第30話 ちょっと意外な一面

「しゅうちゃん、お昼食べよ」


 平日のある日のこと。 

 いつものように昼休みになると紫月が弁当を二つ、机の上に出す。

 とまあそこまではいつも通りだったのだけど、今日の紫月は様子がちょっと違う。


「ふんふんふーん」


 珍しく鼻歌が漏れていた。

 いつもなら「おいしいかなあ」「大丈夫かなあ」と不安がってばかりなのだけど、今日の弁当はよほど自信があるに違いない。


「なんだ、うまくできたのか?」

「え、わかる? 今日はね、いい感じなの」


 あの紫月にそう言われると、期待するしかない。

 どんな弁当が俺を待っているのかと、ワクワクしながら蓋をあける。


 すると、いつもより色鮮やかな、本当に普通の弁当がそこに。

 揚げ物ばかりで茶色いわけでもなく、何かの残骸みたいなおかずが入ってるわけでもなく。

 玉子にタコウインナー、ひじきにほうれん草、そしてご飯にはノリと梅干しが乗っていて。


「え、これ本当に紫月が?」

「どうかな、いい感じだと思うんだけど」

「う、うん。じゃあ、いただきます……ん、んまい」


 普通にうまい。

 飛び跳ねて喜ぶような弁当なんてそうそうないだろうけど、冷めていてもしっかりおいしい手作り弁当って感じだ。

 しかしどういう変化だ?

 色合いとか、そういうセンスがかけらもない紫月なのに、人並みにセンスを感じられる。


「……なにしたんだ?」

「えー、なにも。全部私の実力だもんね」

「うーん、人間でそんなにすぐ変われるものなのかなあ」

「日々進化してるんだもんね。しゅうちゃんのお嫁さんになるんだか、ら……は、恥ずかしい……」


 調子に乗って自爆。

 まあ、それはいつもの紫月だ。

 よかった、中身だけ別人に入れ替わったりはしてない様子。

 でも、なんで?



「しゅうちゃん、今日もオムライス作ってあげよっか?」


 放課後、紫月が調子よくそんなことを聞いてくる。


「ああ、今日は母さんいないしお願いするよ。でも、ちゃんと卵巻けるようになったのか?」

「ふふん、ばっちりんこだよ。私、失敗しないので」


 ビシッと、なんかよくわからんポーズを決めて威張る紫月は自信に満ち溢れている。


 一体どういう風の吹き回しか。

 それとも、今までの失敗経験がここにきて一気に生きて開花したっていうのか。

 帰り道も終始ご機嫌な様子の紫月は、俺の家に一緒に戻るとキッチンにまっすぐ向かい、さっさと料理の準備を……始めない。


 スマホを見ている。

 何してるんだろ。


「なあ、料理しないのか?」

「わっ、しゅ、しゅうちゃんはあっちいってててて」

「なんだよ、気になるだろ」

「だめ、見ちゃだめ。見たら私、カメになってどっか行っちゃうよ」

「鶴だよそれは」


 カメになったら今より逃げ足遅くなるだろ。

 まあ、そのほうが捕まえやすくていいけど。


「とにかくダメ。部屋にいて」

「はいはい」


 まあ、さっきちらっと画面が見えたのでなんとなく察しがついたけど。

 あれ、動画サイトだったな。

 なるほど、あれを見てカンニングしながらやってるってわけか。

 でも、見様見真似なんて器用なこと、できたんだな。


 ちょっとだけ、意外な一面とやらを見た気がする。

 もう紫月のことならなんでも知ってる気になってたけど、知らないこともまだあるんだな。


 これからも、また新しい発見とかあるんだろうか。

 ……。


 なんていろいろ考えさせられながら、俺は呼ばれるのを待つ。

 しかし、夕方に帰ったはずが日が暮れそうになってもなんの呼び出しもない。


 またかよと、不安になってキッチンへ。

 すると、がっくしと膝と手を床についてうなだれたままの紫月が。


「お、おい大丈夫か?」

「あ、しゅうちゃん……ごめんなしゃい、オムライスできにゃい……」


 泣きそうになって、活舌もめちゃくちゃ。

 一体何があったんだ?


「うまくいかないのか?」

「充電、切れた」

「は?」

「スマホの充電するの忘れてたー! うえーん、動画が見れないよー!」


 所詮、動画をカンニングしながらの料理ってのは脆かった。

 スマホがなければ何もできない。

 現代っ子かよと、同い年ながらに泣きじゃくる彼女に突っ込みそうになりながらも。


「はいはい、俺の使えよ。あと、使う時はちゃんとWi-Fiつないどけよ」

「ゔ、ゔん……しゅうちゃんごめんなしゃい」

「いいって。それより、動画見ながらだったらうまくできるんだな。偉い偉い」


 よしよしと頭をなでると、鼻水をずるずるさせながら「えへへっ、またほめられた」と喜ぶ。


 でも、そのあと作ってくれたオムライスはこの前のものより格段にうまかった。

 やはり動画の力とは恐ろしいもので。

 なんでもそこに情報が落ちてるというのは、すごいことだと思うけど。


「ふふん、おいしいでしょー。紫月特製オムライスなんだからー」


 さっきまで泣いてわめいていた自分のことをすっかり棚に上げて威張る幼馴染の解説書なんて、多分どこにも落ちてはいないだろう。


 だから多分、俺にしか相手できないと。

 それでいい、というかそれがいいんだけど。

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