第18話 頑張ってみた

「お、おはよ、よよ、しゅう、ちゃん……」


 めでたく紫月と付き合った翌日の朝。

 彼女は昔みたいに俺の家に迎えにきてくれた。

 最も、様子は以前にも増してひどいもので、顔が見れないどころか両手で顔を隠したまま、「ひー」とか「みゃー」とか言いながら玄関で悶えているのだが。


 告白をした昨晩、あの後すぐに紫月のお母さんが帰ってきて。

 なんかイチャイチャしそうな雰囲気だった俺たちを見てニヤニヤしながら「なんかあった?」と尋ねられたところで紫月が恥ずかしさに負けて部屋に逃げ帰ってしまい。


 そのあとは連絡もなく、今朝に至るのだが。


「紫月、照れすぎだって」

「だ、だって……は、恥ずかしい」

「……」


 これでは告白する前より悪化してる気がする。

 せっかく俺の気持ちを伝えても意味がないというか、まあ、それもらしいっちゃらしいけど。


「ま、いいや。学校いこっか」

 

 俺個人としては、晴れ晴れした気分だ。

 ちゃんと告白もできて、紫月と付き合えたわけだし、今日の課題であるたこ焼きだって、うまく作れるようになった。


 だからもう、誰にも文句は言わせない。

 紫月の隣にも、誰も割って入らせない。


 誰かに何か言われたら、ちゃんと付き合ってると堂々と宣言してやろうと。

 隣で相変わらず顔を隠したままの紫月を連れて学校へ。


 すると、正門で挨拶をする生徒会長様に遭遇する。


「よう、今朝もラブラブしてんな」

「おはよう鹿島。まあ、な」

「ほう、その感じは色々とあった感じだな」

「その辺は察しろ。で、今日のたこ焼き試食会だけど、どんな段取りなんだ?」

「あー、それがさ。お前入れて何人かで味比べして、一番票が集まったやつにしようって話で盛り上がってるみたいだぞ」

「え?」

「俺も色々言ったけど、みんなお前を引きずり下ろす気満々だ。特に皇さんが」

「……なるほど」


 どうやら事態は俺が思っているほど甘くはないようだ。

 既に神前降ろしを画策する連中は朝早くの教室でその計画の実行のために盛り上がっていて。

 その中心にはやはり、皇燐火がいた。


「あら、神前君に四条さん。今日も仲良く一緒なのね」


 教室に入るとすぐ、群れの中心にいた皇さんが俺たちの方へ来る。

 そして余裕たっぷりな様子を見せる。

 おそらく、策が固まっているのだろう。


「でも、それだけ一緒にいるなら模擬店の時くらいは別々に行動してもいいんじゃないの?」

「別に、それは俺たちの勝手だろ」

「ふーん、別にいいけど。でも、幼馴染ってだけで何の努力もせずにそうやって当たり前みたいに誰かを占領するのって、私は好きじゃないのよね。そうしたいなら、それなりに努力しなさいよって。ねえ、四条さん」


 また、嫌味っぽく皇さんが。


 まあ、言いたいことはわかる。

 俺が紫月の隣にいる理由なんて、幼馴染だからという他にない。

 それに彼女のことが好きで、頑張ったり頑張ろうとしてもその努力を見てもらえなかった連中だって多いわけで。

 ただのラッキー野郎のくせに調子に乗るなと、そう言いたいのだろうか。

 でも、俺だって。


「……努力はしてる。ずっとな」

「あ、そ。まあ放課後はよろしく」


 最後はつまらなさそうに話をまとめて、皇さんはさっさと席に戻っていった。


「……全く、なんなんだよ」

「しゅうちゃん、こわい……」

「ん、ああ大丈夫だって。昨日あんなに頑張ったんだから」

「そ、だね。しゅうちゃんのたこ焼き、美味しかったもんね」


 隣でぶるぶる震えていた紫月は、昨日のことを思い出して少し笑った後、たこ焼きを食べ過ぎてどうなったかの結末まで思い出してしまったようで、勝手にしょんぼりして席についた。

 昨日あれだけ慰めて、なんなら怪我の功名で互いの気持ちを伝えることもできたのに、やはり俺の前で嘔吐したショックはそうそう拭えないのだろう。


「しゅうちゃんの彼女なのに、ゲロゲロしちゃったのに、彼女なのに……」


 後ろの席でよくわからない呟きをずっと。

 紫月はクラスの殺伐とした雰囲気も相まってか、今日は付き合って初日という記念すべき日なのにずっと暗かった。


 それに、


「なあ紫月」

「……ぷい」

「おい」

「ま、前向いて……」


 好き避けは継続だった。

 結局、何も変わらないということだ。


 まあ、徐々にほぐれてくるかもだし、今は気長にその時を待とう。

 それよりまず、大きな問題もある。

 

 誰が紫月の隣でたこ焼きを焼くか、だ。 

 今のところは俺、しかし今日の放課後次第では状況が一変する。

 まあ、別にそれが俺じゃなかったところで紫月を寝取られるって話でもないんだけど。

 それでも、誰かが紫月と仲良く店をやってる光景なんて見たくない。 

 女子ならまだしも、多分男女一名ずつという暗黙のルールもあるので男子が選ばれる可能性は高い。

 さて、昨日の練習の成果をちゃんと発揮してぎゃふんと言わせてやる。


 と、息巻いているとあっという間に昼休み。

 で、お昼ご飯についてなんだけど。


「つん」

「いった。おい紫月、そのつつくやつやめてくれよ」

「お弁当、持ってきたよ」

「ん、そうなの? 紫月が作ったのか?」

「うん……だって、かか、か、彼女だし」


 照れくさいことをいいながら、「あぶぶぶ」と勝手に溺れる紫月。

 彼女の机には、大きなお弁当箱が二つ。


「じゃあ、どっか場所変える?」

「う、うん。向かい合わせはちょっと、だから」


 まだ、向かい合って俺と飯を食うのはハードルが高いそうで。

 昼休みの解放感で騒がしくなる教室をこそっと抜け出して向かったのは非常階段の手前の踊り場。

 そこは日の光もあたらず、少し薄暗くて滅多に人が来ることのない場所。

 それをいいことに、たまにここでいちゃつくカップルもいたりはするが。


 今日は俺たちがそうさせてもらうことにした。


「さてと、ここなら静かだな」

「……ちょっとひんやりするね」

「だな。すわろっか」

「うん」


 壁にもたれるように、横並びに座る。

 紫月が持ってきた弁当を一つもらって、蓋を開けるとそこには、ちょっと形の変なサンドイッチが敷き詰められていた。

 具も、はみ出していて結構蓋に張り付いていて。

 紫月が作ったんだなあってわかるようなそれだった。


「……頑張ったんだな」

「あうう、やっぱりうまくできてないよね」

「大丈夫、料理は見た目じゃなくて味だから」

「う、うん。食べてくれる?」

「もちろん。いただきます……ん」


 食べたのはおそらくたまごサンド。

 ただ、あまり味がしない。

 これがまずいのかと言えばそういうわけでもないけど、食べた瞬間に「うまい」とこぼれるよりは、口の中で味を探しているような感じ。

 でも。


「……やっぱりうまいや。紫月が作ってくれたから」

「お、お世辞はいいよ……私、料理下手なの自覚ある、し」

「でも、昔より全然うまくなったよ。中学校の時なんて、真っ黒の唐揚げ出てきたじゃん」

「が、頑張ってるんだよ、私も……しゅうちゃんのお嫁さんに、なるんだもん」


 言って、カアッと顔を真っ赤にして紫月は膝を抱える。

 そういや、朝に皇さんが言ってたっけ。

 幼馴染だから一緒にいるだけだろうとか。

 でも、そうじゃないんだ。


「俺も。ちゃんと紫月の彼氏として頑張るから。今日も、ばっちりやるよ」

「う、うん。一緒にお店、やろうね」

「ああ」


 もう一口、サンドイッチを口にする。

 今度はハムカツだ。

 ちょっと脂っこいけど、味はいける。

 うまいよ、と。

 そう話すたびに紫月が照れるのが可愛くて。


 食べてる間中ずっと紫月を褒めて照れさせて。

 先に俺が食べ終えてしまったので今度はゆっくり自分の作った弁当を食べる紫月を待つことになり。


 逆に彼女は一口食べるごとに「味がしない……」と言って。

 結局彼女の分も半分俺が食べることになった。


「ふう、ごちそうさま」

「……しゅうちゃんの嘘つき」

「なにがだよ。おいしかったぞ?」

「全然だもん……もっと、うまくなりたい」

「じゃあ今日からはうちで料理するか? 母さんも喜ぶし」

「うん、しゅうちゃん……す、好き」

「あはは、俺も好きだよ」

「あうう……」


 まあ、何も変わらないと思ってたけどやっぱり告白してよかった。

 照れて一度も目が合うことはないけど、それでも。


 そっと俺の手を震える手で握ってきて自爆する紫月を見られたんだから。

 こればかりは幼馴染の特権だな、と。

 そう思っていたら昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。

 


 

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