第21話 挑発

 クロウがフルンで生活するようになって一月、クロウは全然成長している様に見えない。

 しかし肉付き毛並みは良くなり特徴の尻尾は太く長くふさふさで、ヘルド達が撫でたそうにしているが絶対に触らせない。


 そのクロウが食後のクリーンを掛けている時に、それ俺も出来そうな気がすると言い出した。

 どうやっているのか問われて困った、俺はアイリに教えて貰ったようなものだから。

 エディの記憶からこれかなって思うやり方、綺麗になれと願いながらクリーンって唱える方法を教えた。


 「にゃっ・・・にゃーっっ、ににっゃーあぁぁ」

 《言えねえよ! 猫に人の言葉は発音できないだろっ》


 「そりゃそうだわ、なら綺麗になーれって思いその後クリーンって考えてみろよ」


 呆れたね、適当な口から出任せを言ったら出来てるよ。


 「おいクロウ人前で使うなよ」


 《ふふん、心配するなエディ。そんなヘマはしないよ♪》


 綺麗で太くなった尻尾で、俺の足をぽんぽんと叩いてご機嫌である。


 「人に見られたら生活魔法を使う、世にも珍しいテイルキャットとして高値が付くからな」


 俺の呟きを聞いて尻尾が膨らんで震えている。

 銅貨数枚から金貨どっさりのお値段になれば、人族界にクロウの安住の地は無くなるだろう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 朝冒険者ギルドで何時もの様にヘルド達を待っていると嫌な気配が近づいてくる。

 クロウはさっさと俺から離れた所に移動し、見物にまわりやがった。

 まあ猫の手を借りても戦力にならないから良いけどさ。


 《俺が負けそうなら、顔の一つも引っ掻いて助太刀しろよ》


 頭の中で呟くと、軽く尻尾を振って応援してくれる優しい奴だこと。

 助太刀は期待できそうも無いな。


 「兄さん俺達に何か用でも有るのか」


 「俺達って事はゴブリンキラーの皆さんですか」


 「おうそうだ、何の用で俺達の事を嗅ぎ回っているんだ」


 「いやーゴブリンキラーって名前のわりに強いって聞いてさ、本当に強いのならパーティーに入れて欲しいかなって」


 「お前俺達を揶揄っているのか、本当に強いか試してみるか」


 なんて簡単に釣れるんだよ、餌まで用意していたのに無駄になってしまったよ。


 「是非試させて下さい。ゴブリンより強い方でお願いします。訓練場は空いているかな」


 食堂に騒めきが起きている。


 〈おいゴブリンキラーに喧嘩売ってるぞ〉

 〈命知らずか唯の馬鹿か知らねぇが、朝からよくやるよ〉

 〈彼奴まだ1年にもならない新人だぞ〉

 〈なら死んだね〉

 〈よーし大穴狙いで新人に銀貨1枚だ〉

 〈ばーか賭けになるかよ〉


 闘技場に行くと見物人がわんさかいるよ。

 ヘルド達も青い顔をして心配気に見ているから、俺に銀貨を賭けろと言ってやりたいよ。

 自分で言うのも何だけど大穴だぞ。

 ギルマスが頭を掻きながら面倒そうに訓練場に入って来たが、ゴブリンキラーと俺を見て渋い顔になっている。


 「暫く顔を見なくて静かだったのに帰った早々これか。殺すなよ」


 「なーにギルマス新人が逆上せているから、冒険者の厳しさを少し教えるだけだよ」


 「お前も死にたくなければ詫びを入れて引き下がれ」


 「ギルマス余計な事を言うなよ。久々にギルド公認で甚振れるんだぜ。さっさと合図をたのまぁ」


 模擬戦用の木剣を振り回しながら実に楽しそうだ、おれは2メートル程の短槍に見立てた棒を手に取る。


 「双方とも俺が止めと言ったら即座に止めろ。出なければ俺が相手になるからな」


 ギルマスに睨まれ、大仰に怖がる素振りのゴブリンキラーの一人。

 見物に回る5人が爆笑している。


 〈じっくりやれよゼド〉

 〈俺達に逆らえばどうなるのかよーく判らせろ〉

 〈僕ちゃん泣かないのよ〉


 「おらっ邪魔だ出て行け!」


 切れ気味のギルマスに、訓練場から追い出される5人。


 「始めろ」


 投げやりなギルマスの合図で、見物に回ったゴブリンキラーの連中が奇声を上げる。

 ゼドと呼ばれた男が悠然と歩いて来るのに対し、必死の形相を装って槍を構え、ゆっくり手抜きの突きを入れる。

 慌てて槍を払い、顔面を狙って横殴りの一撃がくる。

 余裕で躱せるが仰け反って躱し、後ろに倒れそうになる。

 此処だとばかりに打ち込んでくるのを逃げながら棒を振り回し、棒の先で鼻先を叩くと鼻血がドバーって吹き出している。

 鼻血を流して激高するゼドの向う脛を、振り回した棒が偶然に当たった様に見せかけて転ばせる。


 魔力を纏って闘うのに弱い振りは疲れるぜ。


 〈ごらぁぁぁゼド何やっている。俺達に恥を掻かせる気か〉

 〈どけ! 俺が仕留めてやる〉


 おー、お代わりが指名なしで出てきたよ。

 困った様にギルマスの顔を見ると、苦虫を大量に摂取中ってお顔です。

 ゼドと入れ替わりに大剣を模した木剣を振り回す男を見ながら、ギルマスが近づいて来る。


 「お前やれるのか、彼奴はゼドより遙かに強いぞ。止めたければ止めてやるぞ」


 「遣ります。こんな機会は滅多に在りませんから」


 マジマジと俺を見て首を振りふり離れていくと、開始の合図を送る。

 大剣を模した木刀を振り回しながら歯を剥き出して笑っている男の、鼻を目掛けて突きを入れる。

 鼻に当たるか当たらないかのギリギリの突きだ。

 日課の朝練の成果を見よ! 見切りバッチリで鼻先が少し赤くなっただけだ。

 顔色が変わったね、動きが慎重になった。


 「ブルゾ小僧を半殺しにして見せしめにしろ!」


 恐い事いってるねぇ、出来るのかなブルゾちゃん。

 真剣な顔で袈裟斬りに振り下ろされる木剣を斜めに受けて滑らせ、地面から跳ね上げる様に棒を浮かせる。

 顎を下から掬い上げる様に棒が眼前を通過してブルゾの顔色が朱に染まる。

 お前の動きでは俺の攻撃は躱せないよ、故意に外しているのさえ判って無いだろう。

 棒が跳ね上がったのを好機と捉え胴を狙って横薙ぎの一閃だが遅い。

 棒の先端は跳ね上がったが手元は未だ下に有るんだよ、棒を縦に回す様にして横薙ぎの一閃を跳ね上げ、序でに手首に蹴りを入れてやる。

 木剣を手放しそうになり慌てているところを狙い、偶然振り回した風を装って棒の先で膝の裏を思いっきり叩いた。


 大の字にひっくり返って起き上がれず、膝を抱えて呻いている。

 ゴブリンキラーの皆さん、信じられないものを見たような顔ってそれですか。

 ギルマスが呆れた様な顔で近づいてくる。


 「呆れた奴だな、遊んでいたのか」


 「ちょっと思うところが有るので、残りの奴等と纏めて遣りたいんですがお願い出来ますか」


 「良いだろう。殺さなければ半殺しになるまで止めないから好きにやれ」


 ギルマス笑いながらそう言ってゴブリンキラーの方に行き、上手く挑発して残り4人を訓練場に引き出したよ。


 「まぁ4対1なんてのは認めないんだが、此奴等が是非やらせろって言うから仕方がない。それでいいな」


 なんて言い草だ、目が笑っていますぜギルマス、離れ際に赤い髪の奴に気をつけろ奴が一番の使い手だって囁いていった。

 膝を抱えて呻いているブルゾを蹴りつける赤い頭の奴、4人横並びに並んで睨んでくる。


 〈オイオイ4対1かよ、ギルマス本気で遣らせる気かよ〉

 〈まぐれは3度も続かないぞ〉

 〈よーし大穴2連発いただきだー。3度目の・・・無理そうだな〉

 〈なら俺が新人に賭けて負けを取り戻すぞ〉

 〈やっちまえー〉

 〈お前どっちを応援してるんだ〉

 〈決まってるだろ、大きな声で言えない方だよ〉


 聞こえてますよとは教えて遣らないが、人気ないよなゴブリンキラーって。

 ギルマスの合図で一斉に前に出たが1人赤い髪の奴が半歩遅れている、左右に分れ始めたので右に飛び右端の奴を横殴りに背中を叩き、そのまま横から蹴り飛ばす。

 仲間に向かって倒れそうになり、踏ん張った足を掬い上げて転倒させる。

 倒れた男の陰で、問題の男が隙を狙っているのでフラッシュを浴びせて、強烈な殺意を送る。

 俺の殺気に反応して木剣を振ったが、倒れた男が起き上がろうとしていたから、顔面直撃で歯を撒き散らして昏倒する。

 左の2人が同士討ちにびっくりし一瞬動きが止まる、絶好の攻撃チャンス。

 顔を狙って軽くジャブ気味に棒を突き入れ、弾きにきたところを手首に一撃、確実に折れているが止めに胸に突きを入れて後ろに飛ばす。

 もう一人は必死に木剣を振っているがパニック状態で攻撃が杜撰だ、軽く頭を殴りふらついたところで太ももに全力の突き、動きが止まったのを狙って顔面を殴りつける。


 ぞくりとした感触に前方に飛び前転して起き上がると、倒れていたブルゾが大剣を模した木剣で後ろから殴りつけてきていた。

 しかし膝の裏を叩かれた為に膝裏の腱を痛めて踏ん張れず、一振りで又倒れ込んだ。

 邪魔する奴に遠慮はいらない、振り回した木剣を杖に立ち上がろうとしている腕を叩き折る。


 問題の赤髪の男は目をすがめ俺を睨んでいるが、未だ視力が完全に回復している訳ではなさそうだ。

 サービスにもう一発フラッシュを浴びせ殺気を送る、腕が良いから殺気に反応し木剣を振るから隙が出来る。

 すかさず無心に突きを入れ、よろめき踏ん張った瞬間に木剣を持つ利き腕を叩き折る。

 そのまま追撃で反対の肩の付け根に渾身の突き、引いた棒を身体の後ろに回して反対側から膝を殴りつけて折る。


 〈おぉぉ遣っちまったぜ〉

 〈凄えなぁ〉

 〈やったー、大穴だぜー。エールを寄越せ!〉

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