第31話 幼馴染から恋人へ

「もうすぐ夏休みだね。しゅうちゃんどこいく?」


 テスト期間のため、早めに授業を終えた俺は紫月と一緒に俺の部屋で勉強中。

 もう夏だ。

 蒸し暑い季節になってきて、紫月も半袖のTシャツ姿でくつろいでいる。


「……ってなにアイス食べてくつろいでるんだよ。勉強しろよ」

「だって暑いもん。それにわかんないし」

「勉強しないからわからないんだろ。テストは動画見ながらはできないんだぞ」

「はーい」


 ちょっと図々しくてふてぶてしい。

 なまけた猫みたいな紫月はすっかり昔に戻ったけど。

 素足をパタパタさせながらベッドでアイスを食べる彼女を見ていると、なんか好き避けしてた頃が可愛く思えてくる。

 まあ今もかわいいけど。


「で、夏休みどこ行くかって? プールはいかないんだろ。泳げないから」

「う、浮き輪があればいけるもん。それに、海とかも行きたい」

「海の家の方に用事あるだけのくせに」

「むー。連れてってくれないのー?」

「勉強できたらな。来年はもう受験なんだし、大学も行きたいとこ受かりたいだろ」


 クーラーの効きが悪く、ちょっと蒸し暑い部屋で汗をぬぐいながら。

 机に向かって参考書を解いていると隣に紫月が来る。

 半袖からのぞかせた白い肌を、俺の腕にピタッとくっつける。


「……なんだよ」

「しゅうちゃん、大学はどこ行きたいの?」

「別に。でも、関西に行ってみたいかな」

「ふーん」

「紫月はどこかあるのか?」

「一緒のとこ」

「一緒? 俺と一緒のとこってこと?」

「うん。だってしゅうちゃんいないと寂しいもん」

「……うん。俺も、紫月から目を離すと不安だからな。じゃあ、ちゃんと勉強しなさい」

「うん。でも、ちょっとこうしてていい? しゅうちゃん、冷たくてきもちいい」

「はいはい」


 外ではもう蝉が鳴いている。

 俺に寄りかかってのんびりする紫月と、こうして何度目の夏を迎えるんだろう。

 これから、何回夏を迎えるんだろう。

 来年の夏は、その次の夏は、またその次は……なんて考えて先のことばかり見てしまうけど。

 紫月みたいに、目の前のことを楽しむっていうのも大切なことなのかな。


「よし、じゃあテスト終わったら海行くか」

「やたー。私、かき氷食べたい」

「食べ過ぎて頭痛ーいってなって泣くなよ、去年みたいに」

「へへっ、多分なる」

「だろうな」

「うん」


 このあと、勉強なんて全くはかどらず。

 紫月と蒸し暑い部屋の中でずっと手をつないでいた。

 そのうち、彼女は寝てしまい。

 俺は彼女をベッドに寝かせてから、ぼちぼちと英単語の教材を見ながら紫月の寝顔を堪能した。



「あー、終わったー」


 テスト当日。

 紫月が朝から遅刻しそうになって靴を履かずに飛び出してきたことや、筆箱を忘れて泣きそうになっていたことや、テストを回収する際に名前を書き忘れたかもといって、先生に泣きついていたこと(これは勘違いで済んだ)なんかを乗り越えて、期末テストが終わった。


 ようやく夏休みである。

 そして二学期には、文化祭や運動会、ハロウィンパーティにクリスマスとイベントが盛りだくさん。


 この夏はそんなイベントに向けての恋人探しの時間。

 という話を鹿島が偉そうに言ってくる。


「だからよ、今がチャンスなのさ。彼女作るぞ神前」

「俺はいるからいいんだよ。勝手にやれ」

「くそリア充め。爆発して死んでから四条さんを俺に譲れ」

「爆発して死んでも譲らねえよ」


 なんてくだらないことを話していると、後ろから紫月が俺をつんとつつく。


「いたっ」

「しゅうちゃん、何をあげないの?」

「な、なんでもないよ。帰ろっか」

「うん」


 まだ何か言いたげな鹿島を置いて、俺たちは教室を出る。

 夏は部活のシーズンともあって、テストが終わったばかりなのにもうグラウンドには運動部の声が響き渡っている。


「暑いのによくやるなあ」

「しゅうちゃんも何かしたらよかったのに」

「全部中途半端だからな。それに、部活もいいけど紫月とこうしてるのが楽しいし」

「て、照れるよう……」

「ははっ、とにかく夏休みだ……って言っても毎年と変わんないか」

「え、ち、違うよ?」

「なんで? 去年も一緒だったじゃん」

「だって、今は、ええと、つ、付き合ってる、じゃん……」

「う、うん」

「だから、こ、こここ、こひっ!」

「こひ?」

「こ、恋人、みたいなことも、したいなあって……」

「……そう、だな」

「あぶぶぶぶ……」


 ちょうど正門を出たところで。

 顔の前で手をいじいじさせながらおぼれそうになってる紫月が久しぶりに顔を赤くして照れていたので、俺は思わず後ろから抱きしめてしまう。


「じゃあ、今年は紫月に彼女らしいこと、お願いしようかな」

「……うん。彼女だから、いっぱい甘えるの」

「いつもじゃん。たまには俺も甘えたいなあ」

「しゅうちゃんにこうされてると、落ち着くなあ」

「俺も。なんか紫月って抱き心地いいし」


 ちょっと強く紫月を抱きしめてから。

 そのあと、自然と手をつないで。


 一緒に帰りながら、恋人らしいことってなんだろうな、なんて話をしていたら。


 紫月は多分、ちょっとエッチな妄想をしたのだろう。


 顔を真っ赤にしてから「ひゃううう……」とうなっていて。

 それを見て俺も恥ずかしくなってしまい、結局会話もないまま帰宅。

 

 今日から、夏休みが始まった。


 

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