第15話 火事騒ぎ

 二日に一度ずつガーラン邸にアイリのお供で出向くが、出迎えてくれる人間も奥様周辺のメイド達も決まった者しか居ないので、秘密を守る心遣いはわかる。

 報酬も一度に金貨5枚が支払われるので、多すぎるのではとアイリが辞退したが当然の報酬だと言われ受け取る事になった。

 アイリ以前の高名な治癒魔法使いには、もっと多くを支払っていたので多すぎる事はないと真顔で言われたものだ。

 付き添いの俺にも毎回金貨1枚包まれ、有り難くいただいておく。

 なにせお尋ね者になる恐れがあるので、逃亡の為の軍資金は幾らでも欲しい。


 治療の合間に田舎者丸出しの衣服を改め、俺もアイリも大分垢抜けてきた。

 アイリがガーラン邸に行かない日、俺はフルンの森や草原で採取し空間収納に保管している薬草を、少しずつ売りに行っていた。

 そして王都ラクセン周辺の草原で様々な草を干し草にし、せっせとマジックポーチに溜め込んだ。


 用意は着々と整うのだが肝心の情報を集める術がない。

 知りたい情報は此の世界では軍事情報なので、書店で簡単に買える訳でない。

 それに書籍自体少数で極めて高価なしろものだ。

 誰にも疑われずに知ることが不可能に近いことが良く判ったので、別の手段を使う事にする。


 アイリに暫く別行動を提案するとごねられたが、現在の状況ならガーランをある程度信頼しても良いと話す。

 何時までも一緒に行動する訳にもいかないし、俺はお尋ね者になるかも知れないから一人王都で暮らす準備もしろと説得する。

 何かあって俺の知るところとなったら、出来る限り助けてやるからと何度も言って納得させる。


 アイリと同伴する最後の日にガーランにお願いし、ヘラルドン王国に属する貴族の紋章一覧を知りたいとお願いした。

 変な顔をされたがガーランは裕福な者を相手の商人だ、王都の貴族街に出入りするのに紋章が判らなければ商売にならないからと目星を付け、頼んだら紋章の見本帳を持っていた。

 アイリの治療中にそれらを見て赤面する思いだった、フルンの街を出入りするさい門柱に掲げられている文様がエルドバー子爵の紋章だったのだ。

 日本生まれ日本育ちの俺の意識や、フルンの街に生まれた子供のエディでは、紋章なんて興味の対象外なので気にもしてなかったぜ。


 知りたい事は判ったので次回からアイリは一人で行かせる。

 俺は宿の部屋さえ確保しておいてくれたら何時でも泊まりに来るからと言って、一度王都ラクセンを離れる事を告げる。

 アイリがガーラン邸に一人で行けば、必ず俺の事を聞かれるから、俺は暫く王都を離れ冒険者家業に戻ったと話す様に言っておく。

 何か事が起こってもアイリは俺と無関係って事だ、まっ掴まる様な下手をする気は無いけどな。


 10日程は真面目に薬草を探し、2,3日に一度は冒険者ギルドに顔を出し薬草を売り払う。

 新月の夜夕暮れに王都の城壁の傍らに潜み夜更けを待つ、夜更けて城壁の上に跳びロープで下に下りると調べた道を闇を利用して貴族街に向かう。

 貴族街入り口の衛兵詰め所や各貴族の門衛の目をさける為、時々ジャンプしながら貴族街を駆け抜ける。


 広いねー王国中の貴族の屋敷が集中しているだけ有り、それぞれの紋章を確認しながらだと一晩では無理だった。

 夜明け前に目の前の屋敷の屋根に跳び気配の無い屋根裏にジャンプして一日が終わる。

 どう見てもガラクタ置き場の一角にマットを出し、寝袋代わりのローブに包まり眠りに就く。

 次の日夜明け前に目的のエルドバー子爵の紋章を見付けた、立ち並ぶ大邸宅から比べたら小さいがそれでも立派なお屋敷だ。


 早速お邪魔する事に、屋根から屋根裏に跳び気配を探りながら階下へと進む。

 夜明け前なので無人の廊下を通り、人の気配の無い部屋を確認して回る。

 2階の一室が執務室と確認し、後はお決まりの屋根裏部屋探訪と洒落込む。

 此処も屋根裏部屋の一角は使用人が使わず物置になっている。

 貴族って屋根裏部屋に置くのが趣味なのね、見れば瀟洒な家具や絵画等が大量にある。

 地下室はお宝や酒蔵,食糧貯蔵庫等色々溜め込むと思っていたがそうでは無いのか、そう思っていて一つの可能性に気がついた。


 好奇心猫を殺すって諺が在ったよな、猫にならない様に注意してと思ったが、胸騒ぎがするので中止して寝る事にする。

 目覚めたら未だ夕暮れ時だ計画を実行に移すには早すぎる、しっかり腹拵えをして夜の帳が降りるのを待つ。

 新月から三日目、細い月が昇るのを待って行動に移す。

 

屋敷の両翼三階の空き部屋に跳び、マジックポーチから集めた干し草を取りだしソフトボール大のフレイムで火をつける。

 窓を開け空気の通りを良くし盛大に煙が出たところで〈火事だー♪ 火が出たぞー〉大声で叫んで騒ぎをおこす。

 すかさず反対の部屋に跳び用意の干し草に火をつけ窓を開けると、向かいの屋敷と境界の塀際に跳んで見物に回る。

 目星を付けた執務室の明かりの中で人が慌ただしく動き出すのが見える。


 服装確認、ぼろ布を巻いた頭巾に口元を隠すマスクと古着を着た、如何にも不審者の出で立ち、魔力を纏っていざ出陣。

 護衛達が確認に行ったと思われるので強襲作戦開始。

 目的の部屋に跳び込むと壁際に二人残っていたが、二人ともフラッシュで目潰し鉄棒で殴りつけ昏倒させる。

 目的の人物によく似た若い男が執務室の机の側にいるが逃げようとしたので此奴もフラッシュで目を見えなくして頭にゴン。

 襟首を掴んで元の塀際に戻り、暗がりに引きずり込んで猿轡をし手足を縛って一丁上がり。


 火事騒ぎが一段落した様なので追加の騒ぎを起こす為、灯りのない部屋に跳びありったけの干し草を出して火をつけ、騒ぎを大きくするお手伝い。

 周囲の貴族の館も大騒ぎだが他の貴族の屋敷に勝手には入れない。

 その隙におれは拉致してきた奴を、ウォーターでたっぷりと水を掛けて起こす。

 直径約1.5センチ長さ60センチの鉄棒で、ゴンゴン頭を叩くとはっきり目が覚めたようだ。

 

 「お前の屋敷の地下に何がある」


 単刀直入に聞くと目を見開き動揺している。

 ビンゴー♪ ポーカーフェイスが出来なきゃ貴族失格だぞ、その貴族の後を継ぐ前に潰してやるからな。

 騒ぎを大きくする張り合いが出来たぜ。

 得意の股間攻撃に切り替えお話を聞くがしぶとい、そりゃー喋れば身の破滅てのは判るが、どのみち明るい未来は無いんだけどな。

 名前だけ確認しニラガ・エルドバー、パパと性格がそっくりと評判の奴ね、エルドバー子爵の嫡男なら餌にするにはうってつけ。


 こんがり焼けたタマタマを抱えて気絶している奴の、襟首掴んで貴族街の入り口へジャンプ。

 少し手前からニラガを担いで衛兵の前に行き投げ出す。


 「此奴が火事騒ぎの元凶だ詳しくはポケットに入れた紙に書いて在るから王都警備責任者に見せろ! 同じ紙を王城城門の衛兵にも渡すから必ず責任者に渡せよ!」


 そう怒鳴りあげて全力疾走で逃げ、暗がりに入るとそのままジャンプして貴族街からおさらばする。


 貴族街入り口を警備していた衛兵こそ災難だった。

 いきなり男を担いだ小柄な男が現れ、担いでいた男を投げ出し聞き捨てならない言葉を怒鳴ると、逃げる様に駆けだして消えた。

 後を追ったが暗がりに走り込んだと思ったら姿が消えた。

 火事騒ぎで大変な時に又一つ厄介事が出来たとうんざりしながら男の言葉を思い出しポケットからはみ出している紙を取り出した。


 取り出した紙には、男の名前と屋敷の地下を調べろ、エルドバー子爵が誘拐違法奴隷売買、快楽殺人をしている証言と証人もいる。

 又証言者が署名血判した供述書も必要なら渡す用意がある、と書かれていて仰天する羽目になった。

 男は王城城門の衛兵にも渡すと言ったからには、握りつぶしてエルドバー子爵に恩を売り小遣いを稼ぐ様な真似も出来ない。


 取り敢えず男を衛兵詰め所の奥に入れ、王都警備隊本部に急ぎ連絡した。

 その夜王都警備隊本部は大騒ぎになった、貴族の誘拐奴隷売買に快楽殺人を示唆する文章と名指しされた貴族の嫡男が怪我と大火傷を負って担ぎ込まれたのだ。

 警備隊本部の当直責任者は、直ぐさまカラカス宰相に連絡を入れ判断を仰いだ。

 また問題の怪我人の衣服から別の紙が見つかり、証言者の氏名と供述書が欲しければ以下の指示に従えと書かれていた。

 此の紙も直ぐさまカラカス宰相の下に送られた。


 カラカス宰相は王城内に与えられた自室で休んでいるところを、従者から王都警備隊から緊急事態の連絡だと告げられ、急ぎ執務室に戻った。

 報告を聞いたカラカス宰相は事を公にしては不味いと、問題の衛兵を交代させ関係者を集めさ箝口令を敷いた。

 貴族街入り口の衛兵が聞いた内容と、怪我人のポケットに入れられていた紙を読み、急ぎ国王陛下の判断を仰ぐ必要があると王城の奥宮に向かう。


 酒を楽しんでいた国王ナルデス・ヘラルドンは、カラカス宰相の報告を聞き王都警備隊より提出された紙を一読し考え込んだ。


 「カラカス、此れを信じろと言うか」


 「信じる信じないの問題では在りません、書かれている内容です。証人と署名血判を押した供述書が存在する事です。それとエルドバー子爵邸で火事騒ぎが起き、嫡男が現に警備隊の手にあります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る