第22話 守ってやりたい

「しゅうちゃん……好き」


 翌朝、昨日の熱気はどこへ行ったのやら普通に戻った教室で。

 後ろの席の紫月は相変わらず独り言をつぶやいているのだけど。


「しゅうちゃんと……イチャイチャしたい」


 そんなことを言い始めた。

 イチャイチャ、と言われたら俺も色々想像してしまう。

 抱きしめたり、キスしたり、触ったり、それに……。

 

「しゅうちゃんと……あうう、私のえっちい……」


 なんか向こうも変な想像をして自爆していた。

 まあ、せっかく付き合っても今まで通り仲良しカップルってだけじゃ、やってることは変わらないわけで。

 やっぱり付き合った以上、大人の階段を昇っていく時期がくるのだろうけど。


 ……昔から知ってるからこそ、恥ずかしい。

 今更って感じもするし、ていうか紫月とキスなんて……ああもう、授業どころじゃねえよ。


「しゅうちゃん」

「……」

「しゅうちゃん」

「あ、悪い。なに?」


 独り言かと思っていたら、紫月に呼ばれていた。


「ねえ、今日は半日授業、なんだよね?」

「ああ、模擬店の翌日だからそうだな」

「あのね、買い物行かない?」

「買い物、か。うん、いいけど買いたいものあるの?」

「うん。私、お母さんにお金預かってて。買いたいものがあるんだ」


 なんだろう、買いたいものって。

 もしかして、俺とイチャイチャするために……いや、さすがにそれはないか。

 紫月がそんな恥ずかしいことの為に俺を誘うはずもないし。


「で、何買うんだよ」

「秘密だもん。放課後のお楽しみだよ」

「そ。わかったわかった」


 はぐらかされて、深追いするのをやめたけどその後気になって授業に集中できず。

 紫月の独り言でネタバレしないかなと耳を澄ましていたが、そのあとはずっと、


「しゅうちゃんとイチャイチャしたい」


 だった。

 それはそれで照れるので、悶々とさせられたまま時間だけが過ぎていき。

 昼休みになる。


「しゅうちゃん、お昼たべよ」


 後ろから声をかけてきた紫月は、後ろから俺に弁当を渡してくる。


「ん、今日も作ってくれたの?」

「うん、あんまりおいしくないかもだけど」

「そんなことないって。どれどれ……ん?」


 弁当箱の中に敷き詰められていたのは、多分たこ焼きだ。

 形が丸から崩れてひしゃげたり破れたりしてるものがほとんどで、マヨネーズとソースも蓋にくっついてびちゃびちゃ。

 でも、においはたこ焼きだ。


「……ていうかなんでたこ焼き?」

「昨日、しゅうちゃんが作ってるの見てたらできるかなって」

「いや、みんなの前で出来なくて泣いてたやつ誰だよ」

「あ、あれは緊張して……そ、それより味、どうかな」

「ん、そうだな。いただきます」


 紫月の方を振り返って、弁当箱を彼女の机に置くと「みゅ……」と変な声を出して紫月は下を向く。

 相変わらず、というかいい加減照れるなよ。


「……あれ、うまいなこれ」

「……ほんと?」

「ああ、形は変だけど味は悪くない」


 たこ焼きを料理というかどうか別にして、紫月が作ってくれたものの中で一番うまいかもしれない。

 ちゃんと味がする。 

 まあ、ソースとマヨネーズの味がほとんどだけど。


「しゅうちゃん、気に入ってくれた?」

「うん、いいじゃんこれ」

「やた……やった、やたー!」


 万歳しながら急に大声を出して俺は身体をのけぞる。

 クラスの連中は冷ややかな目を向けてきながら「イチャイチャすんなよな」とぼやく。


 まあ、嫌味はいつものことだ。

 ただ、こういう時は最近あの人がくることを警戒してしまう。


「ちょっと、ご飯くらい静かに食べられないの?」


 皇さんだ。

 離れた席から、みんなに聞こえるように冷たい態度でこっちに怒ってくる。


「ご、ごめんなしゃい……」


 大喜びだった紫月は、すぐに空気の抜けた風船みたいに小さくなる。

 でも、皇さんの口撃は止まらない。


「あのさ、生徒会に訊いたんだけど昨日の売り上げがちょっと合わないみたいなんだけど。四条さん、もしかして着服したんじゃないの?」


 そう話すと、クラスがざわっとする。

 もちろん、それは昨日鹿島から俺も聞いていて。

 ただ、金額は誤差程度ということなのと、毎年どこのクラスでもあることだからって話で終わっていたことだ。


 なんでそれを蒸し返す?


「あー怖い怖い。ちやほやされて彼氏ができたら今度はお金までほしくなるなんて。ほんと、ひどい人ね」


 その言葉に、紫月は目に涙を浮かべる。

 じわりと、大粒の涙を浮かべて、「とってなんかないよ……」と。

 もう、我慢の限界だ。


「おい、あんまりだぞ。謝れ!」


 俺は立ち上がって皇さんの方へ行く。

 女だろうが関係なく、態度によってはぶん殴ってやろうかって勢いで迫る。


「なによ、お金があってなかったのは本当の話でしょ」

「あれだけ忙しかったらミスくらいあるだろ。それに、あいつが人のもんをとるようなやつか」

「さあ、私は知らないわ。でも、あなたも大変ね。あんな子の彼氏、さっさとやめたらいいのに」

「なんだと?」


 俺はもう我慢の限界を超えた。

 無意識の内に手が上がろうとして、それを鹿島が慌てて止めて。


 クラスは騒然とした。

 紫月はまだ、泣いていた。


 やがてチャイムの音で皆、席に着く。

 俺も鹿島になだめられながら着席し、皇さんはそのままふんぞり返っていた。


 そのあと、この一件について触れるやつはいなかった。

 皇さんの態度があまりにひどく、イラついていているのが露骨にわかるので誰も何も言い出せなかったのだろう。


 それに紫月はずっと沈黙していて。

 それを見て不憫だと思った連中も多かったように思える。


 せっかく、放課後のデートを楽しみにしていたのに。

 なんだよこれ、最悪じゃん。


 暗い雰囲気に包まれたまま、やがて午後の授業は淡々と消化されていき。


 放課後になった。

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