第27話 皇さんの気持ち


「なんなのよ、あの子ったら! 泣きだすなんて卑怯よ!」

「まあまあ燐火、落ち着いて」

「落ち着けるわけないでしょ! あーくやしい!」


 皇燐火という名前は、昔は気に入っていた。

 偉そうな、それでいて強そうな自分の名前のおかげで、自信に満ちた日々を私は送っていた。


 スポーツも、勉強も、それに容姿だって。

 日本一、とまではいわなくとも、この田舎には私以上の女はいないと。

 何をしても一番だってくらいの気持ちで中学までを過ごし、実際にそうだった。

 でも。


 でも、高校に入って知った。

 私より上がいると。


 四条紫月。

 銀髪の、本当に絵本から飛び出してきたような完璧な容姿をもつ少女。

 少し子供っぽいけど、それすらかわいくて。

 そのくせ、真剣な表情をすると多分女優やアイドルでも適わないようなほどの美人になって。

 そんな子と、高校で初めて会った。

 会って、知った。

 私より上がいると。


 でも、それはそれでよかった。

 実際、あまりの可愛さに私もずっとファンだったから。

 四条紫月ファンクラブを、実際に設立しようとして先生に止められたのはいい思い出だ。


 妹にしたい。

 仲良くなってみたい。

 もっと話してみたい。


 そんなことを思って、一年が経ち。

 二年生になってクラスが一緒になったときには飛び跳ねそうだったっけ。


 ただ。

 同じクラスになったのは彼女だけじゃなかった。


 いつも彼女のそばにいる男の子。

 神前秀太。

 冴えない雰囲気の、どこにでもいる感じの男子に私はなんの興味もなかった。

 きけば四条さんと幼馴染というけど、まあ、だからなんだって話だった。


 むしろ四条さんの周りを飛び回るハエくらいにしか思ってなかった彼に。

 しかし私はある時、恋をした。


 直接、っていう接点じゃなかったけど。

 いつものように、紫月さんのことが気になって彼女を付け回すように追いかけていた放課後。


 彼は一匹の首輪のついた猫を保護した。


 隣にいた四条さんがどうしたらいいかわからない様子なのに対して、すぐに子猫を抱えて交番に走り、その子がちゃんと飼い主に見つけてもらえるようにと、おまわりさんに必死に説明していた。


 まあ、そこまではただのいい人ってくらいだけど。

 私もそのあと、二人を追いかけるのをやめて買い物をして、さっきの交番の前を通って帰っていたところで。

 また、彼に会う。

 今度は一人で、また交番に走っていって。


「飼い主、見つかりましたか?」


 と。

 真剣な表情で聞く彼は、とてもやさしい人なんだって、知った。

 そして、まだと知ると「来るまで待ちますよ」って。

 私も、立ち止まってしまって遠くでその様子を見ているうちに、どうなるのか気になってしまって。

 しばらく彼の様子を見守ってしまった。

 そしてしばらくしてから、その猫の飼い主が現れた。


 主婦っぽい人で、猫を見つけると泣きながら喜んでいて。 

 その姿を見て、同じように喜ぶ神前君の笑顔に、私はやられた。

 こんなにも、誰かのために必死になれる人をみたことがなくて。

 いつも私に寄ってくる男子は、自称かっこいいとか、自称スポーツ万能とか、そんな自分のことしか考えていない連中ばっかで。

 まあ、私がそうだから類は友を呼ぶって感じだったんだろうけど。


 とにかく、彼のそんな姿を見てしまってから、私は彼に恋した。

 

 奇しくも同じクラス。

 だから、一度話しかけるくらいいいかなって思っていたけどそれを許さないある事情があった。


 四条さんだ。

 彼女は、ずっと彼のそばにいる。

 学校に来るときも、来てからも、帰る時もずっと。

 一体いつ別々になる時があるのかってくらいにずっと。


 彼のそばを離れない。

 それに、よく見るとあの子はいつもいつも彼に助けられていた。


 勉強がわからないと甘えていたり、パンを買ってきてもらったり、転びそうになっても支えてもらったり。


 それがうらやましくて、腹立たしかった。

 ただ、もう二人が付き合ってるのならあきらめようと。


 私は、友人に協力してもらって探りを入れた。

 二人が付き合ってるか調べた。

 

 でも、付き合ってはいなかった。

 じゃあ私にもまだチャンスはあるかなって思って、でも彼の周りにはずっと四条さんがいるから直接誘ったりはできず。

 手紙を書いた。

 ラブレターなんて、柄じゃないけど。


 でも、せめてこの気持ちくらい伝えたかったんだけど。


 なぜか靴箱に一人で現れた四条さんは、彼の靴箱を開けて。

 そのまま、私の手紙はヒューっと飛んで行った。

 四条さんは尻餅をついてあたふたして。

 私の気持ちは風に乗って消えていった。


 ……わかってた。

 あの子が、わざとやったんじゃないんだろうってことくらい、わかってたけど。

 そう思わないと、やっていられなかった。


 模擬店の時もそうだけど、いつも彼女だけが選ばれる。

 彼女だけが許される。

 それが許せなかった。

 だからわざとじゃなくても、彼女が私の手紙を失くしたことを仕方ないと済ましたくなくて。


 あんな態度ばかりとって困らせてみたり。

 あわよくば神前君が彼女に幻滅しないかって期待してみたり。


 したんだけど。


「……なんか、全部無駄だったみたい」

「燐火、元気だしなって。フラれたって次があるわよ」

「ふ、フラれてなんかないわよ! 私はまだ告白してない」

「がっつりクラス中にばれてるけどねえ」

「……あー、もう!」


 まさかこんな形で私の初恋が終わることになるなんて。

 ほんと、あの四条さんにかかわったらろくなことがない。


 ……せいぜい、振り回されて苦労なさい、神前君。

 あとで私のほうがよかったって言ってきても知らないんだから……。


 知らない、あんなやつ……。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る