第34話 お祭りの余韻は消えず
「ん、しゅうちゃんたこ焼き。あーん」
「あーん……あんまうまくないなこれ」
「しゅうちゃんのやつの方がおいひい」
なんて言いながら、花火が終わって散り散りになる人混みに飲まれないようにゆっくりと帰路につく。
冷めたたこ焼きを食べているとまたお腹がすいたのか、紫月は「わたあめないかなあ」とつぶやいていた。
もちろん屋台はもう片付けを始めていて、どこも食べ物を売ってはいなかったので仕方なくあきらめた様子で紫月は「たこ焼き、最後の一個もらうね」と。
パクリとそれを食べたところで近くのごみ箱にパックを捨ててから、俺の手を取る。
「んー、いっぱい食べちゃった」
「満足した? 今日はちゃんと帰れそうだな」
「うん、満腹。でも、やっぱ疲れたかなあ」
「家まで帰るくらいなら、おんぶしてやるけど」
「でも、おてて、つないでたいから。今日は頑張る」
「そっか」
ゆっくり手を引きながら、だんだんと人も少なくなっていく通りを抜けてやがて暗い住宅街へ戻る。
夜の生ぬるい風に吹かれながら家に着くと、今日はお互い恰好も恰好だからってことでそれぞれの家に。
かえってすぐシャワーを浴びて着替えてから、部屋のベッドに寝転んで楽しかった一日を振り返る。
……楽しかったな、ほんと。
なんかゆっくりって感じだけど。
ちゃんと紫月との距離は縮まってる気もするし。
まあ、あんな子供っぽい紫月にいきなりあれこれ求めてもな。
焦らず、ゆっくりでいいか。
♥
「……だのぢがっだー!!」
「ちょっと紫月、夜だから静かにしなさい!」
部屋に帰ってすぐ、ベッドにダイブしてクッションに顔を当てて絶叫した。
もちろんお母さんに怒られたけど。
ほんと、楽しかった。
しゅうちゃんと一緒なのはいつものことだけど、恋人になって過ごす初めての夏がこんなに楽しいとは思ってもみなかった。
もっと一緒にいたいし、もっといろんなことしたい。
そういえば、今日はちゅうもできなかったし。
多分、私が食べてばっかだったせいだ。
子供みたいだから、私って魅力ないのかなあ。
……ち、ちがうもん別にえっちなことがしたいとかじゃないもん。
「あぶぶぶぶ……」
でも、キスの時にやさしく目を閉じるしゅうちゃんの顔が浮かんで離れない。
私……エッチになっちゃった!?
「あーん、私のばかー!」
「うるさい!」
「あうぅぅぅ」
また怒られて。
浴衣を脱いでからお風呂に入ってる間もずっとしゅうちゃんのことが頭から離れない。
……お風呂から出たら、連絡してみようかな。
♠
「……電話?」
夜、紫月から電話が鳴る。
「もしもし、どうした?」
「しゅうちゃん、まだ起きてる?」
「まあ、起きてるから電話出たんだけど」
「そ、そだね。ええと、あ、暑いね」
「暑いなあ。俺の部屋、エアコン調子悪いから余計だよ」
「で、でも私の部屋はすっごく涼しいよ?」
「いいなあ。じゃあ明日は紫月の部屋で勉強しようかな」
「そそそ、そうだね。うん、今からでも勉強したらいいよ」
「今日はもう遅いから。明日の朝、そっちにいくよ」
「う、うん」
一体なんの電話だ?
「なあ、何か用事あったなら言えよ」
「え、ええと、ううん、用事……ようじ……」
「どうしたんだよ、さっきから変だぞ?」
「へへ、変かな? ううん、別になんでも……」
電話の向こうで、紫月が沈黙した。
やっぱり何か言いたいことでもあるのだろう。
でも、なんだろう?
またお腹がすいたとか、そういう話かな?
「……たい」
「え、なんて?」
「あ、あいたい……しゅうちゃんに、会いたい」
「……今からってこと?」
「……ダメ?」
「……俺も会いたい。じゃあ、そっちに行く」
「うん」
会いたいって。
耳元でそんなことを言われたら会いにいくしかないだろ。
俺だって、会いたい。
でも、紫月も疲れてるかな、とか。
明日また会えるから、とか。
そういう言い訳ばっかで、いつも素直じゃないのは俺の方だ。
紫月はいつも正直で、俺に対しての気持ちを隠さない。
隠そうとしたって隠せない。
それくらい俺のことを好きだって思ってくれてるのが伝わってくる。
ほんと、それに比べて俺は……。
「もしもし、着いたから開けて」
夜なので紫月の家のインターホンは鳴らさず家の前で電話する。
すると、寝巻姿の紫月がゆっくり音を立てないように扉を開ける。
「あ、しゅうちゃん」
「夜だけど、いいのか?」
「うん、お母さんたち寝てるから」
「じゃあ、うん。お邪魔します」
そろっと靴を脱いで二階にある紫月の部屋にあがる。
そして部屋に入ったらすぐに、後ろから紫月が抱き着いてくる。
「ど、どうしたんだよ」
「会いたかった……今日ね、しゅうちゃんとずっと一緒だったから、なんか寂しくなっちゃった」
「うん、俺も。ほんとはこうしたかった」
「しゅうちゃん、私のこと子供っぽいって思う?」
「まあ、実際そうだし。でも、女の子として、紫月は魅力的だよ」
「……ちゅーしたら、ドキドキする?」
「する。ていうか今も、めっちゃドキドキしてる」
「うん、私も。心臓がね、うるさいくらい」
「ああ」
一度紫月の手をほどいて、彼女の方を向く。
もう、顔が真っ赤になった紫月はプルプル震えていたけど。
でも、目を閉じて俺に唇を向けて黙り込む。
俺は、そんな彼女にそっとキスをする。
「……紫月、かわいい」
「しゅうちゃん……今日は、ずっと一緒にいたいな」
「俺も。あの、ベッド、行く?」
「……うん」
そのまま、自然と二人でベッドに寝転んで。
抱き合って、キスをして。
恥ずかしそうに体を丸める紫月とじゃれあうように、体を触りあって。
何回もキスして。
紫月の体は、とても細いのにやわらかくてあたたかくて。
今日、俺は初めて紫月のすべてを知った。
今日、俺は初めて紫月と一緒に、一夜を過ごした。
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