第28話 このままでいいのかなって


「しゅ、しゅしゅしゅ、しゅう、ちゃん……」


 皇さんとの一連のやり取りにひと段落がついた日の翌日、また紫月の態度がおかしくなった。


 昨日は家まで送り届けてそのままだったのでわからなかったけど、翌朝俺を迎えにきた彼女は、いつにもましててんぱっている。


「どうした紫月、なんかあった?」

「しゅしゅしゅ……しゅうぅぅぅ……」

「おーい」


 オーバーヒート、のちに沈黙。

 何があったんだ?

 まさかまた好き避け? いや、もういいって。


「……あのさ、一応ああいうことまでして、照れる? 今更」

「そ、そうじゃなくて、でも、あれ、ああいうこと? ……みゃー!」


 朝からずっとこんな感じ。

 ちなみに学校に行く間もずっと「しゅっしゅ、っしゅ……」と、煙でもあがるんじゃないかってくらいにしゅーしゅー言ってて。


 学校でも、それは変わらず。

 さらに休み時間になるとどこかへ逃げていくし。

 なんなんだほんとに。


「おい色男、また喧嘩でもしたのか?」


 で、こんなおいしそうな展開を見逃さないのが鹿島。

 ほんと一切仕事しないな、最近。


「冷やかすな。困ってんだよ俺も」

「いろいろ前途多難だなあ。ま、ラブラブなのは見ててわかるし、皇女王様もやっつけたんだから障害はないだろ」

「障害しかねえよ。ほら、噂したら来たじゃんか」


 皇さんが、少しにらみながらこっちに来る。

 鹿島は小声で「こええ」と言って逃げる。

 そして俺の前に、皇さんが立つ。


「……また喧嘩したの?」

「あ、いや……そうじゃなくて」


 ただ、俺からすれば彼女と話すのは気まずい。

 俺のことを好きって思ってるらしいし、そんな子とどんな顔して普通に話したらいいのかわからない。

 

「私と話すの、ずいぶん迷惑そうね」

「そ、そういうわけじゃない、けど」

「ま、いいわ。私、もうあなたに興味ないから。だから四条さんにも別にいじわるする理由、ないし」

「そ、そうなの? まあ、そうだと助かるけど」

「でも、あんまり今のままだとイラつくからやめてね。あと、別れたら手をたたいて喜んでやるから」


 嫌味なことを言って、皇さんは離れる。

 でも、少しだけ気が楽になった。

 ああやって言ってもらったほうが、俺にとっては救われる。

 わかってて、言ってたのだろうか。

 それともただの本心か。


 しかし、そのあとは皇さんと話すこともなく。

 結局、彼女の本心はわからずじまい。


 ま、しかしそんなわからないことをいくら考えても仕方ないし。

 それより、もっとわからないやつがいるし。


「しゅ、しゅしゅしゅ、しゅうぅぅぅ……」


 一体何がどうなったらそんな風になるのか。

 席でずっとしゅっしゅぽっぽとなってる紫月は放課後までずっとこんな感じ。


 で、帰る時も帰る時で「しゅぅぅぅぅ……」と音を立てていた。


「いい加減、それなんとかならないのかよ」

「だ、だって……」

「はあ。今日はろくに話もできてないし、ちょっと寂しいんだけど」


 実際、避けられてるわけじゃないから逃げられないだけマシだけど。

 でも、普通に会話したいだけなんだよなあ。


「うん……ご、ごめんなさい」

「で、なんでそうなったのかくらい教えてくれるのか?」

「……しゅうちゃん、昔から私のこと紫月って呼ぶよね」

「まあ、紫月は紫月だからな」

「私は、昔っからしゅうちゃんって……でも、なんか、ええと、それだと、どうなのかなって」

「?」

「う、ううんなんでもない。うん、私アイス食べたい」

 

 何が言いたかったのかはよくわからないまま、とりあえず一旦落ち着いた紫月を連れてコンビニへ向かう。


 で、その道中で俺たちは中学の同級生に会う。


「あ、秀太! それに紫月も。久しぶりー」

「お、さやちゃん久しぶり」

「わー、さやちゃん!」


 中学までの同級生、近本さや。

 彼女はスポーツがよくできて、高校は陸上の推薦で別の私立に進学したので会うのは中学以来だった。


「こっち帰ってきてたのか?」

「いやー遠征がこの近くで。地元凱旋ってやつかなー、なんてね」


 昔から変わらないこんがりやけた肌に短い髪。

 まだ頑張ってんだなあ。


「でも、紫月は相変わらず可愛いねー。それに二人セットなのも相変わらず」

「ま、まあな」

「紫月、秀太ともう付き合ったの?」

「え、う、うん……そ、そう、だけど」

「だよねー。昔からラブラブだったもんね。んじゃ、また帰った時に惚気話聞かせてよ」


 ランニングの途中だったようで、さやちゃんはそのまま走っていって、遠くなる。


「へえ、まさかさやちゃんに会うとはびっくりだったな」

「……秀太って、いってた」

「まあ、あいつは昔から誰とも距離近いやつだからな」

「むー」

「なんだよ、なんでむくれてんの」

「私も……しゅ、しゅしゅ……秀太!」

「……」


 もしかして、今日一日しゅーしゅー言ってたのって、俺を呼び捨てで呼んでみたくてできなかったから、なのか?


 でも、多分そうなのだろう。

 俺を秀太と呼んだあと、真っ赤になって紫月はほんとに煙が上がりそうになっている。


「……べつに、今まで通りでいいのに」

「だ、だってそれだと、あんま、変わんない気がする、から」

「変わらなくていいじゃん。俺、ずっとこうして変わらずに紫月の隣にいたいよ」

「……うん。しゅうちゃん、好き」

「あはは、戻ってるな早速」

「だ、だってー」

「いいよいいよ、紫月しか呼ばないもん、しゅうちゃんって」

「うん」


 なんてことで今日一日が終わった。

 付き合って、互いに距離感とかに悩まされてはいるけど、こうして変わらない関係ってのもいいんじゃないかな。


 ゆっくりでいい。

 俺と紫月はずっと一緒なんだから。


「ゆっくり、変わっていったんでいいよ」

「うん。でも、私ちゃんとしゃうちゃんに迷惑かけないように努力するもん」

「じゃあ、とりあえず照れて避けるのなしな」

「……うん、がんばりゅ」


 頭をわしゃわしゃして。

 すると猫みたいにくっついてくる紫月は笑いながら俺の目をみてくれた。


 もう、すっかり好き避けなんてどっかに消えて。

 普段通りの紫月にようやく、戻ってくれた。


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