第24話 何を入れたらおいしくなるのか

「しゅうちゃん、今日の晩御飯はカレーにするね」


 キッチンから紫月がそう言って、ずっこけた。


「お、おい。フライパン買ったのにカレーなの?」

「だ、だって……カレーは得意だもん」

「まあ、作ってもらうのに贅沢言わないけど。手伝おうか?」

「うん。一緒にしたい」

「はいはい」


 で、結局一緒にカレー作り。

 慎重に鍋に水を溜める紫月。

 野菜と肉を切って、それを鍋に放り込んで火をかけるのは俺。


 ルーを溶かして、味付けするのも俺。

 鍋の蓋を持ってくるのは紫月。


 どっちが料理してるのかほんと謎。

 ていうか助手いらないからな。


「……相変わらず、なんもしないよな」

「だ、だって……しゅうちゃんがやってくれるから」

「だな。うん、よしわかった。明日から俺は手伝わない」

「え、な、なんで?」

「だって、手伝ったらお前、料理覚えないし」

「あぶぶ……」


 ちょっと拗ねる紫月はそのあと、張り切って何かしようと頑張るんだが。

 小麦粉で真っ白になったり、お皿をあいさつ代わりに一枚割ったり、最後にはカレーの味見をしようとして舌を火傷して。


 拗ねてリビングに戻っていってしまった。


 もう少し、なんでもうまくやれたらいいんだけど。

 でも、俺がつい手を貸してしまうからいけないってことは理解してる。

 せめてあいつができるようになりたいと思うことくらいは、させてやりたいな。


「おーい、カレーできたぞ」


 結局ほとんど俺が調理したカレーを持っていくと、紫月はむくれていた。


「むー」

「なんだよ今度は」

「おいしそうだもん」

「だったらいいじゃんか」

「よくない。私が作っても勝てないもん」


 ソファで両膝を抱えて丸まっている紫月は、それでも好物のカレーを前にすると「ぐー」とお腹を鳴らす。


「……冷めるから食べようぜ」

「うん……いただきます」


 素直じゃないところは何も恋愛だけじゃないようで。

 食べながらも、「んー、私のカレーと味かわらない」とか「お母さんの方がおいしい」とか言いながら、しかし食べ終えるて食器を下げようとすると「おかわり」と。


 美味しいというまであげないと、まるで犬にお預けするようなことをしてみると、「美味しいからくだしゃい」と悲しそうにねだってきたので、おかわりをついであげた。


「……おいひい」

「最初から素直に言えよ。カレー、お前が好きなように甘めにしてるだろ」

「うん、わかる。ねえ、料理ってどうやったらおいしくなるの?」

「んー、レシピ通り作ったらある程度は」

「でも、しゅうちゃんのカレーもおいしいのに私の、全然だし」

「んー、練習しかないのかな。母さんが帰ったら聞いてみろよ」

「うん、そういえばしゅうちゃんのお母さんとご飯、最近作ってなかったから」


 結局三杯カレーを食べて。

 紫月はお腹いっぱいになるとうとうとして。

 そのままソファでコテンと横になって眠ってしまったので枕をおいてやると、「しゅうちゃんの匂いだあ」なんて寝言を言いながら、気持ちよさそうにしていた。



「あら、紫月ちゃん来てるの」


 一時間くらい、紫月の可愛い寝顔を堪能しながらスマホを触っていると母さんが帰宅。

 

「うん、一緒に先に晩飯食べた」

「あら、そう。また寝てるのね、可愛いわ」

「母さんに料理教えてほしいって」

「いいけど、どうしたの?」

「……本人に聞いてくれ」


 まさか俺の嫁さんになるために、なんてことは言えない。

 母さんはそれでも「ふーん」といいながらニヤついていたので、何か察したのだろう。

 察しがいいのが腹立つ。


「……ん」


 母さんと喋っていると、ようやく紫月が目を覚ます。


「……あれ、おばさん?」

「おはよう紫月ちゃん。ぐっすり寝れた?」

「す、すみませんこんなとこで……」

「いいのいいの。それより、明日は一緒に夕食作る?」

「い、いいんですか? はい、お願いしましゅ……す!」


 寝起きで舌がまわらないまま、紫月は嬉しそうに答えていた。

 そして今日はここまで。

 疲れた様子の紫月を家に送ってから、俺は一人で今日の夜のおやつを買いにいく。


 コンビニに着くところまでは何もなかったが、しかし店でポテチを持ってレジに並んでいるところで、嫌な人に会う。


「あら、神前くんじゃない」


 皇さんだ。

 ちょっと派手な赤のTシャツを着た彼女は手にファッション雑誌を持っていて、ちょっとだるそうに俺を見ている。


「あ、どうも」

「どうも、じゃないわよ。私に言いたいことあるんじゃないの?」

「……」


 まあ、言いたいことは山ほどある。

 まず、紫月になんで絡むのか。

 あと、紫月にひどいこといったのを謝れとか。

 それに……いや、これはさすがに聞けないか。


「あのさ、紫月にひどいことするの、やめてくれないか」


 まず、それが先だ。

 

「ふーん、しっかり彼氏してるんだ。でも、ああいう子見てたらイラつくのよ」

「あいつはああいうやつなんだよ。ていうか、皇さんだってよく知ってるだろ」

「ええ、まあ。でも、むかつくものはむかつくの」

「……なんでだよ」


 皇さんもクラスの人気者ではある。

 でも、やっぱり紫月がいるからその影は薄まる。

 だから嫉妬しているのだろうか。

 だとすればあまりに小さい話だが。


「……神前君、いつから四条さんと付き合ったの?」

「え、ええと。最近だけど」

「そ。彼女は、あなたのこと最近好きになったの?」

「さ、さあ。でも、昔からずっと一緒だったから」

「そ。ねえ、もし四条さんが人の恋路を邪魔するような子だったとしてもあなたは好き?」

「なんの話だよ。あいつはそんなこと」

「するのよ、あの子は」

「すめらぎ、さん?」


 手にもった雑誌をぎゅっと握りつぶすようにして。

 あからさまに怒りを込めて彼女は下を向く。


「いいわ、もう。明日直接、自分のしたことの残酷さを教えてやるわ」

「お、おい何の話だよ」

「あなたも明日、覚悟しておきなさい」


 まるで悪役な台詞を吐いて。

 皇さんはさっさと行ってしまった。


 俺は手にもっていたポテチを買ってから店を出たが。


 夜道をフラフラあるいて家に帰ると、何も食べる気が起きずそのままベッドに寝転んで。


 妙な不安を抱えたまま、しばらく眠りにつくこともできないままじっとしていた。

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