第17話 鴨は強いぞ

 アイリには後二月はこのエルグの宿から通う事と、住み込んでも俺が尋ねて行った時、無条件で会える様にだけはする事を約束してもらった。

 翌日も大通りや市場を散策していると、王都警備隊の服装の男が長槍を立てて街を歩いている。

 煌めく穂先の下に白い四角な布が括り付けられている。


 〈何かしらあれ〉

 〈向こうの通りにも居たぜ〉

 〈何かあっちこっちで見かけるな。何事だ〉


 王家は供述書を受け取る事にした様なので、今夜受け渡しの用意をする事にした。

 アイリに今夜は帰らないと伝え王都の外に出て夜を待ち、深夜王都に戻ると大通りの向かい合わせて建つ家の屋根に立つ。

 向かい合わせの屋根に細い丈夫な糸を張り、中央からもう一本細工した糸を引くと準備完了城壁の外に出て朝を待つ。


 朝になり王都に引き返すと、市場で朝食を食べながら長槍を持った王都警備隊の男が現れるのを待つ。


 〈あら、今日もまた槍を持って彷徨いているわ〉

 〈何しているのかしら〉


 指示した通りの行動をしている様なので、槍持の男が通り過ぎ見えなくなった所で俺も準備始める。

 大通りから裏に回り路地に入ると周囲を確認し、建物の屋根にジャンプして伏せる。

 大通りに張られた糸の中央から引いた糸に、白い布に包んだ手紙を結び手を離す。

 通りの中央にぶら下がり揺れているのを確認しおさらばだ、後は勝手にやってくれ。


 屋根から屋根へと跳び離れた場所の裏通りに降りると、ぶらぶらと大通りを歩く。


 〈あそこだ!〉

 〈周囲を囲め!〉


 ピーピーと笛が鳴り通りの其処此処から駆け出す男達、ご苦労さんそんな事だろうと思ったよ。

 野次馬の後ろから供述書が回収されたのを確認して、又ぶらぶらと王都を散策し昼前に宿に帰り着く。

 もう王都に用は無い、フルンに帰りやり残した事を片付ける準備をする。

 今度は一気に馬車旅をするのでは無く2,3日毎に区切って帰る事にする、一人では長期間の尻への攻撃には耐えられそうもない。


 アイリにフルンの街に戻る事を伝え次に王都に来た時の連絡先として今借りている部屋を一年間借りる事にした。

 宿の受付のアンナに来年の7月末迄1年間の部屋代144万ダーラ、金貨14枚と銀貨4枚を支払っておく。

 一月30日一年360日一週間6日って凄く簡単で計算が楽だわ。


 来年の7月以降はアイリが続けて借りるか、ガーラン商会の奥様の世話になるか決めろと言って別れた。

 俺が神父様から貰った金貨のうち200枚と、ガーラン商会から100枚以上の金貨を貰っている筈だから金の心配は無いはずだ。


 初冬にフルンを離れ王都に来てもう夏も近い、熱い最中の馬車旅が思いやられる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 カラカス宰相は街に潜ませた騎士から問題の包みを受け取ると、ヘラルドン国王の下に急いだ。


 「陛下手に入りました。確認させていただきます」


 陛下の面前で包みを開き読み始めるが思わず声が出る。


 「どうしたカラカス、何か問題でも」


 「陛下エルドバー子爵の共犯者は、創造神エルマート様を信奉する教会の神父です。領地フルンの教会の神父が、経営する孤児院の子供達が独り立ちするさいに、エルドバーに斡旋していたと記載されています。またフルンの街の冒険者も加担しており奴隷商もいるようですが、神父の供述書ですので詳しくは知らない様です。王都の屋敷から見つかった少年少女は又別口かと思われます」


 供述書を読みながら国王陛下に内容を伝える。

 ヘラルドン国王にとって教会は厄介な存在だが、今回の事は教会に手綱を付けるチャンスだと捉えた。

 それと同時にエルドバー子爵一人の犯行で有る筈が無い、下手をすれば一大スキャンダルになり王国の威信を傷付ける事になると頭が痛かった。


 カラカス宰相は読み終えて考える、この供述書はエルドバー子爵本人を拘束し証人の少年少女を保護している以上余り重要では無い。

 教会も犯罪を犯した者だからと簡単には王国に引き渡しはすまい、なら教会の弱みを握り先々王国に口出しさせない為の枷に使えばよい。

 そう考えヘラルドン国王に進言する。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 早朝王都城門近くの馬車乗り場から、第一の目的地ワロン行きの馬車に乗る。

 モンス,イクセン,ワロン迄の、三日の行程だからこの程度なら尻の打撃にも耐えられると思う。

 乗馬の練習をして馬旅も考えたが、最低でも4,5人の冒険者を護衛に雇い旅する事を考えれば、馬車旅の方がマシだし安全に思えた。


 これは正解だった、近距離便なので荷物と乗客を乗せるとさっさと出発する。

 長距離便は到着地で荷物の積み下ろしと、乗客数が少なければ客引きして時間が掛かり面倒な事が多い。

 近距離では余計な時間を掛けるより定刻通り走り、街々に送る荷物も確実に確保している様で無駄が無い様だった。

 ただ近距離間ならではの乗客数が多いので下手をすれば乗り損ねる。

 急ぐ旅でもないしのんびり気楽に旅する事にした。


 のんびりさせてくれないのが人の世で、乗客の中には質が悪いのが紛れ込む。

 明らかに旅の道連れを観察し人の懐を推し量る奴が同乗してきて、俺の荷物の少なさにあれこれ詮索してくる。

 明らかに俺がお財布ポーチ持ちだと睨んだ上で、話しかけてきて探りを入れてくるのが面倒だ。


 「姉さん、俺の荷物が少ないのがそれ程気になるかい。人の詮索は止めた方が身の為だよ、余計な事に手を出すと大火傷を負う事になるからね」


 「兄さん人が親切に」


 「親切に彼此探りを入れているのは知ってるよ。俺が鴨に見えるなら足を洗った方が良いな」


 ヘルトの街で女は馬車を降りて迎えの男と消えたが、俺は一泊し翌日の馬車に乗る。

 次のナミルの街までに途中一晩野営する必要がある、来るなら此の野営の時だろう。

 歓迎準備をしておくかと思ったが、果報は寝て待てって言葉を思い出し寝てしまった。

 同乗者は俺がカプセルホテルを取り出したのを見て、あっけにとられて居たが気にしない。


 護衛の冒険者が睨んでいるが、俺を睨むよりしっかり周囲を睨んでおかないと命を落とすぞと思うが余計な事は言わない。

 お客さんが来るまで時間が掛かるだろうから横になって待つ、外が静かになったのを見計らい覗き穴から周囲を観察する。

 オイオイ、もう来てるじゃないの。

 護衛の冒険者諸君は焚き火を囲んで談笑中ときた、気を抜きすぎでしよう。


 囲まれている様だし相手の人数も解らない、どうすべえかなと考えていると〈ウッ〉と言って一人が前向きに倒れた。

 背中に矢が突き立っているが、仲間達はそれを見て身動き一つしない。

 シルバーとブロンズのベテランパーティーだと言ってたが口先だけの様だ。

 此奴等が死ぬのは勝手だが俺の足が無くなるのは困る、仕方が無いちょっとだけ手伝う事にする。


 弓を持った奴は焚き火の向こう側で位置が解らないから、見えてる奴の背後に跳ぶ。

 手槍を持ったままジャンプしたので、即座に背中に突き入れ日頃の練習の成果を披露する。

 〈ウグッ〉て言ったきり崩れ落ちたが、少し離れた所にいた仲間が俺に向き直る。

 ばーか正面から遣り合う気は欠片も御座いません。

 即ジャンプで後ろに回り、俺が消えた場所をマジマジと見ている背中をプスリ。

 〈ギャー〉って煩いんだよ。


 伏せて周囲の気配を探り次の目標を探す、悲鳴で立ち上がった奴がいるので其奴を目標にジャンプして3人目は気配に気づいて振り返る所を脇腹を突き刺す。

 声も上げず腹を抱えて座り込んだ奴に尋問、何人居るのか魔法使いと弓持ちの数。

 火魔法2人水魔法1人に弓持ちが3人、面倒だね。

 魔法使いよりも弓が面倒だ、此奴等から始末する事にするが位置が解らない。

 射たれた冒険者を目印に其奴の背後より少しずれた位置に跳ぶと即座に伏せ周囲を探る。


 弓に矢をつがえて周囲を見回している男を発見、収納から石を取り出し握りしめジャンプ。

 振り向き弓を引き絞ろうとしているが、石を投げる方が早い!

 〈ゴン〉て顔面もろ直撃で痛そう、すかさず次の石を投げつけるがゾクッとした感触に地面にダイブ。

 石を二発食らって棒立ちの男に矢が突き立っている、恐ーいよー。

 カプセルホテルに一時避難・・・逃げ帰ってきた。


 震えが止まらないが、此処で手を緩めたら押しきられる。

 エディ君は男の子、いっけー!

 さっき矢が飛んできたと思われる方向にジャンプして伏せる。


 〈馬鹿野郎ー、誰を射っている。よく狙え〉


 あっ叱られてやんの、ばーか。

 居場所が丸分かりだぞ。

 声の方にジャンプして・・・と,と,と5人も居る所に跳び込んでしまったが、びっくりしている奴を突き刺し其奴を軸に後ろに回る。

 良いね魔力を纏っての接近戦は、スリルがありすぎてちびりそうだよ。


 〈何だ今のは〉

 〈何処から出てきた!〉

 〈おい、エドナが殺られてるぞ〉

 〈後ろに回ったぞ〉


 ひゃー恐いよー、即座に隠れた奴の前方にジャンプして奴等の背後に出る。


 〈おい居ねえぞ〉

 〈糞っすばしこい奴だ。何処に行った〉


 「此処だよ、ばーか」


 俺の声に振り向いた奴等に向かって最大限のフラッシュを浴びせてやった。


 〈ウォー〉

 〈なっ何だ、目が見えねぇぞ〉

 〈俺も見えない、どうなっている〉


 気づかれない様にこそこそ忍び寄り、槍先で頸動脈をスッパリ切り裂さいていく。


 〈やべえぞ。聞いてたより人数が多いぞ〉

 〈糞ッもう半分以上殺られたぞ〉

 〈勝ち目がねえ、俺は逃げるぜ〉

 〈待て、置いて行かないでくれ〉

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