 さっさと教会本部を離れ王都の外に出るが、興奮状態のクロウを静めるのが大変だった。

 取り敢えず草原にカプセルホテルを置き、中に入って魔法の説明から始める。


 《では何か空間収納は5メートル四方の立方体が限界か?》


 「多分な、俺が魔力高20で2メート四方の立方体だから、そうじゃないかと思うよ。転移魔法は最大で、約200メートル跳べるが回数は判らない。魔力切れまで試したことが無いから」


 《治癒魔法は?》


 「それはアイリに聞いてくれ。俺は治癒魔法を受けた事は有るが施したことは無いので判らないよ。まっ魔力量を増やしておけば少々の事で魔力切れになる事は無いと思うな」


 その夜は遅くまで空間収納と転移魔法の使い方講座を開く羽目になり、翌日は寝不足でアイリのもとに行くことになった。

 アイリに何て説明すれば良いんだよ。

 しかも此奴は早くもドアや壁のすり抜けが出来る、ラノベを読んでいた奴は習得が早いわ。


 ノックをしてドアを開けると、アイリはベッドに腰掛け此方を見ている。

 どう説明しようかと躊躇っている隙に、クロウがジャンプしてアイリの胸に跳び込んだ。

 無意識に受け止めクロウを見てびっくりしている。

 クロウの奴は自慢げにアイリの胸にスリスリして満足気な様子、お前は心は男だと言ってたのならそれはセクハラだぞ。

 びっくりしてクロウを抱きしめたまま俺を見ているが、なんて説明すりゃーいいんだよ!


 説明の前に説教だ。


 「クロウ、此処へ座れ! あれほど迂闊に魔法を使うなと言ったのに判ってないな。世にも珍しい魔法を使うテイルキャットとして、高額の賞金を掛けられて追い回されたいのか」


 殊勝な顔つきで俺の前に座るが小首をかしげ、可愛らしく〈にゃあぁぁ〉なんて鳴きやがる。

 頭を一発張り倒し

 〈にゃあぁぁ、じゃねえ。こんな時だけ猫を被るな!〉

 怒るとアイリがクロウを抱き上げてヨシヨシと撫でている。


 「エディ、叩いちゃ可哀想でしょ。説明してくれるわね」


 「其奴は昨日、教会本部で祭壇の前に行き魔法が欲しいとエルマート様にお祈りしたのさ」


 アイリが可哀想な子を見る目で俺を見る、当然そうなるから嫌だったんだよ。


 《クロウ、はっきり言っとくぞ。此れからも俺と一緒に居るのなら俺の言葉に従え。嫌なら此処で別れてアイリの世話になるか野生に帰れ!》


 《悪かったよ、で何をすれば良いんだ》


 《今からお前が俺の言葉を理解しているとアイリに証明する。勿論アイリの言葉も理解しているとな。だが俺と言葉が通じることは暫く秘密だ》


 《アイアイサー》


 ビシッと敬礼したつもりだろうが招き猫のポーズになっている。


 「なあアイリ、クロウが俺やお前の言葉を理解していると言ったら信じるか」


 「あんたの言葉を信じろって言うのなら信じるわ。今まであんたの言うとおりにして上手くいってきたし。でも本当にクロウは言葉が判るの」


 クロウ相手に色々と言葉でやらせたりしてみた。

 狭い部屋の中を言葉通りに動き、荷物を引きずり肩に乗りと芸に近い事だが言われた通りの事をして見せた。

 最後に空間収納にアイリの荷物を仕舞わせ、取り出して見せたらやっと信じた。


 「判ったわ,クロウも魔法使いね。おいでクロウ」


 呼ばれて即行でジャンプしてアイリの胸に跳び込む。


 《エロ親爺、ほどほどにしておけよ》


 《焼くなよエディちゃん。猫の特権だよ》


 《お前、自分が雌猫って判ってるよな。心は男だって言ってたが、レズッ子に鞍替えか》


 《フギャウゥゥゥワーォォ》ご不満そうな鳴き声。


 その日はアイリから治癒魔法を使う時の事を色々話してもらった。

 アイリの前に座り、真面目な顔でアイリの話を聞く猫ってとってもシュール。

 然しこいつは俺と出会ってから、殆ど大きくなった様に見えないがこれも猫又の生態か。

 猫としての家族の事を殆ど話さないが、それでも判っている事は親兄弟に尻尾が分れているものはいないって事。

 親兄弟の毛並みはグレイで、クロウだけが黒な事ぐらいだ。

 漆黒の見事な毛並みは栄養満点な食事とリフレッシュのお陰かな。


 クロウに一通り治癒魔法について話すと、俺に向き直り相談があると言い出した。

 ガーラン商会の奥様から、週に2,3回定期的に来て貰えないかと相談されている。

 理由は健康になりお肌ツヤツヤ髪の毛サラサラになっているのを見て、顧客の奥様方が羨んでいる。

 豪商や金の有る貴族はリフレッシュが使える者を高額で雇っているが、リフレッシュを使える者が少ないので雇いたくても雇えない。

 アイリ専用の部屋を用意するので、顧客の奥様方にサロンでリフレッシュをお願いしたい、勿論銀貨数枚のリフレッシュ料金を頂いて結構だと言われている。


 いい話だが何を躊躇っているのか聞いたら、あんたの言うとうり素顔を余り晒さない方が良いと思うので、相談しようと思って返事を待ってもらっているって。

 そりゃそうか、素顔を晒さず複数の人間と接触しガーラン邸の外で出会っても、誰か判らない様にすれば良いのか。

 ムスリムの女性が着るブルカかニカブの様な服を作れば良いが、ガーラン邸内だけだから服の上から被る物だな。

 ゆったりめの貫頭衣に袖を付けた物にスカーフとマスク代わりの布を垂らせば良かろう。

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