第25話 よく頑張りました

「おはよう四条さん」


 昨日コンビニで皇さんと会った話は紫月にはしていない。

 で、何事もなかったかのように翌朝一緒に学校に行き、席に着くとすぐに皇さんがやってくる。


「な、なにかな……」

「四条さん、あなたに訊きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「え、訊きたい、こと?」


 紫月は不思議そうに首を傾げる。

 その態度に苛立ったのか、俺や周りの連中がいるのに大声で。


「あなた、私が用意したラブレターを捨てたでしょ!」


 そう言った。

 ラブレター、という単語に皆がざわつく。

 当然、紫月も、


「らら、らぶ、れたあ?」


 突然の発言に目を丸くしていた。


「……しらばっくれないで。あなた、私が靴箱に入れた手紙を捨てたでしょ!」

「え、ええと……て、手紙?」

「ええ、一ヶ月ほど前にあなたがその手紙を風に乗せてどこかに吹っ飛ばしていたのを私、見たのよ」

「……あ!」


 紫月は、何か思いだしたようだ。

 クラスの連中も俺も、話の行方を見守る。


「心当たりがあるでしょ。あなたはそうやって、人のいじらしい行為を踏みにじるような奴なのよ」


 そう話すと、皇さんは俺を睨む。

 なんで俺を睨む?


「……あなたがあんなことしなかったら、もしかしたら私が……この悪女!」

「ち、違うの皇さん……あの、あれはしゅうちゃんの靴箱にいたずらしようとしてたらなんか落ちてきて……風でぴゅーって飛んでいっちゃて……ほ、ほんとだよ……」

「そんな言い訳が通用するとでも?」

「だ、だって本当なんだもん……」


 紫月は、皇さんに迫られてもう泣く寸前。

 俺はその様子を見て、慌てて紫月の前に出る。


「も、もういいだろ。知らなかったって言ってるだろ」

「神前君は引っ込んでて。ぜったいわざとよあれは」

「だいたい、なんだよラブレターって。なんでそれが俺のくつばこ、に……」


 言いながら、状況を理解する。

 他の連中も、徐々に意味がわかってきて「え」と声をあげる。


「……わかるでしょ」

「い、いや、それは」

「……あなたに好きって、伝えたかったのよ!」


 皇さんから、耳の鼓膜が破けるような告白をされた。

 そして紫月より先に、彼女が目に涙を溜めて。

 唇をグッと噛みながら「絶対私の方が先に好きになったのに!」と言って、教室を出て行く。


「……うそ、だろ」


 あまりに唐突な公開告白に、クラス中が茫然とする。

 俺も、紫月も、鹿島も、皆放心状態。


 で、皇さんはどこかに行ってしまって。

 入れ替わるように先生がやってきた時、「なにかあった?」と訊いていたが誰も何も答えず。


 皆、静かに席について沈黙を守っていた。



「おい、神前のやつってなんであんなにモテるんだよ」


 休み時間、誰かがそう口にした。

 それを皮切りに、話題は俺のこと一色に。


「だって、あの四条さんと付き合ってて皇さんから好きっていわれるとか、おかしいだろ」

「なんだろ、弱みでも握ってんのか? 結構下衆だな」

「あーあ、俺も神前様みたいになりてえなあ」


 次々に聞こえる嫌味やひがみに、俺はイライラする。

 紫月は、沈黙したままだ。


「よう、色男」


 そんな俺のところに、鹿島が来る。


「冗談はよせ。完璧にヒールだろ」

「いやあ驚いた。まさかお前、皇さんにまで手を出してたなんてな」

「なわけあるか。俺が一番驚いてるって」

「ふーん、でも心当たりはないのか?」

「ない。ていうかなんだよラブレターって」

「古風なのは見た目だけじゃないってやつか。ま、しかし四条さんもいい迷惑だな」

「全くだ」


 結局、俺へのひがみはこの後も続いたが。

 鹿島がうまく話題を散らしてくれたことと、皇さんが二限目から戻ってきたことで一旦話は終わり。


 昼休み。


 俺は紫月にさっきの話をするため、二人で校舎裏の階段まで来た。


「なあ紫月、皇さんがいってたことなんだけど」

「うん……言われたら思い出したけど、そういえばあったなって」

「わざとじゃないんだろ?」

「も、もちろんだよ……いきなりびゅーって紙が飛んできて尻もちついてる間にどっか飛んで行っちゃったんだし」

「それをお前が捨てたと誤解したってか。ていうか、俺の靴箱で何しようとしてたんだ?」

「そ、それは……い、言わないとだめ?」

「別にいいけど。いたずらなんかすんなよ」

「しないもん……」


 ぷくっと頬が膨れる。

 どうやら、俺が他の子から告白を受けたことをよく思ってないらしい。

 そりゃそうだ。俺だって紫月が誰かから好きだと言われたら、嬉しいようでちょっと嫉妬する。


「……皇さんに、ちゃんと話そう。誤解は誤解なんだし」

「でも、ちゃんと話して、ちゃんと告白されてもしゅうちゃんは皇さんのこと好きにならない?」

「なるか。俺が好きなのは、えと、紫月だけなんだから」

「……ほんとに?」

「ほんとだ。信じろよ」

「……信じさせて、ほしいな」


 もじもじしながら、俺の袖をちょんとつまんで紫月は俺の方に顔を寄せてくる。

 でも、目が合うと顔を真っ赤にして自爆。

 ただ、今日はそれで終わらない。


「……しゅうちゃんと、恋人らしいこと、まだして、ない……」


 声が途切れながら、そんなことを言ってくる。

 俺も、何を言いたいかくらいはわかる。


 つまり、まあ、そういうことをしてほしいってこと、だろ。


「……いいのか?」

「あううう……死んじゃうう……」

「死ぬならしないけど」

「……しゅうちゃんは、したい?」

「うん。だって紫月のこと、大好きだし」

「はうううう……」


 もう、気絶寸前の紫月はそれでもかろうじて意識を保ちながら、俺の方をチラッとみると、「ちょ、ちょこんと、だよ?」と言って顔を観測史上最高に赤くする。


「……じゃあ、うん」

「……」


 俺も、いざ顔を近づけると心臓が破けそうなほどバクバクと。

 胸を突き破って出てきそうなほどの高鳴りにクラクラしながら、そっと、紫月の唇にキスをした。


 ほんの一瞬、触れたかどうかだったけど、確かに紫月の唇の感触が残って。 

 その瞬間、俺も緊張で死にそうなくらいだったけど。


「……紫月?」

「きゅううぅぅぅ……」

「あ……」


 完全に目を回してぐったりする幼馴染を抱えていると、キスの余韻もなにもあったもんじゃない。

 慌てて俺の膝に紫月の頭を乗せ、介抱。

 でも、顔を真っ赤にしてのびている彼女を見ていると、ちょっとだけ嬉しくなる。


 頑張ってくれたんだな。

 うん、そういうとこが大好きなんだよな。


「しゅうちゃん……」

「はいはい、ここにいるよ」


 結局、昼休みはお世話だけで潰れたけど。


 紫月との進展があったことについては、皇さん様様かもしれない。

 こういう刺激がないと、ずっとこのままって感じだし。

 

 ……ていうか後ろからずっと「お腹空いた」って聞こえるのは独り言、なのだろうか。

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