第33話 夏休みといえばお祭り

 夏休みといえばお祭り。


 お祭りといえば花火。


 それが定番だから、花火を見に行こうと紫月は俺の部屋でゴロゴロしながら言ってくる。

 

「花火ねえ。お前、人混みで迷子にならないか心配なんだけど」

「き、去年はちゃんとはぐれなかったもん」

「あー、確かに。途中で足が痛いって言いだしてずっとおんぶしてたからな」

「そ、そうそう。おんぶしてもらってたらダイジョブ」

「次の日、俺の足腰ガタガタだったけど」


 いくら紫月が小さくて細いといっても、高校生一人をずっとおぶったまま祭りをまわっていて無事なわけがない。

 腰は痛いし靴擦れするしで翌日からは体調最悪だったな。

 紫月は元気いっぱいに「今日も行こー」とか言ってたけど。


「じゃあ、行かないの?」

「寂しそうにするなって、ちゃんと行くよ」

「よかったあ。しゅうちゃんとお祭りいくの楽しみだったから」


 紫月は基本的に楽しいことが好きだ。

 学校行事も、参加する側としては大いに楽しむ彼女なんだけど、なにせ模擬店の時にはひと悶着あって働かされて楽しめなかったから、多分いろいろと消化不良なんだろう。


「明後日だっけ? 浴衣、着るの?」

「うん、去年しゅうちゃんが似合ってるっていってくれたから」

「そんなこと覚えてたのか。言ったっけ?」

「言ったもん。うれしかったもん」


 そう言って、プイっと反対側を向く。

 無防備な背中をつんとつつくと「ひゃっ」と声を上げる。

 かわいいな。


「じゃあ明後日な。今日はこれからどうする?」

「んー、オムライス作るから食べて」

「最近オムライスしか食べてないんだけど」

「うまくなるまで付き合って」

「はいはい」


 オムライスも飽きるくらい食べたけど。

 紫月が毎日俺のために料理してくれることは全く飽きない。

 

 部屋を出て行って料理を始める紫月を待つ時間も。

 ……祭りの時はなんか好きなもの買ってあげないとな。



「しゅうちゃん、どうかなあ?」


 祭り当日。

 夕方になって浴衣に着替えてきた紫月は玄関先で少し長い袖をぱたぱたさせながら俺にその姿を披露する。


「うん、かわいいじゃん。やっぱ似合うなあ」

「えへへー、去年は赤だったから今年は紫にしてみたの」

「紫月の色って感じだな。うん、いいと思う」

「しゅうちゃんの甚兵衛もいいね。涼しそう」

「まあ、俺のは去年と一緒だけど」

「いいの。なんかお似合いだね、私たち」


 すでにテンションが上がって興奮する紫月をなだめながら一緒にお出かけ。


 大通りに出ると、祭り会場の商店街に向いて歩くカップルや学生が列をなす。

 

「わー、わくわくするー」

「今からはしゃいでたら花火まで持たないぞ。なんか食べる?」

「んー、それじゃあイカ焼き。あととうもろこし。それからたこ焼きも」

「一個ずつにしろよ。去年りんご飴二本も買って食べきれなかっただろ」

「むー、お祭りなんだからいいじゃん」


 どういう理屈だよと言いたいけど、まあ、今日くらいは羽目を外すのもありか。

 早速手前に見えた屋台で、イカ焼きを買う。

 嬉しそうに、でも熱そうにそれを食べる紫月は実に絵になる。


 通りすがりの人が皆、きれいな銀髪の彼女に驚いた表情で振り返る。

 去年までも、ちょっとした優越感があったけど。

 今年はそれがより一層。

 彼女、なんだもんな。


「んー、おいひひよ。ひゃべる?」

「食べてからしゃべれよ。あと、口がべとべとだぞ」

「えー、拭いてー」

「はいはい」


 ハンカチで汚れた口元をぬぐっていると、「えへへっ、ラブラブカップルに見えるかなあ」と目の前で強烈にかわいい笑顔を向けられて。


 思わず照れてしまう。


「……実際、カップルだろ」

「そうだね。しゅうちゃんの彼女、なんだあ。なんか夢みたいだなあ」

「大袈裟だよ。俺の方こそ、だよ」

「ううん、やっぱり夢みたい。しゅうちゃんとずっと一緒にいられると思ったら、なんかうれしい」


 銀髪が映えるほどに、紫月の頬は赤くなる。

 そのあと、照れ隠しのようにイカ焼きをパクリと食べてもごもごと何か言ってたけどよくわからず。

 食べ終えるとすぐに「あー、わたあめだー」といって走っていく。


「おい、とうもろこしは?」

「わたあめ先に食べる! わー、すっごいよ、くるくるーってなってる」


 追いつく前に先に屋台のおじさんに二百円を自分で渡し、わたあめができるのを目をキラキラさせながら待っている。


 出来上がると、こっちを振り返りながらわたあめをすぐに一口。

 口の周りいっぱいを白くしながら「おいひー」とはしゃぐ。


「食べてばっかだな」

「だって、わたあめなんかお祭りの時くらいしか食べないもん。あ、そうだ来年の模擬店はわたあめにしようよ」

「来年もやるの?」

「だって、しゅうちゃんとお店、だのしかったし。今度は私、練習ちゃんとするもん」

「機械どうするんだよ」

「んー、安いのもあるよ? そうだ、買って家でつくろ?」

「今度はわたあめの練習か……」


 なんか、高校卒業までに屋台のスキルだけが身に付きそうだな。

 就職は的屋か? うーん。


 しかしそんなことを悩んでいる暇はない。

 また次のターゲットを見つけて動き出す紫月は、ボール掬いに向かう。


「見て見て、キラキラしてる。きれー」

「まあ、これなら取ってもいいか。やる?」

「んーん、私へたくそだからしゅうちゃんとって」

「はいはい」


 金魚すくいのポイを渡されて、紫月がほしいというキラキラ光る紫色のボールを取る。

 ついでに何個か一緒に取れて。 

 袋に入れてもらって紫月に渡すと「わあ」とまた目を輝かせる。

 ほんと子供みたいなやつだ。


「しゅうちゃん、きれいだね」

「ああ、そうだな。よかったじゃん気に入ったのがあって」

「うん。昔、しゅうちゃんにもらったやつなくしちゃったから」

「昔? 毎年やってるような気がするけど」

「ううん。ボールすくいなんか小学校の時以来だよ。あの時、しゅうちゃんから初めてプレゼントもらったの。だから一生忘れないもん」

「……もっとちゃんとしたもの、あげれるように頑張るよ」


 思い出した。

 そういや、そんなこともあったけど。


 どうやら紫月はその時俺が何を言ったかまでは覚えていないみたいでほっとする。


『紫月は俺のおよめさんになるんだから、俺がなんでも買ってやるよ』


 小学生とはいえ、こんな恥ずかしいことをよく言えたものだ。


 でも、ほんとそうできるように頑張らないとな。


「しゅうちゃん、花火の前にたこ焼きね」

「はいはい。でも、食べ過ぎじゃないのか?」

「お嫁さんにはなんでも買ってくれるんでしょー?」

「……覚えてたのかよ」

「えへへー、絶対忘れないもんね」

「はいはい。約束、だもんな」

「うん、約束。お嫁さんになるのも、約束だよ」

「うん」


 あの頃の恥ずかしい思い出をからかわれながら、たこ焼きを買って一緒に花火会場へ。


 そして交通規制された大通りの街路樹のそばに座ると、すぐに花火が打ちあがる。


「わー、きれー」


 空に舞う花火の数々に、人々は酔う。

 ただ、俺は隣で嬉しそうに花火を見上げた後で、「しゅうちゃんと花火、幸せだな」ってつぶやく紫月が可愛すぎて、思わず抱きしめてしまった。


 花火の邪魔だろうかと思ったけど、紫月もぎゅっと俺を抱きしめて「えへへっ、花火見えないね」なんて言われてまた。


 結局、花火なんて最初の数発しか見ていなくて。


 たこ焼きもすっかり冷めていた。



 

 

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