第32話 夏といえばプール

「しゅうちゃーん、おーい、こっちこっちー」


 夏休み初日。


 紫月と一緒に訪れたのは近くの市営プール。


 フリフリのついたかわいらしい白の水着を着た紫月は、浮き輪でぷかぷか浮かぶながら流れるプールの上で揺られながら、少し遠くから手を振る。


「おーい、あんまり調子乗ってたらおぼれるぞ」

「だいじょーぶ、浮き輪があるもんね」

「ひっくり返ったらどうすんだよ」

「ふふん、最新式だから安心だよ」

「最新式の浮き輪ってどんなんだよ」


 はしゃぐ紫月から目を離せず、お守りのように彼女の手をひいて泳いでいると、やっぱり周りの男連中は俺たちに注目する。

 というより、紫月にくぎ付け。

 プールに突然妖精でも現れたかのように、皆、まぬけな顔をして彼女に見惚れる。


「……ちゃんとプールサイドではタオル巻いとけよ」

「しゅうちゃん、もしかして妬いてる? 妬いてくれてる?」

「だって。あんまり紫月の肌、他の奴に見られたくないし」

「うん。うれしいなあ、しゅうちゃんがそんなこと言ってくれるなんて。えへへー」

「お前は注目されすぎなんだよ。不安にもなるって」

「どこにもいかないもん。しゅうちゃんの彼女だか、ら……か、彼女……ぶぶぶ」


 最近、やたらと彼女ということを紫月は意識してアピールして自爆する。

 多分、幼馴染としての関係を脱却したいって、どこかで思ってるんだろう。


 俺も、このままでいいやなんて本心では思ってない。 

 もっと恋人らしいこともしたいし、今まで以上に紫月と仲良くなりたいってそう思っている。

 でも、近すぎるときっかけが……って話は付き合う前もさんざんしたけど。

 付き合ってからも、なかなかきっかけてないなあ。


 一回だけ、キスはしたけどそれっきりだし。

 部屋でくっついてても、なんか勝手に寝てたりするし。


 ……今日はちょっと、頑張ってみようかな。


「しゅうちゃん、おなかすいたー」

「じゃあ、もうちょっと泳いだら飯食いにいくか」

「うん。ねえねえ、今日の水着、どうかな?」

「似合ってるよ。なんかかわいいし」

「ほんと? 子供っぽくない?」

「うん。だからほかの奴らに見られたくない、やっぱり」

「……見せないもん。しゅうちゃんだけ、だもんね」


 パタパタと足を使って浮き輪にしがみついた紫月は俺から離れないように必死についてくる。

 浮き輪っていう時点で色気とかそういうのは全くない、と言いたいところだけど。

 浮き輪の上からはみ出る紫月の胸なんかは、やっぱりしっかり大人になっている。

 目のやりどころに困る。


 ……いつか、そういうこともするのかな。


 ちょっと妄想が膨らみすぎて、他の部分まで膨らんでしまいそうになったので落ち着くまでプールで涼んで。


 そのあと、プールを出てから互いに更衣室へ向かう。

 すると、


「よう神前、今日は水着デートイベントか」


 鹿島が、ブイパンツを穿いてストレッチをしていた。

 

「鹿島、何やってんだお前」

「いや、来年の俺の公約は学校のプールで男女交えて水球大会だからな。それにむけて体を鍛えようと」

「そんな公約大丈夫なのか? 今時、水着ひとつでも厳しい世の中なのに」

「学校でプールイベントがないとかありえねえだろ。俺はなんとしてもオタクの夢を達成してみせる」

「あ、そ。勝手にやってろ」


 謎のモチベーションで張り切る生徒会長さんは、しかし今日一人で来たのだろうか?


「一人でプールにきてその恰好って、いくら顔がよくてもやっぱりキモイぞ」

「ふっ、今は一人だが俺にはこのプールにいるすべての女性が俺のために用意されたとしか」

「あーもうそういう妄想いいから。じゃあ、紫月待たせても悪いから行くわ」

「お、おいつれないぞ。彼女できたらそれかよ」

「お前も早く彼女作れ」

「ぐぬっ」


 相変わらずな鹿島を見て、やっぱり彼女なんてできないだろうなあと呆れつつ、俺はさっさと着替えて外へ。


 ちょっと話し込んでしまったから待たせてるかと思ったけど、まだ紫月はいない。

 まあ、髪の毛乾かしたりとか女の子って色々あるんだろうなって。

 俺は日差しをよけるように影を見つけて、紫月を待つことにした。



「あら、四条さん?」


 更衣室で髪を拭いていると、声をかけられた。

 見るとそこには皇さんが。

 長い足を惜しげもなく見せつけるようなセパレートの黒の水着をつけて立っていた。


「あ、皇、さん……」

「そんなに露骨に怖がられるとわかっててもいい気分はしないわね」

「ご、ごめんなしゃい……」


 なんだろう、また絡まれるのかな。

 でも、前ほど怖くない? 


「謝らなくていい。というより、こっちこそごめんなさい」

「……?」

「ま、二学期になったらわかることなんだけど、私ね、秋から海外に留学するの。あんまり見送られるのとか好きじゃないから、近しい人にしか言ってないけど」

「……え? じゃ、じゃあ学校、いなくなるの?」

「まあ、そうね。だからそれまでに会って話したかったからちょうどよかった。私もね、こっちにいる間に一個くらい思い出作ったりしたかったから、焦ってた。で、四条さんにもさんざんひどいことしたから。ごめんなさい。でも、もう私はいなくなるから、それで幕引きにしてもらえるかしら」


 じゃあ、そういうことだから。

 皇さんは言い残して去ろうとする。


 思わず、彼女の水着をつかんでしまう。


「きゃっ! や、やめてよ脱げるでしょ!」

「そ、そんなの悲しいよ……皇さん、黙っていなくなっちゃうの、寂しいよ」

「な、なんであんたが泣いてるのよ。私はあなたにひどいことを」

「でも、一年生の時に初めて声かけてくれた女の子も皇さんだよ? しゅうちゃんしか知り合いがいなくて困ってた私に、やさしくしてくれたこと、覚えてるもん」

「……あれは、別に気まぐれよ」

「でも……私は皇さんのこと、友達だと思ってるから。だから、これでサヨナラは悲しいよ」

「……わかったわよ。そこまでいうなら、別にそれでいいわ。だからお願いだからその手を離して」

「な、なんで? 離したらどっかいっちゃいそうだもん」

「私を裸にさせたいの? いいから離しなさい」


 ぺしんと手を払われて。

 そのあと、水着を直しながら皇さんは首を振ってため息をつく。


「はあ……ほんと、あなたってつくづくずるい人よね」

「ずるい? なんで?」

「そういうとこよ。まあ、いいわ。まだ出国まで時間あるから、友達だっていうなら夏休み中に一度お茶くらいしましょ。それでいい?」

「う、うん! じゃあ連絡待ってる!」

「……じゃあね」


 皇さんは呆れた様子で笑う。

 彼女が更衣室からプールの方へ出ていくと、私はちょっとだけホッとした。

 やっぱり皇さんは悪い人じゃなかった。

 いろいろあったけど、せっかく知り合った友達と、仲たがいしたまま疎遠になるのは寂しいことだから。


 仲直りできちゃったって、しゅうちゃんに自慢しちゃおうっと。


 着替えて、足取り軽く更衣室を飛び出すと木陰でしゅうちゃんが待っていた。


「あ、紫月」

「しゅうちゃんお待たせ。私ね、皇さんとねー」

「あ、段差危ないぞ」

「え……うみゃあっ!」

「あぶない!」


 浮かれて飛び出して、段差に足を取られて私はすっころんだ。

 体が地面にたたきつけられる前にしゅうちゃんが受け止めてくれて、すりむいたりはしなかったけど。


 ちょっと足をひねったようだ。


「ううっ……痛いよう」

「だ、大丈夫か? ったく、前もこんなのあったな」

「うううっ……歩けないよう」

「はいはい。おんぶしてやるから帰ろ」

「……うん」


 泣きそうなくらい足が痛かったけど。

 しゅうちゃんの背中に背負われると、自然と痛みも楽になる。


 ちょっとプール特有の塩素臭が残るしゅうちゃんの髪。

 でも、なんかそれも落ち着く。


 時々振り返りながら、しゅうちゃんが「足大丈夫か?」「痛かったら病院行こうな」ってやさしく心配してくれるから。


「……しゅうちゃん」

「なんだよ。やっぱり痛むのか?」

「……んっ!」

「っ!?」

 

 振り返ったしゅうちゃんに、キスしちゃった。

 一瞬だったけど、びっくりした様子のしゅうちゃんはすぐに顔をそらして「な、なんだよ急に」って、顔を赤くする。


「へへっ、驚いた?」

「……不意打ちはなしだって」

「じゃあ、帰ったら……しゅうちゃんからしてほしい、かな……」

「……わかった」


 テンションが上がって、とんでもないことをしちゃった自覚が追い付いてきたのは家に着くころ。


 私は急に恥ずかしくなって顔を隠しっぱなしで。

 しゅうちゃんに「俺からしてほしいって話は?」と呆れたように聞かれたけど「ごめんなさいー!」って謝りながら。


 しゅうちゃんに、テーピングを巻いてもらっていた。

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