最終話

「しゅうちゃん、かえろ」


 二学期になって、少し肌寒くなった。

 例年なら残暑厳しい秋なのに、今年は冷え込む日が多くて前倒しで上着を着用する生徒が増えていた。

 そんな中、朝寝坊して上着を忘れた紫月が、放課後に寒そうにしながら俺に声をかけてくる。


「寒いだろ紫月」

「うん、でも明日からはちゃんと……くちゅんっ!」

「あーもう。俺の上着、着ろよ」

「いいの? しゅうちゃんは?」

「お前が風邪ひくよりましだ。帰るぞ」

「うん」


 俺の大きな上着を羽織ると、「えへへ、あったかい」なんて喜んで。

 そのまま一緒に帰路につく。


「ねえしゅうちゃん、もうすぐ体育祭だね」

「ああ、文化祭もな。いろいろと忙しいよ秋は」

「ハロウィンもあるし、そのあとはクリスマスかあ。去年のクリスマスって、何したか覚えてる?」

「ああ」


 去年は、うちで一緒にケーキを食べた。

 いや、その前も、その前の前もずっと、毎年紫月と一緒にケーキを食べてた。


 でも、不思議とプレゼント交換なんてやったことはなかったっけ。


「……ほしいもの、あったら言えよ」

「しゅうちゃんも。何がいい?」

「まだ気が早いけど。ま、考えとく」


 ほしいものなんてないんだけどな。

 もう、手に入ったっていうか。


「私ね、プレゼントはいいから大きなケーキ食べたいなあ」

「ケーキはケーキだろ。プレゼントは別」

「ううん、ほしいものなら、もう手に入っちゃったから。だから、大きなケーキだと、食べきるまでに時間かかるでしょ? その間、ずうっとしゅうちゃんと一緒にいられるから」

「……食べ終わってからでも、ずっと一緒にいればいいじゃんか」

「あ、そだね。うん、じゃあやっぱり、なんもいらない」


 俺の手を握ってから、紫月は笑う。

 夕暮れの河川敷を歩いていると、小学生くらいの男女が追いかけっこをしていた。


「なんか、俺らもあんな感じだったのかな」

「どうかなあ。私、いっつもしゅうちゃんについてってばっかだったから」

「俺だって、お前がどっかいかないか不安で仕方なかったんだよ」

「そっか。うん、どこにも行かない。はぐれないように、ずっと手をつないでてね。私、ドジだから」

「知ってる。このクソ寒い日に上着忘れるようなドジ、お前しかしないよ」

「あーひどーい。でも、忘れてよかった。しゅうちゃんの上着、着れたし」

「俺は寒くて辛いだけだけど」


 なんて言いながらも、あんまり寒くない。

 むしろあったかいのはなんでだろう。

 

 不思議と、体がポカポカする。

 紫月が隣にいるだけで、いつもあったかい。


「……そろそろ日が暮れるか。もうすぐ冬だな」

「冬は苦手だなあ……でも、しゅうちゃんといるとあったかいから、冬も大丈夫だね」

「上着のおかげだろ」

「ううん、あったかいの。ずっと、ぽかぽかさせてね」

「ああ」


 夕暮れの帰り道を二人で仲良く帰る。

 こんな毎日は、刺激的でも劇的でもなんでもないけど。

 

 でも、紫月との毎日は、いつもそんな感じだ。

 なんたって、いつも景色が変わらないから。


 俺の左隣にはずっと小さな銀髪の子がいて。

 いつも俺に甘えたり泣きそうになったり転んだり笑ったり。

 飽きそうなくらい、ずっと見てきても飽きない。

 そしてこれからも、その景色をずっと目に焼き付け続けるんだろう。


「……紫月、大好きだよ」

「しゅうちゃん……うん、大好き。私の方が大好き」

「お、俺の方が大好きだ」

「ううん絶対私。それは譲らないもんね」


 なんて言いあって目が合って。

 互いに笑いながら、また止まった足を進める。


 ずっと、つないだ手だけは離さないように固く握って。


 そんな何でもない一日も過ぎていって、やがて終わる。


 紫月と一緒に、また明日を迎えるんだ。



 おしまい



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大好きな幼馴染が急に俺を避けだしたんだけど、全然デレがかくしきれてなくてなんなら好きだと言っちゃってます 明石龍之介 @daikibarbara1988

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