第23話 花嫁修行?
「紫月、帰ろう」
声をかけると紫月は黙ってうなずいて俺についてくる。
また皇さんに絡まれる前に、さっさと教室を出て。
校舎を出たところでようやく、俺は口を開く。
「なんだよあの女、紫月が何したっていうんだよ」
俺が声を荒げるなんて珍しいから、隣で紫月はびくっと体を震わせる。
「しゅうちゃん、怒らないで……」
「あ、ごめん。でも、あれはさすがにないだろ」
「……ミスしたのは私だから。ごめんなさい、しゅうちゃん」
しょんぼり肩を落として、トボトボと歩く紫月を見ていると俺はいてもたってもいられなくなる。
今からでも皇さんのところへ行って謝れと怒鳴りたい気分だ。
ただ、
「しゅうちゃんが一緒だから大丈夫。買い物いこ?」
そう言って無理して笑う彼女がいじらしくて。
俺は正門を出てすぐの角を曲がったところで、そっと彼女を抱きしめた。
「し、しゅうちゃん……あついよ……」
「ごめんな。でも、俺がいるから大丈夫。次は何も言わせないから。俺が絶対お前を泣かせないから」
「うん……知ってる。しゅうちゃん、いつも守ってくれてたもんね」
人気者っていうのは、それだけアンチもつきもので。
多分皇さん以外にも、紫月のことを妬ましく思うやつはいるだろう。
だから、俺がしっかりしないと。
「じゃあ、買い物だったな。どこいくんだっけ」
「ホームセンターだよ」
「うん。手、つなごっか」
「えへへっ、しゅうちゃんから言ってくれるの嬉しい……」
紫月の手は、少し震えていた。
やっぱり辛かったんだな。
でも、なんで?
なんで皇さんはあんなに紫月に冷たくあたる?
一緒のクラスになってすぐの頃なんて、大声で毎日のように「四条さん萌える!」とか言ってたのに。
「なあ紫月、いっこ聞いていいか?」
「うん、なあに?」
「皇さんと、喧嘩とかした?」
もう、それくらいしか思い当たる節がない。
でも、こいつが誰かと喧嘩するタイプではないし。
「ううん、してないよ」
と言われるとそりゃそうだってなる。
「うーん、じゃあどうしてあんなに怒ってんだ?」
「……多分、心当たりあるかな」
「え、あるの? なんだよその理由って」
「……皇さん、しゅうちゃんのこと、好きだと思う」
「……はい?」
もうすぐホームセンターが見えてくるというところで、足が止まる。
紫月を見ると、ちょっと複雑な顔をしている。
「……真面目に言ってる?」
「うん。だって、いつも皇さん、しゅうちゃんのこと見てたし」
「それは、お前の傍にいつも俺がいて鬱陶しいからじゃないのか?」
「ううん、わかるもん。女の子同士だから、なんとなく」
紫月は、喋りながら段々声を小さくしていって。
最後には黙り込む。
「……」
「紫月、でも仮にそうだったとして、やっぱりお前があんなことを言われる筋合いはないだろ」
「うん……でも、しゅうちゃんこそ皇さんに好かれるようなこと、した覚えないの?」
「あるわけない。ほとんど絡んだことないのに」
「そっか」
ちょっと疑った目で俺を見てくるので、紫月の頭を撫でながら「お前以外好きじゃないって」と。
言ったところでようやく安心してくれたのか「うん、大好き」とじゃれる紫月と一緒にホームセンターへ。
一旦、皇さんのことは忘れよう。
「で、何買うんだ?」
「んんと……あった」
調理器具コーナーへ走る紫月。
相変わらず変な走り方というか。
どうしてあんなに跳ねるんだ?
「これ、いいと思わない?」
渡してきたのはフライパン。
そこそこ値の張るやつで、紫月の顔がすっぽり覆われるほど大きい。
「なんだ、家のお遣いかよ」
「ううん、これは私の」
「紫月の? 料理に目覚めたのか?」
「目覚めるの。だって……」
だって。
そう言ってから、紫月はフライパンで顔を隠しながら。
「お嫁さん修行、しないとだもん」
と。
そう言って、しゃがみ込んで。
俺が顔を覗こうとするとまたフライパンで顔を隠して、「恥ずかしいよう……」と、照れる。
可愛い。
「あはは、可愛いな」
「や、やめてよ……見ちゃダメ」
「なんでだよ。お嫁さんの顔見ちゃいけない夫婦なんているかよ」
「ふーふ! あわわ……」
「お、おい」
限界が来たのか、紫月はそのまま目を回してしまった。
そばを通った店員さんが、「大丈夫ですか」と声をかけてくれたが紫月は沈黙。
こうなるとどうしようもないので、「これください」と。
なぜか俺がフライパンを買って、更には紫月を担いで店を出た。
「……んにゃ」
「起きた? 全く、店の中で倒れるなよ」
「あ、あれ? フライパン……」
「買ったよ。今日、早速使うか?」
「……うん、使ってみる」
今日はまだ余力があったのか、すぐに俺から降りると財布を取り出してお金を渡してくる。
「しゅうちゃん、フライパンのお金」
「いいよ、別に。俺のおごりで」
「だ、だめだよ。そんなに安くないのに」
「……俺の為に買ってくれようとしてたのが嬉しかったから、いい」
「で、でも」
「じゃあ、次のデートは紫月の奢りな」
「わ、私のご飯食べてよ」
「あ、そうだった。あはは、じゃあゲーセンおごりで」
「うん」
嬉しそうにフライパンを持ってニコニコする紫を見ていると、全然安い買い物だったなって思わされる。
でも、家に着く前にコンビニに寄った時、財布の中身が空っぽで、紫月に飲み物をおごってもらうことになったのでなんとも締まらない一日だった。
そしてそのまま、一緒に俺の家に来て、紫月は台所で料理を始めだした。
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