第9話 手ほどき
風神との待ち合わせ場所は冒険者ギルドの食堂なので、ホテルに泊まることにする。
取り敢えず市場で食料の確保を済ませた後、ハンモックとタープの回収にむかう。
陽が暮れて閉門前に無事街に帰り着いたが、ぎりぎりであった。
今回は銅貨2枚の所に泊まってみたが、ベッドとベッドと同じ幅の通路に小さな机と洋服掛けが有るだけ。
隣の部屋の鼾が聞こえる素敵な所で、金が有る時は二度と泊まらないと誓った。
冒険者ギルドで待ち合わせたのだが、食堂は結構混んでいる。
風神の皆はゆっくりと食事をして、他の冒険者が出て行ってからやおら腰を上げる。
「良いんですか? こんなにのんびりしていて」
「知らない所に行ったら、先ず街と草原や森の狩り場の様子を覚えるのが先だ。慌てて迷子になっちゃ恥だからな」
「俺も冒険者になったばかりなので、地理なんて知りませんよ」
判っていると言って笑っている。
シュリエさんも体の調子が良いとご機嫌だし、ホーランやセドも笑っている。
ゴルドとシュリエさんは親子。ホーランにセド、ブルン、オクランの四人も気の良い人達だ。
今日は俺が野営地に選んだ場所の周辺に行ってみる事になったが、まさか初日から子連れのビッグボアに出くわすとは思わなかった。
ハンモックを吊っていた場所が見える所で説明しようとして、ふと窪地の方に知らない気配がするのを感じた。
じっと見つめて気配の元が何か探ろうとしたら、ホーランが何かと尋ねてきたので何か居るのだが知らない気配だと教えた。
それを聞くとオクランが俺の指さす先を確認に行き、見ていると窪地を覗いて片手を上げ指で合図をする。
其れを見た皆が一斉に得物を持ち、半円を描く様に静かに配置につく。
俺も恐々手槍を取り出すが、まったく使える自信がない。
ゴルドが俺をみて手で制止の合図をしたので見物に回る。
オクランとセドが弓を引き絞り、じっくりと狙って放つ。
〈プギュー〉
一声野獣の悲鳴が聞こえたが、後はプギャプギャ泣きわめく声が走り回っているのが判る。
オクランとセドが次々と矢を放つと〈キュッ〉て声がしてそれっきりになる。
それも終わると手招をきされて見に行くと、ビッグボアの雌が一頭と半分程度の体長の子が5頭倒れている。
体長2m近い雌の頭と、脇腹から心臓に向かって深々と矢が刺さっている。
こんな大きな奴が居る近くで、俺はのうのうと寝ていたのかとちょっとビビった。
「頭と心臓に一発ですか、凄いですね」
「お前さんが教えてくれたので、気づかれる前にじっくり狙えたからな」
「本当に、良く気づいたわね」
ゴルドがビッグボアの親子をさっさとマジックポーチに仕舞うと、俺の所に来てついて来いと言う。
皆もニヤニヤ笑いながら俺の後に続く。
よい枝振りの木の所でビッグボアの仔を取り出して置くと、解体してみろと言い出した。
思わず顔が引き攣ったが、冒険者をやるのなら之くらいは出来ないと、魔石の取り出しが出来ない。
折角解体をさせて貰えるのだから、覚える為にはやるしかない。
覚悟を決めてナイフを取り出すと、待ったが掛かれりゴルドが筋肉ゴリラから取り上げたナイフを放って寄越す。
俺の持つナイフは解体には不向きな、食事用のナイフだと言われてしまった。
それからが四苦八苦、解体するには先ず後ろ足を縛り吊り下げて血抜きから始めなければ為らない。
それからして初めての事で背後からの指示に従い、大汗をかいて何とかこなしたが疲れた。
「ご苦労さん。ゴブリン程度なら、胸を開いて魔石を取り出すだけだから簡単だぞ。まっ獲物は基本的にギルドで解体して貰うので、自分達が食べる時だけしか解体しないんだけどな」
皆がどっと笑い出したので揶揄われたと知ったが、解体の基本を教えてくれたので礼を言っておく。
「次は、ゴブリンでお願いします」
そう言ってクリーンを使って綺麗にする〔ほーう〕と声が聞こえる。
「エディって生活魔法が凄く上手よね。クリーンでそれなら、リフレッシュも使えるんじゃない」
「アイリにも言われたけど、リフレッシュって簡単なんですか」
「説明するよりやってみた方が早いわよ。私にクリーンを掛ける様にリフレッシュと言ってやってみてよ」
シュリエの期待の籠もった目で見られ、皆の興味津々な顔つきに仕方なくやってみる。
「リフレッシュ」
クリーンを使う要領でリフレッシュと唱える。
〈おぉ凄ぇぇ〉
〈はぁー、何だこりゃー〉
〈初めて見たぞリフレッシュなんて〉
「お父さん、何だこりゃーは無いでしょう。やっぱりね。リフレッシュって、お肌すべすべ髪の毛サラサラって本当なんだ」
リフレッシュを掛けた本人が一番びっくりしてますがな、シュリエさんエステ帰りのお姉さんですか。
艶々お肌にさらっさらの髪で、皆呆けているよ。
「なな、俺にも試してくれよ」
〈お前にリフレッシュをしても、その面の汚れは落ちないと思うぞ〉
〈どうなるのか興味が有るんだよ。少なくとも、お前よりマシだからな〉
〈あー諸君、俺が試してみるわ〉
〈ゴルド、親子とは言え、おっさんのお前にリフレッシュをするエディの身にもなれ!〉
〈ここは俺が犠牲になって〉
〈ただの犠牲者になりたいのか。リフレッシュを掛けて代わり映えしなかったら悲惨だぞ〉
シュリエさんが腹を抱えて笑っている。
結果俺の生活魔法は並じゃないって事で落ち着いたが、ウォーターでお水を木桶一杯、フレイムでソフトボール大の火球を見て唸っていた。
それで魔力高20だと信じてくれなかったが、冒険者カードを見て首を捻っていた。
人族3エルフ1の所を見せて、エルフの力が多く出たんじゃねと惚けておいた。
その日は別にホーンラビット3羽、ヘッジホッグ1頭を獲ってフルンの街に戻った。
解体場でビッグボア1頭、ビッグボアの仔4頭、ホーンラビット3羽、ヘッジホッグ1頭を並べる。
査定は
ビッグボア1頭、銀貨8枚
ビッグボアの仔4頭、銀貨2×4=8枚
ホーンラビット3羽、銅貨9枚
ヘッジホッグ1頭、銅貨7枚
合計金貨1枚と銀貨7枚に銅貨6枚
ビッグボアの仔の単価が良いのは、肉が柔らかく香りも良いので人気がある為だと。
それを解体の練習に1頭駄目にしちゃったんだよな。
落ち込んでいると食堂のマスターに解体した肉を渡して、ちゃっかりステーキにして貰っていた。
残りはお礼に食堂に提供するんだと、抜かりなしだね。
シュリエさんは艶々お肌とサラサラ髪を女性冒険者達から聞かれて、俺に銅貨1枚でリフレッシュして貰ったと、しっかり宣伝してくれている。
その間に獲物の買い取り精算で一人銀貨2枚と銅貨5枚を貰う、端数はパーティー預かりです。
25,000ダーラ、日本円換算でざっと25,000円と思えば良い稼ぎだが、俺は見付けただけで後は風神のお仕事。
狩りが出来なきゃこれ程の稼ぎは絶対無理だな。
「いやー、今日はすっかり稼がせて貰ったわ。エディ明日も頼むぞ」
「獲物がいればね。だいたい冒険者になって数日の、俺を頼っているようじゃ風神の名が泣くよ」
ゴルドさんご機嫌だし、他の皆もにこにこでエールをぐいぐいやっている。
俺の周囲にはごついお姉さん方が集結して、リフレッシュをやってくれと頼み込んでくる。
勿論お一人様銅貨を1枚貰い、喜んでリフレッシュをやりました。
別途銅貨7枚の稼ぎです。
案外リフレッシュで稼げば危険な草原や森に出なくて済むかも。
甘い考えは数日で消えた、お姉さん方曰く試しにリフレッシュを受けたけど猟場に行くのには不必要だとさ。
なまじ綺麗にしていくと汚れるのを嫌って仕事にならないので、たまにでよいと言われた。
* * * * * * *
風神との行動も森が浅いというか、獲物の多い場所までは時間が掛かり過ぎるので、約束の10日でお別れとなった。
その際一緒に来ないかと誘われたが、心に決めたことがあるのでそれを片付ける迄は何処にも行くつもりがないと断った。
又の再会を約束して別れたが、この世界同じ国の中にいても再会は難しいだろうと思う。
そんなこんなで俺のバブルは10日であっさり終わったが、お財布ポーチにランク5のマジックポーチと金貨8枚に銀貨7枚と小銭がざっくり残った。
小動物の解体や、ゴブリンの魔石取り出しも何とか出来る様になったのは風神のお陰だ。
シュリエさんからは森での行動中、薬草を見付けると色々と教えてもらえた。
薬師ギルドで買い取ってくれると言われた薬草なら、何時でも採取出来る自信がついた。
一人でも何とか食って行く自信みたいなものが出来たのが、最大の収穫だ。
街を去る風神を見送り、最初にする事は塒(ねぐら)の制作だ。
ハンモックは、日本の様な猛獣のいない安全な国や場所でしか安心して眠れない。
それか寝ていても気配察知で危険な気配に敏感になるまでは無理なので、次善の策として頑丈なテント代わりの小屋・・・カプセルホテルを作る事にした。
その為に土魔法使いに料金を払い、どの程度の強度を付けられるのか確かめてある。
以前食事代稼ぎに倉庫の片付けに来たことのある、コーズ木工所の親方コーズさんに頼んで木箱を作ってもらう。
長さ3.2m幅1.6m高さ1.8m、内部は1m×2mのベッドと奥にトイレ。
60cm幅の通路の向かいの壁を利用して食事用テーブル、ベッドの下は物入れで壁と足下側に棚と服掛けだ。
出入り口は足下側の通路を挟んで頑丈な閂をつけるが、普段は壁抜けの要領で出入りする事にする。
作っているコーズ親方が呆れていたが、安心して寝る事と魔力放出出来る場所が必要なんですよ、言わないけどね。
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