第21話 お祭りの後

「……死ぬほど疲れた」


 お昼休み。

 一度休憩となったため、客がぞろぞろと引いていく。

 俺はそれを見てぐったりとその場にしゃがみ込んだ。


「舐めてたな、マジで。働くのってしんどいわ」

「しゅうちゃん……」

「あ、そうだ。紫月、だいじょう……ぶ?」

「むり……」


 自分の仕事に必死過ぎて紫月の心配までしてる余裕がなく、慌てて彼女の方を見るとなぜかエプロンは粉まみれ、髪もぼさぼさになっていた。

 風呂に入った後の猫みたいな髪だ。


「どうなったらそうなるんだ?」

「だって……忙しくて」

「まあ、気持ちはわかるけど。お金、ちゃんと合ってる?」

「……多分」

「それじゃ困るんだけどなあ……ま、いいか。とりあえず俺らも昼飯にしよう」

「たこ焼き食べる!」

「勘弁してくれよ……」


 散々たこ焼きを作らされて嫌気がさしていたのでその提案は却下。

 隣の店から焼きそばを二つもらってきて、それを食べることにした。


「はあ……お店やるのって大変なんだな」

「うん、働くの怖い」

「何で怖いんだよ。ま、紫月は仕事に向いてなさそうだけど」

「私は……しゅうちゃんの為にご飯作るから」

「はは、それじゃまず料理の練習しないと」

「むー」


 むくれながら焼きそばをすする紫月を撫でていると、昼休みだというのに店に誰かが来た。


「あら、仲良く休憩中かしら」


 皇さんだ。

 なんだろう、嫌味でも言いに来たのか?


「今は休憩中だけど、なにか?」

「いえ、順調なようね。それに、たこ焼きの腕前もまずまずいいみたいだし」

「それはどうも。それだけ?」

「……四条さんと、本当に付き合ってるんだ」

「え? いや、まあ」

「いいわ、別に。私、何も気にしてないから」


 どこか悔しそうな物言いで、彼女はそう言い残して去る。

 一体何の話だろうと首をかしげていると、隣で焼きそばを啜りながら紫月がまたむくれていた。


「ずずず、むー」

「食うか拗ねるかどっちかにしろ。ていうかなんで拗ねてんの」

「しゅうちゃん、モテるんだ」

「は? どこがだよ。しっかり嫌われてるだろ」

「わかってないんだ……鈍感」


 鈍感の極みみたいな紫月に鈍感と言われた。

 何がだよと訊き返すも、彼女は知らんふりしてさっさと焼きそばを食べた後、今度はそそそっと俺の方に寄ってくる。


「どうした?」

「……しゅうちゃんの隣、他の人が座ったら嫌だから」

「はは、いないって。俺は、その、なんだ、紫月が好きなんだから」

「うん。お昼からも頑張ろ」

「ていうか口の周り油まみれだぞ。そんなんで接客する気か」

「え、うそ、やだ……」

「口、拭いてやるからジッとしてろ」

「……ん」


 まるでキスをせがんでくるかのように口を向けて目を閉じる彼女の仕草にドキッとさせられる。

 もちろん、持っていたハンカチで口を拭いてやっただけのことだけど、いつか俺も紫月とそういうこと、するんだよなって思うと、急に恥ずかしくなってきて。


 お昼からの調理は集中力を欠いたせいかミスが多く、何度も客に謝りながら。

 紫月も一緒になって謝ってくれたりしながら、終始ドタバタな午後の部もやがて時間と共に過ぎていった。



「よう、お疲れ」


 店が終わって売り上げ金を数えているところに、鹿島生徒会長様のお出ましだ。


「疲れたよマジで。来年は絶対やらねえ」

「はは、誰もやりたがらない理由がわかるだろ」

「お前、知っててやらせたな?」

「まあ、言うなって。でも、二人でイチャイチャできただろ」

「余裕ねえって」


 紫月は閉店と同時にのびていた。

 体力の限界、というか全て限界突破していたのだろう。

 座り込むとそのまま動かなくなって、気が付いたら寝ていたので店の中で段ボールにもたれさせて寝かせてある。


「さすがに片付けはやってくれるんだろうな」

「そこは生徒会の仕事だから。四条さん、ちゃんと連れてかえってやれよ」

「わかってる。ていうか他の奴には触らせん」

「おーおー、やけるねー」


 俺をからかった後、売上金を集金して鹿島は一度生徒会の仕事に戻る。


 その間にと、紫月を起こそうとするのだが。


「おい、終わったから帰るぞ」

「むにゃ……しゅうちゃん、たこやき、しゅうちゃん……」

「どんな寝言だよ」


 気持ちよさそうにすやすや。 

 しかもこの感じ、完全な充電切れだ。しばらく目を覚ますことはなさそうだ。


「……仕方ないか」


 まだ、片付けや祭りの余韻に浸る連中で校庭には奥の生徒がいて。

 そんな中を、紫月をおんぶして帰るっていうのはさすがに恥ずかしくて燃えてしまいそうだけど。

 でも、紫月は俺が守ってやらないと。

 俺、彼氏だもんな。


「よいしょっと」

「ん……しゅうちゃんとたこ焼きの匂いだ……」


 まだ寝ぼけたままの紫月を背負って、そのまま店を出る。

 なんだなんだと、知らない連中も俺たちのことを見てくる。

 その度に目を逸らして、疲れた体を懸命に前に出して逃げるように学校を出た俺の苦労なんて知らず、紫月はすやすやと眠ったまま。


「しゅうちゃん……楽しかったね……」


 でも、寝言でも俺のことばかり。

 ほんと、照れる。


「そうだな。楽しかったな」

「大好き……しゅうちゃん」

「俺も好きだよ。大好きだ、紫月」

「たこ焼きもしゅき……」


 紫月の寝言と会話しながら帰路に就く。


 やがて家まで連れて帰ったが、それでも紫月は起きず。

 一度俺の家に運ぶことにした。



「……ん」

「起きたか? もう帰ってきたぞ」

「え、あれ、たこ焼きは? 学校は?」

「終わったって。記憶ないのか?」

「なんかぼんやり……しゅうちゃんが、おぶってくれたの?」

「それ以外ないだろ」


 帰って一時間くらい待ってると、ようやく充電が完了したように紫月がゆっくり目をあけて。

 きょろきょろしながら自分の現在地について確認してから、俺を見て顔を赤くする。


「……私、寝てばっか」

「いつものことだよ。でも、頑張ったな」

「しゅうちゃんがいないと、なんもできないもん」

「じゃあいいじゃんか。俺がいるんだから」

「……ずっといる?」

「当たり前だよ。いなかったこと、あった?」

「……しゅうちゃん、好き」


 もそっと起き上がると、俺のところにきて背中に抱きついてくる。

 そして甘えるように頬を俺の背中に擦り付けてくる。


「しゅうちゃん、好き。ずっとこうしてたい」

「うん。でも、母さんが帰ってきたら離れろよ。はずかしいから」

「わかってるもん」


 夕陽がゆっくり落ちていくのが、窓から見える。

 薄暗くなっていく部屋の中で、俺たちはずっとくっついたままで。


 その後、二人でソファに座り直して、肩をくっつけてテレビを見て。

 俺も疲れたのか、眠気が襲ってきて。


 次に目が覚めた時、また紫月は寝ていた。

 それに、誰かが俺たちに毛布を掛けてくれていて。

 

 テーブルの上には『ご馳走様』と書かれたメモが置かれていた。

 結局、母さんにくっついてるところを見られてしまったようだ。


「……ったく。でも、よく寝るなほんと」

「むにゃ……」

 

 またしばらく彼女の寝顔を堪能して。

 夜になってようやく目が覚めた紫月を家まで送っていき、激動だった一日はようやく終わりを迎えた。

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