第20話 模擬店祭

「いよいよ明日だな、模擬店祭」

「う、うん。そだね」


 誰が店をやるかについてのひと悶着は、紫月が大泣きしたことと、その時に俺たちが付き合ったことを暴露したことによってみんなの熱が冷めてしまい、勝手に二人でやってろって感じになった。


 まあ、不本意だけど彼女の隣は死守できたって話。

 で、その後の皇さんは大人しい。

 不気味なほど、といっていいほどに最近はあまり表にでない。

 昼休みも絡んでこないし、放課後になると友人らとさっさと帰ってしまうからめっきり話すこともなく。

 まあ、その方が平和でいいのだけど。


「じゃあ、今日も家でたこ焼き作るか。明日にむけて」

「うん。でも、そ、その前にあいしゅ……アイス、食べたい」

「じゃあコンビニ寄って帰ろっか」

「うん」


 あと、紫月の様子も少しだが改善した。

 相変わらず目を合わすと照れるが、それなりに喋れるようにはなってきた。


 まあ、彼女なのにそれなりに喋れるってどういう事だよとボヤきたいけど。


 でも。


「……しゅうちゃん、好き」

「な、なんだよ急に」

「んーん、言いたかったの。好き」

「……」


 こうやって、独り言じゃなく俺に気持ちを伝えてくれるようになったから、頑張った甲斐があったというものだ。


 ようやく少しずつ昔みたいな自然な関係に戻りつつある俺たちは、放課後になると昔みたいに俺の家で一緒に過ごす。


 紫月は俺の家にくると、まずリビングのソファに座り、テレビをつける。

 昔はこういう遠慮のない感じだったのが、最近少し自重気味でモヤモヤしてたから、こうしてくつろいでくれてるのを見るのも安心する。


「しゅうちゃん、おばさんは?」

「ああ、今日は仕事。そのあと飲み会だから遅くなるって」

「……じゃあ、しばらく二人だ」

「まあ、いつもだけどな。たこ焼き、作る?」

「もう少し、このまま……」

「うん」


 ソファで肩を並べて、テレビを見る。

 時々、テレビの大きな音に反応する紫月の肩がピクッと動いて俺を揺らす。


 その度に彼女を見るが、恥ずかしそうに前を向いて固まっている。

 可愛い。

 つい、頭を撫でてしまう。


「可愛いな、ほんと」

「や、やめてよう……子供扱い、ヤダ」

「だって紫月の髪、気持ちいいし」

「……じゃあ、ちょっとだけならいいよ」


 撫でてといわんばかりに頭を俺に突き出してくる。

 で、撫でていると彼女の体は自然に倒れていき、気がつけば俺の膝に乗っていた。


「……これは恥ずかしくないの?」

「お顔、見えないから」

「そ。でも、紫月が俺のこと好きでよかったよ」

「私だって……しゅうちゃんが私のこと好きでよかった」

「まあ、ずっと好きだったんだけどな」

「……私も。じゃあ、ずっと一緒なんだ」

「うん、だからもう照れるな。楽しもうよ、せっかくなんだし」

「うん」


 しばらく彼女の頭を膝にのせてなでなでと。

 そこに母親が帰ってきて、ニヤリとされてようやく自分たちが恥ずかしいことをしていることに気づき。


 紫月なんかは飛び起きたあと、慌てすぎてすっころんで鼻を打って泣いていた。

 

 こういう騒がしい方がお似合いかな、とか。

 子供みたいに泣く紫月を慰めながら、今日は母も入れて三人で夕食のたこ焼きを焼いた。

 へたくそだけど終始キャッキャする紫月を見ていると、やっぱり頑張ってよかったなあと。


 そんな感じで、模擬店祭前日はあっという間に終わっていった。



「よう、店長。今日は頼むぜ」

「店長はやめろよ。別に焼いて売るだけだろ」

「へいへい、しかし夫婦で仲良く店ができるのも俺のおかげだってこと、忘れるなよー」

「お前のせいでだいぶ苦労したけどな」


 模擬店祭り当日。

 紫月と一緒に学校に向かっていると後ろから鹿島が絡んできた。

 で、にやにやしながらいじってくる。

 それはいいんだけど、隣で紫月が「夫婦……しゅうちゃんと、ふーふ……」なんて言いながら目を回しそうになってるからやめてほしい。


「ていうか生徒会長なんだから手伝えよ」

「おっと、俺は全体の運営という大仕事があるんでな」

「人任せだろ、どうせ」

「全店舗の味見が今日の仕事だ」

「ただの無銭飲食じゃねえか」


 ま、ハッタリだけで会長になったようなやつだけど、頭はいいし要領も悪くないからその辺は心配していない。


 むしろ心配なのは紫月のことと店の売り上げだ。

 あれだけ大騒ぎして俺たち二人で店をやることになったのに、これで結果が伴わないのでは批判殺到どころではなくなる。

 なんとしても、いい成績を収めないと。


「じゃあ俺たちは準備に行くから」

「はいよ。また後でな」


 数日前から運動場に設営が始まっていて、一体どうなっているんだろうと楽しみにしながら正門をくぐると。


「おお、すごい」

「わー、お店いっぱいだよ」


 運動場いっぱいに、屋台がずらり。

 まるでお祭りだ。

 去年よりも店の数も増えている。

 やるなあ、生徒会長。


「ええと俺たちのブースは……あった」


 俺のクラスの屋台は赤の屋根にたこ焼きと書かれている。

 まあ、プレートも結局予算削減でうちから持ってきたものだし、味も俺が昨晩用意した生地を使うからやってることは家でつくるそれと変わらない。

 でも、


「……がんばりゅ」


 長い髪を後ろで束ねて、エプロン姿に変身する紫月と一緒に店をするってのはテンションが上がる。

 いっぱい売って、紫月と俺に任せてよかったって思ってもらえるようにしないと。


「じゃあ、準備しよっか」

「うん」


 冷蔵庫から食材を出して切り分けたり、追加分の生地を作って冷蔵庫に入れたり。

 金庫のお金を調整したりなんてこともまあ、全部俺がやって。

 もうすぐ開始時刻が迫っていた。


 紫月はというと、小麦粉で顔を真っ白にしたり勝手にタコを味見したり、関西で人気のたこせんを作るためのせんべいを勝手にパリパリ食べてたり。

 どっちかといえば邪魔ばかりしていたけど。

 だけどやっぱりこいつはすごい。


「わー、お人形さんみたいな子だ。かわいい」

「え、すっごい綺麗な髪だー。わー、たこ焼き買っていこうよ」

「めっちゃ可愛い子じゃん。すみませんたこ焼きください」


 開始前だというのに既に大勢の生徒が俺たちの店に集まってくる。

 当然目当ては紫月だ。

 男女問わず彼女の可愛さに誘われる人は後を絶たず、すぐに行列ができてしまった。


「え、ど、どうしよう」

「おちつけ紫月。とりあえず注文聞いて」

「え、ええと、ちゅ、注文?」


 たこ焼き10個入りのパックとたこせんしかないので難しい作業ではないのだけど。

 一生懸命メモを取る彼女は慌てすぎてすぐに目を回していた。


 そんな姿を見ながら、「かわいいー」と黄色い声をあげるお客さんたちは呑気なもので。

 俺は必死にたこ焼きを焼いて。

 紫月はもう何をしてるのかすらわからない状態であたふたしていて。


 そんな感じで俺たちの模擬店は始まった。

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