第12話 オイゲンの死

  神父様ベッドをずらし壁の隠し扉を開けると、中が見えない様にしながら革袋を後ろ向きに投げる様に置く。

 振り向いた時には手に革袋が一つ、これが最後だと言いながら差し出したが袋の下に回した手の向きが不自然だよ神父様。

 見え見えの手口だが知らない素振りで袋を受け取りに行く。


 革袋の下に回した手にはナイフが隠されていたが、突き出されるナイフが遅い。

 魔力を纏っている身からしたら余裕のよっちゃんで躱せるので、手首を掴んで捻りそのまま床に押さえ込む。


 「練習不足ですよ神父様。殺されそうになったら反撃して殺しても良いよな」


 「待ってくれ、悪かったエディ許してくれ。頼む」


 「許しても又隙をみて殺しにくるでしょう。俺に渡した供述書が有れば、どんなにお前が俺を殺人犯だ強盗だと訴えても無駄だぜ。俺が此処を出て行けばお前の知らない奴の手に渡る。それは俺に万が一の事が在れば、即座に王宮に届けられる手筈になっていると言っておくよ。信用するもしないもお前の勝手だが、俺を殺そうとしたペナルティーを一つ与えよう。教会本部に体調不良を理由に代わりの神父を寄越してもらえ。お前は暫く休養したあと本部で修行をやり直したいとでも言って引きこもっていろ」


 でっぷりした腹に蹴りを入れ、神父様の投げた革袋を確認する。

 12袋と半分、6袋をマジックポーチに入れ、序でに端数も殺そうとした迷惑料として貰っておく。

 多分他にも何か隠している筈だが、欲を出せば碌なことはないので之で満足しておく。


 「神父様交代の者が来る前に、国が定めた金額をきっちり孤児達の為に使いなよ。でなきゃ今度はそこから破滅するよ」


 腹を抱えて蹲る神父様を放置してさっさと部屋を出る。

 通路の奥でアイリが心配そうに見ているので、教会に呼び出し革袋を二つ渡す。

 革袋の中を確かめて青ざめている。


 「あんた・・・何をしたの。これはいらない!」


 「アイリ、神父様はもうすぐ引退して代わりの神父様が来るはずだ。明日からは食事も良くなりアイリが稼いだ金を使う必要も無くなる」


 「何があったの、それを話して。そうでなければ此の袋を持って警備隊に駆け込むわよ」


 真剣な顔のアイリを見て、口外無用で事の真相を話して聞かせた。

 俺の話に混乱するアイリに、神父様直筆の供述書を見せる。

 きっちり神父様の署名血判付きの物を見て椅子に座り込んで泣き出した。

 

 「誰一人帰ってこなかったのは、エディの言った事より酷いことになってたのね」


 「アイリも神父様の玩具にされた後は子爵様に渡され、良くて子爵様直属の治癒魔法使い下手すりゃ売春宿か奴隷だったと思う。俺は食事代稼ぎのときに、色々話を聞いていて気がついたんだ。此れからの事も有るから黙ってその金を受け取ってくれ」


 「あんたはどうするつもりなの」


 「母さんと妹、それに此処から出て行って殺された奴等の敵討ちだな。アイリはその金を持って王都に行き暫く姿を隠せ。エルドバー子爵は破滅させてやる。その為にデブの神父様に供述書を書かせ、子爵に口封じされない様に教会本部に逃げろと示唆しておいた。彼奴は大事な生き証人だから死なれると不味い」


 その夜教会の片隅でアイリと話し合い、俺の持つ銀貨と小銭の大半を渡して旅に必要な物を用意させた。

 金貨も5枚程を商業ギルドで両替して旅に備える。

 その間アイリは何食わぬ顔で孤児院を手伝っていた。

 様子を聞けば食事が劇的に良くなり、アイリが稼いだ金で賄っていたのが馬鹿らしくなったと笑っていた。

 神父様は虚ろな顔で、一日の殆どを部屋に籠もって過ごしているらしい。

 頼むから自殺だけはしないでくれ、と祈ることになるとは思わなかった。


 ランセス神父の代わりが赴任し、皆に見送られてでっぷり神父はヘラルドン王国教会本部の在る王都に旅だった。

 翌日アイリはフルンの街で冒険者登録をし旅の準備が完了したが、何故か俺も王都に行くことになってしまった。

 自由に旅をするに必要な身分証として冒険者カードを手に入れたが、超初心者の私では旅もままならない、王都に落ち着くまで面倒見ろと食い下がられた。

 言われてみれば当然な事だが、俺も冒険者初心者だと言っても私よりマシだと聞き入れて貰えない。

 

 俺も王都には用が在るので付き合う事にしたが、その前に一つだけやっておく事がある。

 それが済んだら一緒に王都に行くからと言い含め、教会の手伝いを続けさせた。


 新月の夜街の防壁近くに置いたカプセルホテルで身支度を済ませ夜のお散歩に出かける。

 住み慣れた街とは言え夜歩きはしたことがないが、子爵の屋敷への道は良く知っている。

 街外れ鉄柵に守られたお屋敷の裏手に回り、目的の厩を確認。

 新月の暗がりでも俺には不自由は無い、鉄柵を壁抜けの要領ですり抜け厩の隣の小屋を目指す。

 

 目的の小屋は静まりかえって・・・なかった、大鼾が往復で聞こえてくる。

 隙間だらけのぼろ小屋だが、新月で明かりが無いと流石に中は見えない。

 鼾の元を狙ってほんの小さくほの暗いライトを点ける、ベッドに大の字になって寝ているが手足がはみ出している。

 即座にベッドの枕元にジャンプして男の喉に手刀を打ち込む。

 一瞬で鼾が途絶え喉を押さえてカハカハ言っているが、腕を捻り音が出るまで持ち上げる。


 〈ゴキッ〉と鈍い音がしたが腕の抵抗がなくなる、すかさず反対の腕も同様にして抵抗不可能にする。


 「オイゲン長く待たせたな、母さんと妹を殺してくれた礼に来たぞ。俺もお前に散々殴られて死の寸前までいったよ」


 腕を変な方向に曲げ、苦痛の表情で俺を見上げるオイゲン、俺が誰だか判らない様だが当然だろう。

 此奴にとっちゃ数多く馬車で引っかけ、大怪我をさせたり殺した人々の一人だからな。

 襟首を掴んで引き起こし母さんや妹の事を話すと色々言い訳を始めた。

 そんな言い訳を聞く気はない、顔の形が変わり体中痣だらけになるまで殴ったが満足しない。

 死ぬまで殴っても満足しないのは判っている、猿轡をし後ろ手に縛りロープを首に掛ける。

 ムグムグ言いながら首を振り頭を下げて泣いているが、今更だな。ロープを梁に通し奴を立たせる。

 爪先立ちになるまでロープを引き絞り固定してお別れだ。

 

 「俺はお前と違って優しいからな、朝まで頑張れば助かる可能性も残しておいでやるよ」


 そう告げてオイゲンの小屋を後にするが、太った身体に爪先立ちで何時まで頑張れるかな、朝になれば誰かが見付けてくれるさ死んでいるだろうけど。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


2日後街に帰ると衛兵が何やらピリピリしている、だが街に入る者に大した警戒もしていない。

 アイリに馬車の手配が出来次第出発すると伝えると共に、身を守る為のフラッシュを教えておく。

 お約束通り目の前でフラッシュを発現させ目が眩み慌てている、相手に向けてフラッシュを使い自分には向かない様に使えと言い聞かせる。


 フレイムも人に見せる時にはソフトボール大にする様に言い、ウォーターも木桶半分だ。

 人より多少使えるのが理解出来れば、それ以上追求される事は少ないだろう。 でかいフレイムや木桶数杯の水を出せば、その理由を追及し自分も出来る様になりたいと本気で調べ出す。

 アイリの冒険者カードには治癒魔法に魔力高50の文字が有るのでそれで言い訳にはなるだろう。

 ちなみにアイリの冒険者カードには人族5狼人族5の文字があった。


 出発までの間にフレイムで身を守る為の練習だ、アイリが考えていたのはありふれたもので、一度見れば躱しやすいから俺の遣り方を教える。

 相手の身体に押しつける様に、又気づかれない様に口の中で小さく呟き悟らせない。

 応用すれば相手の背中や頭頂部だって焼けるし、口の中に発現させれば野獣だって倒せる。

 それはウォーターも同じで、口の中いっぱいに水が溢れたら人も動物もパニックを起こすのは確実。

 アイリは慣れているので普段威嚇で使う、ピンポン球ほどのフレイムを自在に作れる様になるのに時間を要さなかった。


 フルンの街から王都ラクセン迄18日、料金金貨2枚と銀貨7枚で途中7日程野営が必要と聞いてげんなりした。

 馬車の内部は3人掛けの座席で9人乗り、6人は室内で箱の後ろにむき出しで後ろ向きに3人座れる2頭立ての馬車だ。

 俺もアイリも初日で後悔した。

 1日銀貨1枚と銅貨5枚払って拷問にも等しい馬車の揺れと、尻を突き上げてくる座席に勝てる奴がいるとは思えない。


 3日目に初の野営となったが、俺は野営もすると聞いてアイリ用のハンモックと多数の棒を用意していた。

 アイリにはマジックポーチを誰にも見せるなと教えているので、荷物は全て俺のマジックポーチから出すが約2メートルの棒も多数入れている。

 棒3本で三脚を作り二つの間に横木を渡してハンモックをぶら下げ、上にタープを張れば寝床の出来上がり。

 地面に寝る事を思えば極楽だ、テントの用意のない人達は馬車の下か俺達のタープの下で眠っている。

 その間は冒険者達が夜の見張りをしてくれるので、俺も安心して眠れるって寸法だ。

 彼等は常用の護衛で、王都ラクセンとフルンの街を年中往復していると言っていた。

 この街道は殆ど野盗も出ないし問題になる様な野獣もいないらしい、どおりで気楽にやっていると思ったよ。

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