第16話 俺の前でだけ

 放課後が待ち遠しい時ほど、学校で何か起こるもの。

 朝のホームルームで、早速ちょっとしたことが。


「すみません、模擬店で出品するたこ焼きのクオリティを確かめたいので明日、試食会をやりませんか?」


 そう提案してきたのは皇さん。

 当日の段取りとかを説明する鹿島に向かって、聞く。


「あと、その味が納得できなかった場合はやはり人選を見直す必要があるかとも思います」


 と、続けた。

 するとパラパラと拍手が起きたあと、何人かが「賛成」と呟く。


 まだ、俺と紫月が二人で店頭に立つことへ納得していない連中がいるってわけだ。

 まあ、正確には紫月が自分以外の誰かと店をすることに納得していない、だが。


「ええと、それじゃあ明日の放課後に集まれる人は集まろうか。家庭科室を借りておきますので、参加は自由に」


 鹿島も、雰囲気を察してか反論は出来ず。

 俺の方をチラチラ見てきたが、もちろんなんの助け舟も出せない。

 俺が下手に反論すれば、流石に変に思われる。

 それに、味がよければいいわけなんだし、今日中にうまいたこ焼きが作れるように仕上げたらなにも問題はない。


「よろしくね、神前君」


 まるで挑戦状を叩きつけるように、皇さんは俺にそう言ってから席につく。


 敢えて無言だったが、その挑戦は受けて立たねばならない。

 紫月が他の誰かと一緒に店に立つなんて、俺だって嫌だ。

 誰にも譲らない。

 そう思って早速隠れてたこ焼きの作り方をスマホで検索していると、後ろから声が聞こえてくる。


「……たこ焼きって、何をどうやったらいいんだろう」


 紫月もまた、悩んでいた。

 当然だ、カレーすらまともに作れないやつがたこ焼きなんてハードルが高すぎる。


 でも、今回の場合、紫月は料理が出来なくてもいいわけで。

 むしろ彼女は客を誘き寄せるための看板役として皆が期待していて。

 そのパートナーになるやつがちゃんとした料理を提供できるかどうかが焦点となってくる。


 ……やっぱり俺が作れないことには始まらない。

 今日が山場だな。


 今日ばかりは授業中もずっとたこ焼きのことばかり考えていた。

 よく行く店のことを思い出してみたり、くるっと回すにはどうしたらいいんだろうと悩んでみたり。

 紫月も後ろで「たこ焼き、たこ焼き……」とばかり。

 まさかたこ焼き一つでここまで悩まされる日がくるとは思っても見なかった。


 それにだ、そもそもどうして俺と紫月が模擬店を引き受ける形になったか、だけど。

 話すきっかけが欲しくて鹿島に仕組んでもらったってだけで、今となってはその必要すらないんじゃないかって思ってしまうけど。


 でも。


「四条さんと店、やりてえな」

「俺、たこ焼きとか家でよく作るんだよな。絶対俺の方がいいって」

「でもまあ、皇さんのおかげでチャンスできたし、明日が楽しみだ」


 紫月の隣を虎視眈々と狙う連中は後を絶たない。

 それに、今更二人ともが辞退するなんてことも無理だろうし。


 やっぱり俺が紫月の隣を死守するしか方法はない。

 さて、どうしたものか。



「つん」

「いった」


 放課後になった瞬間、背中を尖ったものでつつかれた。


「な、なんだよ」

「……今日、たこ焼き」

「ああ、覚えてるよ。じゃあ、帰るか」

「うん」


 紫月と二人で出る時、ジトっとした視線を送られるのはいつものこと。

 ただ、それもこれも俺たちがはっきりしないからいけないわけで。


 今日こそはと思ったのはここ数日で何度目かもわからないが、とにかくこの後は紫月の家で二人っきりになれるんだ。


 タイミングを見て、今度こそ告白を成功させる。


「しゅうちゃん」

「ん、なんだ?」

「模擬店、楽しみだね」

「ああ、そうだな。でも、明日みんなにNG喰らわないように練習しとかないと」


 紫月が楽しみにしてくれてるのならなおさら。

 何が何でもたこ焼きを上手に焼いてやると、よくわからないモチベーションのままスーパーで食材を買って。


 静かに俺についてくる紫月と一緒に、今日は四条家にお邪魔した。


「お邪魔します」


 とは言ったものの、今日は紫月のいう通り誰もいないようだ。

 静かな家の中は薄暗く、リビングに入って灯りをつけると、紫月が何やらもじもじし始める。


「どうした?」

「……今日、誰もいない、よ?」

「ああ、聞いたよ。二人とも仕事?」

「……うん、遅くなるって」

「そっか。ならゆっくりたこ焼き焼いてみるか。プレートは確か、あったよな」

「……しゅん」

「紫月?」

「あ、うん。も、持ってくる」


 なぜか少しがっかりしたように見えたのは気のせいか。

 いや、緊張してるのだろう。

 俺だって、すっかり大人になった紫月と改めて二人っきりだと思うと胸がどきどきする。

 それに、告白だって控えてる。

 このままなし崩し的でも多分離れることはないと思うけど、そういう話じゃない。

 俺が紫月のことを好きだって伝えて、彼女に安心させてやりたい。

 嫌いになるわけないし、なんなら昔から紫月しか見えてないんだって気持ちをちゃんと。


 伝えたいんだけど、たこ焼きのプレートを探しにいったまま紫月はどこに行ったんだ?


「おーい、大丈夫か?」


 またどこかで気絶してるんじゃないかと心配になってよんでみると、


「だ、大丈夫」


 返事はあった。

 どうやら探すのに手間取っているだけのようだ。


 なら、もう少しだけ待つか。


 待たされるのはいつものことだし、いくら紫月の家とはいっても、他所様の家を勝手に物色するのはいただけない。

 しばらく待つことにして、その間に俺はあれこれ考える。

 紫月が戻ってきたら、まずたこ焼きを作るべきか。

 それとも、先に話をしてからの方がいいか。

 また、どうやって話を切り出すか。

 告白がうまくいって付き合えたとして、その後の俺たちは昔のまま、普通に仲良くいられるのか。

 とか。

 あれこれ考えているうちに紫月が戻ってくるかと思ったのだが全然姿を見せない。

 いい加減あいつのドジもどうにかならないかと、重い腰をあげて紫月が向かったキッチンの方へ。


「おい紫月、見つからないなら俺も探すけど……っていない?」


 紫月の姿はそこにはなく。

 一体どこに行ったんだと呆れていると、後ろから視線を感じて。

 振り向くと、台所と廊下の間の扉から、ひょっこり顔を出して俺を見つめる紫月の姿があった。


「……なにしてるんだよ」

「あ、あのね、しゅうちゃん……模擬店の時って、制服じゃなくていいんだよね?」

「あ、ああ。動きやすい恰好で構わないそうだけど、それがどうした?」

「……服、選んでみたんだけどどうかなって」

「……あ」


 ひょこっと飛び跳ねるように扉から出てきて全身を見せる紫月は、制服からラフな格好に着替えていた。


 白のTシャツに綺麗な足があらわになるホットパンツ、さらにキャップを被ってつばを持って、顔を隠している。


 ……かわいい。

 それにこれって、この前の雑誌の。


「し、しゅうちゃんのお母さんに見せてもらった雑誌のを見て、えと、頑張ってみたんだけど、お、おかしいかな、やっぱり?」

「そ、そんなことないって。うん、似合ってる、けど」

「……けど?」

「……」


 あまりに眩しいその姿は、しかし少々露出が多い。

 だからそんな服装で大勢の前に出てほしくないなんて、ヤキモチ以外のなにものでもないことを思ってしまう。


 紫月の肌を、足を、他の奴らに見せたくない。

 そんなことを、まだ付き合ってもいないどころか告白一つろくにできない俺がいっていいものかと。

 躊躇う。


 すると、


「や、やっぱり、変かな……」


 落ち込ませてしまった。


「ち、違うって……ええと、その、ちょっと肌が見えすぎというか」

「……え、えっち」

「そっちこそ……」


 気まずくなってしまった。

 互いに沈黙し、動けない。

 紫月にいたっては完全に固まってしまっている。


「……でも、可愛いとは思う、から」

「から?」

「……俺の前だけにしてもらえると、あ、ありがたいかなって」


 随分恥ずかしいというか、痛いことを言ってしまった。

 こんな独占欲丸出しの言い分に、紫月はどんな反応するんだよと。

 彼女を見ると、なぜか少し笑っていた。


「ふふっ、そっか。しゅうちゃんの前、だけならいいんだ」

「……まあ、今はたこ焼き作るから、汚れていい恰好にしてほしいけど」

「だ、だね。うん、着替えてくる」


 ちょっとだけ、さっきまでより元気よく紫月は部屋に戻っていった。

 あれでよかったってこと、なのだろうか。


 で、またしばらく待たされて。

 今度は上下真っ黒の、びっくりするくらいダサいスウェット姿に着替えてきた彼女を見てちょっとだけ笑いそうになって。


 俺の反応を見てむすっとする彼女と一緒に、ようやくたこ焼きづくりに取り掛かることとなった。

 


 

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