第17話 こんな私だけど
「……えいっ、あーうまく回らないなあ」
たこ焼き用のプレートは台所を探すまでもなく置いてあったので、それをキッチンのテーブルに置いてから、まず始めたのは生地作り。
小麦粉と卵を混ぜて水でのばすだけなのだが、和風だしを入れると美味しくなるとネットに書いてあったのでそれを真似して。
その後、プレートを温めて生地を流し込む。
するとじゅわっと音を立てていい匂いが充満する。
紫月も、思わず「わあっ」と声をあげてテンションを高める。
しかし、この後が難しい。
いわゆる返しの作業が、うまくいかない。
簡単な方法、という触れ込みの動画や記事はたくさんあるが、どれをやってみてもひょいひょいとプロのように回転させることはできず。
もちろん紫月はできるわけもなく。
ていうか、プレートが熱くて、脂が飛びそうになるだけでワーキャー言うので全くたこ焼きには向いていない。
「……もう一回、うりゃっ」
「しゅうちゃん、がんばれ」
「……うーん、なんかスムーズにいかないなあ」
「で、でも綺麗に丸くなってるよ」
「まあ、そうなんだけど」
なんとなく、形にはなったというか家で食べる分には十分な仕上がりなんだけど。
店で出すとなると、作るスピードもクオリティの一環として求められる。
それに俺はたこ焼きがめっちゃ上手く作れるから、紫月と一緒に店をやれる立場を勝ち得てるわけで。
それが嘘だとバレたら当然、反感を買うだけでは済まない。
ていうか、紫月にまで迷惑をかける。
だってこいつは。
「……でも、楽しみだね。お店」
「うん。そんなに店、やりたいなんて意外だったけど」
「……しゅうちゃんと、だからだもん」
とか、言ってくれる。
こう何度も言われなくても、わかってる。
俺だって、楽しみでしょうがない。
だから皆を黙らせるだけのたこ焼きテクニックを身に着けてやろうと、何度も何度も生地を流し込んではひっくり返して。
出来上がったたこ焼きは隣で紫月が美味しくいただいてくれて。
そうして繰り返すこと数時間。
「ほっ、ほっ、おっ、できた」
「わー、上手しゅうちゃん」
なんかコツを掴んだ。
まるで店の人のように、爪楊枝一本で次々とたこ焼きをくるくるひっくり返せるようになった。
何事も集中してやってみるもんだなあと得意になって紫月を見ると、嬉しそうに拍手する彼女と、パチッと目が合った。
「「あ」」
久しぶりに、紫月の吸い込まれそうな青灰の瞳をまじまじと見て。
向こうも思わぬ出来事に一瞬固まった後、パッと目を逸らした。
「……は、恥ずかしい」
「ご、ごめんつい……」
でも、やっぱり改めて見る紫月は、綺麗だ。
仕草とか声とか、そういうのもいちいち可愛いんだけどやっぱり。
彼女の目を見て、ちゃんと話したい。
可愛いあの顔をちゃんと見たい。
いつも俯き加減でよく見れてなかった分、間近で見る彼女の素顔にあてられた。
「……紫月、あのさ」
「な、なあに……」
「そ、そのままでいいから。ええと、俺さ、やっぱりお前のことが……」
たこ焼きプレートの前で、しかも彼女の実家のキッチンで制服とスウェット姿なんて告白のシチュエーションとしてはあまりにだらしない気がするけど。
勢いってのも大事だろうと。
俺はそのままの流れで彼女に向かって。
「俺、お前のこと」
「うっ……」
「紫月?」
「た、たこ焼き食べ過ぎてきもぢわるい……うっ」
「と、トイレ! 早く行くぞ」
「うー……」
食べ過ぎて吐きそうになった紫月の手を引っ張って急いでトイレに連れて行くと、すぐに「うえー」と食べたものを吐いていた。
どこの世界にたこ焼きを食べ過ぎて戻して告白を不意にするヒロインがいるんだと、呆れながらもずっと、苦しむ紫月の背中をさすってやって。
しばらくして、ようやく落ち着いた彼女は涙目のまま立ち上がると、
「お、お嫁に行けない……」
とか言って、走って部屋に駆け込んでしまった。
「お、おい」
慌てて追いかけて、部屋をノックするが。
結局反応がないまま。
俺は仕方なく一度リビングに戻って、タコ焼きプレートや食器を片付けて、しかしその後も紫月は姿を現すことはなく。
俺は紫月に声をかけてから、家に帰ることにした。
◇
「ただいま」
「あら、おかえり秀太。紫月ちゃんのところ行ってたの?」
「まあ、そうだけど」
「なによ浮かない顔して。また喧嘩した?」
「……とりあえず休む」
別にフラれたわけでもなく、紫月に逃げられてショックを受けたわけではなく、むしろ紫月を落ち込ませてしまったことに肩を落としながら。
帰宅して出迎えてくれた母さんにそっけなく話した後、そのまま部屋に戻ってベッドに転がる。
「はあ……」
楽しかったんだけどなあ。
ちょっといい感じだったんだけど。
でも、今日も結局言えなかった。
気絶はしなかったけど。
まさか食べ過ぎてダウンするなんて思わなかった。
まあ、美味しそうにたこ焼きを食べるあいつの顔が可愛くてつい食べさせ過ぎた俺も悪いけど。
わかれよな、自分の胃袋の限界くらい。
「はあ……」
ため息ばかりがこぼれる。
こんなことでは、いつまで経っても俺たちはこんなままだ。
それに、多分あいつは今、部屋で落ち込んでるし。
なのに何もしてやれないってのももどかしい。
ちゃんと彼氏だったら、部屋で寄り添ってやったりもできるんだろうけど……。
外が暗くなってきて、俺の気持ちもずんと沈んでくる。
せっかくたこ焼きをマスターしても、これじゃあ意味がない。
紫月を悲しませてたんじゃあ、それこそ皇さんたちにエラそうに何かを言う資格もない。
……やっぱり、このまま寝てうやむやにってのは違う。
俺の方から、ちゃんとフォローしておかないと。
思い切って、電話した。
多分出ないだろうと思いながら何度かコールを鳴らすと、意外にも早く電話をとった。
「……」
「紫月? あの、今日はありがとな」
「……」
「き、聞こえてる?」
「うん」
「そ、そっか。あと、俺は別に気にしてないから、あんまり落ち込むなよ?」
「……ゔん」
少し、声がうわずっていた。
泣いていたのだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなくなる。
「もう、おばさんたちは帰ってきた?」
「……多分、まだ」
「そ、そっか。一人で大丈夫か?」
「怖い……」
「……」
まあ、リビングとかも電気消してきたからな。
あいつ、昔っから夜にトイレいけないって言ってたし。
「……あのさ、今からそっち行ってもいい?」
「……私、ゲロゲロ女だから」
「なんだよそれ。俺だって吐いたことくらいあるって」
「でも、しゅうちゃんの前でゲロゲロした……お嫁さんになれない……」
「……」
俺の前で醜態をさらしたことに、相当傷ついてるようだ。
まあ、俺だって好きな人の前であんな風に吐いたりしたら、ショックで立ち直れないかもしれない。
嫌われたかもって、そう思って自虐的にもなる。
……だからこそ、そうじゃないよって言ってやらないとだな。
「紫月は、お嫁さんになれるから大丈夫だよ」
「……なんでそんなことわかるの?」
「……だって」
だって。
その後の言葉を言う前に、俺は部屋を飛び出していた。
「だって、俺のお嫁さんになるんだから」
そのまま、電話を切って走った。
もちろん隣の家だから、すぐに紫月の家の玄関の前にいて。
少し息を切らしたまま、チャイムを鳴らして待っていると。
ゆっくりと、玄関がひらく。
ちらっと、紫月が顔を覗かせる。
「……しゅうちゃん」
「も、もう体調は大丈夫か?」
「ダイジョブ……」
「そっか。おばさん帰ってくるまで、家にいてもいいか?」
「うん……」
さっき電話でとんでもなく恥ずかしいことを言ったことなんて、紫月の顔を見たらどこかに吹っ飛んでいた。
でも、ちゃんと聞こえていたようで、リビングのソファに腰かけた俺の横にスルッと紫月もやってきて。
肩にもたれかかりながら、彼女が尋ねる。
「……私、しゅうちゃんのお嫁さんでいいの?」
「……うん。そうじゃないと嫌だ」
「なん、で? 私、なんもできない」
「そんなことない。いつも一生懸命じゃん、紫月って」
「……食べ過ぎてうえーってなるような女だもん」
「可愛いよ、それも」
「……」
もう、ねじが何本かはずれていたのだろう。
恥ずかしい言葉が次々と口から飛び出していく。
なんかもう止まらない。
彼女を安心させてやりたいって一心で、俺はそのまま。
ずっと直接言えなかったことを口にした。
「……好きだから、ずっと一緒にいてくれ」
「しゅうちゃん……うん、好き」
「そっか。じゃあ、両想いだ。付き合おっか、ちゃんと」
「うん……嬉しい」
なんか知らないが、雨降って地固まった。
きっかけはたこ焼きの食べ過ぎで、言えたのは彼女の家のリビングで互いに寝巻姿という実に締まらない恰好だったが。
ようやく、気持ちが繋がった。
やっと、紫月に気持ちを伝えて。
付き合うことができたのだった。
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