第29話 幼馴染との休日

「しゅうちゃん、遊びに来たよー」


 週末。

 すっかり元の調子を取り戻した紫月は元気な様子で俺の家にきた。


「うん、お昼どうする? 家で食べる?」

「私、昨日しゅうちゃんのお母さんに習ったオムライス作るー。いーい?」

「うん、わかった。じゃあ俺もなんか手伝うよ」

「しゅうちゃんは見てて。私、一人でできるもん」


 へへんっと鼻を指ですすっと。

 そして紫月クッキングが始まった。


「まずは……えーっと、フライパンをあっためるんだよね。そんで、卵を割ってから……あ、その前にチキンライスを……ん、鶏肉を先に炒めるんだっけ?」


 ただ、いつまで経っても料理が始まらない。

 どころか、紫月はしきりに後ろで見守る俺をチラチラ見るだけ。


「なんだよ、やっぱり手伝おうか?」

「……ダメ、今日は自分でやるもん。あとでびっくりしても知らないからね」


 多分、色んな意味で驚かされる結果にはなるんだろうけど。

 でも、こうして一歩ずつ前に進んでもらうしか、紫月のポンコツを改善する手段はないのだろう。

 俺が甘やかしすぎて。

 紫月が甘えすぎて。

 結果、今に至るわけだから。

 

 不安ながらも俺は部屋に戻って料理の完成を待つことにした。

 紫月が家に来たのは朝の十時過ぎ。


 だというのにもう昼を過ぎても紫月から何も音沙汰がない。

 不安になって再びリビングへ。


 すると、


「卵が巻けない……どうやってやるの?」


 失敗作であろう、卵がびりびりに破けたオムライスらしきものが二つ並んだ前で、うーんとうなる紫月。


 ずっとにらめっこしてたのか?


「おーい、腹減ったよ」

「し、しゅうちゃん!? ま、待っててってててて」

「日が暮れるって。それより、そのオムライス食べていいの?」

「……食べてほしくない」

「なんで? うまそうだけど」

「ぜ、ぜったいおいしそうじゃないもん」

「そんなにすぐ上達なんかしないって。冷めるから、これ食べよ」

「うん……」


 いつものことだけど、どうも心を鬼にするなんてことができない。

 紫月に求めるもののハードルが下がってるってのもある。


 もう卵で全然巻かれていないダメージオムライスでも、味がちゃんとしてたから「おいしい」とほめてしまう。

 もちろん紫月は「ほんと? わーい、私ほめられたー」って感じになるから、当分ちゃんとしたオムライスの完成は見れなくなったと思うけど。


 それでいいんだよなあ。

 無理して、紫月に完璧な女子を演じてほしいわけじゃないし。

 ていうかこいつに中身が伴ったらそれこそ、俺なんか相手してもらなくなるかもだし。


「さて、食べたらどっか行くか」

「うん、しゅうちゃんと買い物してお茶してスイーツも」

「なら、モールかな。ていうかようやくデートらしいことできるな」

「? 今までも普通にしてたよ」

「んー、まあいいや」


 どうやら紫月からすれば、ずっと俺と一緒だということは変わらないので付き合う前も、好き避け時期も、付き合ってすぐも今も大して変わったつもりがないようだ。


 んなバカなって感じだけど。

 寝たら忘れるタイプだから、きっと昔の自分はリセットされたのだろう。


 ……んなバカな。


「じゃあ、私着替えてくる!」

「あ、ちょっと」


 片付けもせず、一度紫月は家の戻る。

 俺は二人分の皿とコップ、それにどうしてかぐっちゃぐちゃになってるキッチンを片付ける羽目に。


 しばらくして紫月が戻ってきて、俺もようやく掃除を終えたところだったので着替えて一緒に家を出る。

 そしてぶらぶら歩いてショッピングモールを目指していると、自転車に乗った鹿島と偶然会う。


「おう、二人とも相変わらずニコイチだなあ」

「そういうお前も相変わらず忙しそうだけど、どうした」

「いやー今日はラノベの新刊発売日だろ? あと、初回限定のやつにはポストカードついてるしさ、売り切れないうちにってやつよ」

「あー、そういえば。でも、まだ数はあるだろ」

「それが、今回のは絵がめっちゃよくてな。すぐなくなる可能性ありだぜ」

「まじか。紫月、先に本屋いってもいい?」

「うん、いーよー」


 というわけで、俺たちは方向を変えて本屋へ。

 鹿島は大人げなく、「先に買い占めてやるぜ」とか言いながら自転車で爆走していた。

 ああいう中二病、ほんと治ってない。

 生徒会長になって見た目が変わっても、結局人間中身はそう簡単に変わらないってか。


「しゅうちゃん、私たちも急がないと」

「え、いや別に紫月はほしいわけじゃないんだろ?」

「で、でもなんかいやじゃん売り切れてたら」

「ま、まあ」

「じゃあ走ろ。ゴーゴー」

「あ、待てって」


 張り切って走り始めて数秒。

 嫌な予感がしたが見事に的中した。


 紫月は道端ですっころんだ。


 ずてっと転んで、膝をすりむいて。

 まるで小学生のようにその場に座り込んで泣く。


「うう、血がでたよ……痛いようしゅうちゃん」

「だから張り切るなっていったのに」

「いってない……うええん、痛いよう」

「まったく……歩けるか?」

「んーん、無理……」

「あーもう」


 そのまま、寝てもいない紫月をおぶって。

 このまま本屋までもいけないので、一度帰宅することに。

 まあ、本は絶望的だな。


「ごめんなさい、私がドジだからしゅうちゃんの買いたいの買えなかった」

「いいって別に。それより、帰ったらちゃんと消毒しないとな」

「……しゅうちゃん、やっぱやさしい。帰ったらおうちでゆっくりしよ」

「買い物も何もしてないけどな。ま、いっか」


 いつもの調子にもどった紫月との休日なんてこんなもんだったなあと。

 少し昔に戻った気になりながら、家に着く。


 消毒するときに「みーっ!」と鳴き声を上げるのも昔のまま。

 じたばたする足が可愛かった。

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