第19話 その狙いは
「じゃあみんな、家庭科室に集合ね」
放課後になってすぐ。
皇さんが立ちあがると大きな声で号令を出した。
そして待ってましたと言わんばかりに何人もが一斉に教室を出て同じ教室を目指す。
もちろん部活に行くやつや、あまり興味のない連中もいるのは確かだけどう野次馬も含めると半分くらいは家庭科室に向かったか。
その様子を見ながら俺も。
後ろで相変わらずぶるぶる震えている紫月を連れて、家庭科室に向かった。
「緊張するな、なんか」
「が、がんばってねしゅうちゃん……」
「まあ、うちのクラスにたこ焼き職人がいるわけでもないし」
昨日あれだけ練習したからか、妙な自信はあった。
で、その自信のせいか堂々と入室すると。
既にたこ焼きプレートが調理台に置かれて、加熱されていた。
「あら、神前君遅かったわね。もう始まるわよ」
「あ、ああ。で、参加者は」
「あ、それなんだけどね。急遽変更になって、四条さんにも焼いてもらうことになったから」
「……なに?」
皇さんがそう話すと、女子の一人がボウルに入った生地を持ってきて「はい、四条さん」と。
当然紫月はなんのことかさっぱりな様子で、困惑している。
「ま、待て待て。今日は俺が他の奴らと味比べするために」
「そう思ってたけど、神前君って経験者なんでしょ? だったら別にいいかなって。それより、二人で焼かないと店回らないし、四条さんがちゃんとできないなら、変わってもらった方がいいんじゃないかなって」
「……どういうことだ?」
「看板、とはいっても置物じゃ意味ないもの。ちゃんと業務ができないなら、私が彼女の代わりに店に立つってことでみんな了解してくれたわ」
周りを囲む連中もうんうんと。
その時、なんとなく彼女たちの意図がわかった気がした。
つまり、引きずり下ろすのは俺ではなく紫月だと。
そうすれば、模擬店の時に紫月はフリーになるから男子はこぞって彼女を誘うに違いなく。
下手に店を一緒にやるよりメリットがあると、そう結論付けたのだろう。
「……卑怯だぞ、それ」
「卑怯? いいえ、ちゃんとできる人がクラスの代表になるのは当然のことでしょ」
「じゃあ俺も降りる。こんなやり方気に入らない」
「でも、他にたこ焼きなんて焼ける人いないもの。神前君は経験者だから大丈夫って、担任の先生にも既に話してるのに、今更どうするつもり?」
「……」
周囲の空気も、完全に皇さんの意見に飲まれている。
もう、俺が何を言っても無駄なようだ。
……。
「私、焼く」
「え?」
さっきまで俺の後ろに隠れて怯えていた紫月が、少し前に出て皇さんに言う。
もちろん小さな体は震えていたが、目はしっかり見開いて、皇さんを見ていた。
「お、おい紫月」
「私、できるもん。お店、やるんだもん」
俺の声はもう届いていない。
ムキになると、紫月はいつだってこうだ。
ゲームで負けて悔しがったり、料理が上手くできなくて意地になる時なんかは、こうやって何が何でもやってやるモードに入る。
入るのは、いいんだけど。
「……ええと、まずタコを、じゃなくて生地? え、生地ってどうやったら丸くなるの?」
空回りする。
人の話も聞かないで突っ走ってすぐにつまづく。
でも、いつもならそんな紫月に俺が手を差し伸べてやれるんだけど。
「ええと、皇さん……しゅうちゃんに相談しても」
「ダメよ。たまには自分の力だけでなんとかできるところを見せてもらわないと」
「あうう……」
今日は皇さんを筆頭に、クラスの連中も俺を監視している。
手助けなんてさせるもんかと、構えている。
……がんばれ、紫月。
「うう……こ、こうかなあ。んー、どうやってひっくり返すんだろ……」
生地だけでも用意されていたのは幸いか。
たこ焼きなんて、あとはプレートに流し込んで回しながら焼いていけばそれなりの形にはなる。
それくらいならあいつだって……。
「えい、えい……えーんできないよー!」
出来なかった。
何度挑戦しても生地はくるっと回るどころかなぜか微動だにしない。
意地でも回ってやるもんかと、たこ焼きの方がムキになっているのかと思うほど、回らない。
やがて、ぷすぷすと煙があがる。
「あー、こげちゃう! ど、どうしよう!」
「はい、そこまでね」
慌てふためく紫月の肩をトントンと叩いてから、皇さんはプレートのスイッチを切る。
返されなかった生地は焦げて、紫月のたこ焼きは失敗に終わった。
「見ての通り、これではたこ焼き屋どころか店のレジだって怪しいわ。やっぱり店をやるのは……って、四条さん?」
「うう、うええ、しゅうちゃんとお店できないよう……うう、うえーん!」
突然、紫月が泣き出した。
それを見て、さっきまでふんぞり返っていた皇さんは焦る。
他のクラスメイトも、動揺している。
「うえーん、なんで私、いっつもドジなの……せっかくしゅうちゃんとお付き合いできたのに!」
大声で。
紫月が叫ぶと皇さんが「え?」と声をあげたから彼女に駆け寄る。
「し、四条さん、今なんて?」
「ぐ、ぐず……私、ドジだから」
「そうじゃなくて、しゅうちゃんと何って?」
「しゅうちゃんと、付き合ったって、話?」
「付き合ったの?」
「……ゔん」
鼻水と涙で声がかすれたまま、紫月がそう返事すると、周りのギャラリーが一斉に「あー」とため息をつく。
「なんだよ、付き合ってんのかよ。じゃあ意味ねえじゃん」
「皇さんが、まだ付き合ってないっていうから協力したのに。あーしらけたわ、お幸せにー」
みんな、呆れた様子でぞろぞろと教室を出て行く。
そのうちの何人かは、茫然とする俺の肩をポンと叩きながら「今度じっくり聞かせろよ」とか「ま、おめでと」と言ってつまらなさそうに帰っていく。
で、最後に残った皇さんも。
「……覚えていなさいよ」
と、悪役令嬢みたいなセリフを吐いて退散。
俺と、泣きじゃくる紫月だけが、たこ焼きプレートと共に家庭科室に残された。
「……どうなったの、結局?」
なにがなんやらって感じだ。
でも、あの様子だとみんな、俺たちが一緒に店をすることで納得してくれたってことでいいのかな?
「ぐず、ずずず、ちーん」
ポケットから出したティッシュで鼻をかむ紫月は、まあ、そんなことすら考えてもいないようだけど。
「紫月、とりあえず片付け、しよっか」
「……ごめんなさい、泣いちゃった」
「いいよ、いつものことだし。それより……いや、いい」
「? なあに?」
「いいの、別に。早く片付けるぞ」
そんなことより、泣くほどに俺と一緒に店がやりたいと思っててくれて、嬉しいよ。
なんてことは、ちょっと恥ずかしくて言えなかった。
鼻の先を赤くした紫月はその後も、「ねえ、なんて言おうとしたの?」としつこかったけど。
改まると余計に恥ずかしくて、必死に片づけをするふりをして、なんとか誤魔化したって話。
とりあえず、彼女の涙で危機を逃れた。
昨日の努力は一体なんだったんだろうか……。
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