第36話 大人になる秘訣

「しゅうちゃん、今日はこれから皇さんに会ってくる」


 夏休み最終日。

 皇さんと二人で会うと、紫月は張り切っていた。


「大丈夫か? 無理に会わなくても」

「ううん、会いたいの。なんかね、色々あったけど皇さんは嫌いになれなくって」

「そっか。ま、いじめられたら後で慰めてあげるよ」

「うん、その時はいっぱい甘えるね」


 じゃあ行ってきます。

 朝、そうやって紫月は出かけていった。


 俺は一人で部屋に戻ってぼーっとする。

 なんか、退屈だけど。


 鹿島でも誘ってみるか。



「おまたせ皇さん!」

「遅いわよ。なんで時間通りこれないのあなたは」


 待ち合わせ場所に指定した駅前の喫茶店の前で、合流して早速怒られた。


「あうう……ちょっとしゅうちゃんとお話してたら、遅れちゃった」

「また神前くん? ほんと、仲良いのね」

「うん、昨日もね、いっぱいよしよししてもらってね、それでね」

「あーもうわかったから。ここで立ち話するの? 店、入りましょ」

「う、うん」


 つい色々と話したくて前のめりになる私を皇さんが制止して、そのまま店に。


 冷房の効いた店内でテーブル席に座ると、皇さんはアイスコーヒーをブラックで頼んでいたので「かっこいい」なんて声が漏れてしまう。


「……あなたは? カフェオレにでもするの?」

「ええと、ココアで」

「じゃあココアもお願いします。ほんと、あなたってギャップの一つもないのね」

「えへへー」

「ほめてないんだけど」


 皇さんは、ちょっと言い方はきついけど表情はいつもより和やかだ。


 すぐに運ばれてきたコーヒーを飲むとき、髪をかき上げる仕草がかっこいい。

 うーん、ああいうのやってみたい。

 真似してみようかな。


「……どうかな?」

「なにが? あなた、髪の毛がもさもさしてるからそういうの無理よ」

「がーん」

「なにが嫌なのよ。その銀髪、天然なんでしょ?」

「う、うん。おばあちゃんの血筋で外国の人がいるみたいなんだ。覚醒したーとかいってたっけ?」

「隔世遺伝でしょ。いったい何に目覚めたのよあなたは」

「えへへー」

「……」


 もう一度髪をかき上げる練習をしながらココアを飲んでいると、皇さんが目の前で大きくため息をついた。


「はあ……」

「どうしたの? 嫌なことでもあったの?」

「……なんか、あなたみたいなのと競ってたって思ったら情けなくなったの」

「?」

「そういうところよ。まあ、神前君が絆されるのもわかるくらいにかわいいわよ、やっぱり。でも、ライバルとしてみてたらイライラしかしないわね、やっぱり」

「え、ええと、それって」

「心配しないで。もうあなたと競うつもり、ないから。あと、たまにこっちに帰ってきたときはこうしてお茶しましょ、四条さん。再開を楽しみに待てるのも大人になる秘訣よ」

「う、うん! 私、お手紙とかもいっぱい書くね」

「別にメールとかでいいんだけど」

「えへへー」

「……」


 皇さんはまた呆れた顔をして。

 そのあとコーヒーを飲み干すと、「そろそろ時間だわ」と。


「え、もうなの?」

「ええ、そろそろ電車に乗らないと飛行機に間に合わないし。四条さん、駅まで送ってくれる?」

「うん、わかった」


 一緒に店を出て駅へ。

 何時の電車に乗るのかと聞いたところ、「まだ時間はあるんだけどね」と言われて首をかしげると、「四条さんと一緒だから早く出たのよ」なんて。


「……?」

「あはは、そういう皮肉がわかるようになったらあなたも少しは成長したって思えるんだけど。次に帰国したときの楽しみかな」

「う、うん。私、大人な女性になって皇さんをびっくりさせる」

「ええ、期待せずに待ってるわ」


 ゆっくり駅に向かって、私の歩くスピードに合わせてもらいながらようやく駅に着くと、「ここでいい」と。


「え、でも」

「もういいわよ。あんまり見送りとか得意じゃないし。また連絡するわ」

「う、うん。皇さん、元気でね」

「ええ」

「ちゃんとご飯食べてね。あと、気を付けてね」

「え、ええ」

「あとねあとね、向こうについたらまずね」

「あーもうわかったって! もうちょっと大人っぽくお別れできないの?」

「あ、ごめんなしゃい……」


 つい話し込んでしまって怒られて。

 最後の最後で何やってるんだろうと下を向いていると、「ま、そういうところも四条さんらしいから嫌いじゃないけど」って言われて。


 そのまま皇さんは駅の中へ消えていった。

 


「ただいまー」

「あ、おかえり紫月」


 昼過ぎ。

 やっと紫月が帰ってきた。


 玄関まで迎えにいくと、ニコニコする紫月が経っていた。


「どうしたんだよ、ずいぶん機嫌よさそうだけど」

「えへへ、なんかいっぱい話して楽しかった。寂しいけど、帰国したら連絡くれるって」

「そっか。まあ、楽しかったならよかったよ」

「うん。でも、やっぱりしゅうちゃんがいないと寂しかった」

「お、おい」


 抱き着いて、甘えてくる紫月は銀髪を俺にすりすりっとして。


「今日は夏休み最後だから、いっぱい甘えるの」

「いつものことじゃんか」

「えへへ、そうだった。毎日、ずっとしゅうちゃんに甘えるー」

「はいはい」


 この後は、部屋でまったり過ごした。

 途中、窓から飛行機が見えて「あれに乗ってるのかなあ皇さん」なんていう紫月は、以前ならこういう時、すぐに泣いてたんだけど。


 今日はずっと笑っていた。

 再会を楽しみに待てるのも大人になる秘訣なんだとか。


 ちょっとだけ大人っぽく笑う紫月は、とてもきれいだった。





 おしらせ


 次回最終話です。

 最後までよろしくお願いいたします。

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