第14話 聞いちゃった

「……んにゃ?」

「あ、目が覚めたか? 帰ってきたぞ」

「……え、ここどこ!?」

「だから帰ってきたんだって……」


 今日の紫月の眠りは深く、結局俺の家に到着するまで目が覚めず。

 なんなら着いた後も眠ったままで、リビングのソファに寝かせたまましばらく放っておいたら目覚めた。

 とんだ眠り姫だよこいつは。


「え、あれ、買い物してたんじゃ」

「その途中で寝たんだろ。まあ、人混みで疲れたんだよ」

「……買い物、ごめんなさい」


 寝起きのせいかまだ頭が働いていないようで、照れる前にしょんぼりと。

 紫月は身体を起こしたあと、がっくりとして地面を見つめる。


「いいよ別に。またいつでもいけるだろ」

「……うん」

「それより、いつから寝てたんだ? 気が付いたら寝てたけど、皇さんがまた来たのは覚えてる」

「……うん」


 特に表情を変えない。

 やっぱり、俺の告白は聞こえていなかったってわけか。


「ま、いいや。それよりココア飲む?」

「ううん、帰る」

「そっか。あんま気にするなよ」

「うん」


 とぼとぼと、紫月は隣の自宅へと帰っていく。

 デートのはずが、結果的に紫月を落ち込ませてしまったなあと頭をかいて反省しながら、俺は自分用のココアを一つ作って。


 そのあとで紫月からの返事を待ちながら部屋でまったりしていたのだけど。

 彼女からは、夜になっても連絡がないままだった。



「……みゃーっ!! しゅうちゃんが私のこと好きって言ったー!!」


 部屋に帰ってすぐ、絶叫。

 お母さんから「うるさい!」と怒鳴られたがそんなことはどうでもいい。

 

 しゅうちゃんが好きって、私のことが好きって言ったのを聞いちゃった。


 皇さんに絡まれて、ムキになってた感じもあったと思うけど。

 でも、はっきりいったもん。


 それを聞いたあとの記憶は一切ないけど。

 多分、あの後気絶したんだと思う。


「……どうしよう、模擬店一緒にやらないといけないのに、お顔見れない」


 私は、しゅうちゃんのことがずっと好きだった。

 でも、自分はいつもドジでバカでのろまだからしゅうちゃんに頼ってばっかで、自信がなくて気持ちを伝えられないまま。

 だけど離れるなんてことはもっとできず、なぜかしゅうちゃんもいつも一緒にいてくれたからそれでいいかって、そう思って甘えていたんだけど。


 しゅうちゃんが髪を切ったあの日の朝。

 私はクラスメイトの女の子から相談された。


「ねえ四条さん、神前くんと付き合ってないの?」


 そう聞かれたのは別に今に始まった話ではなく。

 中学の頃からそんな質問はよくされたけど。

 でも、そのあとが問題だった。


「付き合ってないんなら、紹介してよ。私、神前君のことが気になってるんだ」


 そう言われて、私はパニックになった。

 今までは、しゅうちゃんに言い寄ってくる女子なんていなくて、ライバルの存在なんて考えたこともなかったのに。


 しゅうちゃんのことが気になるのは私だけじゃないんだって知って。

 勝手に不安になった。


 しゅうちゃんが他の女の子に言い寄られて、そっちと付き合ってしまって私から離れていったらどうしようって。


 考えたくもないのにそんなことばっかり考えてしまって、死にそうな気分になった。


 その時は、私が泣きそうになってるのを見てその女の子も慌てて「じ、冗談だから泣かないで」と言ってどこかに行って。


 結局その子はしゅうちゃんに何かアクションを起こすことはなかったみたいだけど。


 私は焦りもあったのか、なぜかそのタイミングでしゅうちゃんに告白しようと決意した。

 ほんとによくわからないところでスイッチが入るし切れるのが私だけど。

 今回ばかりは本気だった。

 しゅうちゃんとの関係をいつまでも曖昧なままにしたくないと。

 決心したところまではよかったんだけど。


 お顔が、見れなくなっちゃった。


 だ、だって、しゅうちゃんって今まで意識してなかったけどよく見たらすっごくかっこいいんだよ?

 それに、いつも心配そうに私を見てくるあの表情……きゅーってなるの。

 だから目が合うとドキドキしちゃって。

 あがり症な私は彼に告白しなきゃと思えば思うほど何もできなくて。

 ついにはツンケンした態度をとって自己防衛に走る始末。


 ほんとやだ……それでも嫌われてないのが奇跡的だと、なんなら既に嫌われてるかもって思っても体がいうことをきかなくて毎日泣きそうだったのに。


 好きって。

 私を好きだって、しゅうちゃんが皇さんに言ったのを聞いちゃった。


 その瞬間、心臓が破裂したかと思った。

 で、気絶。

 本当はあの時、私もだよって言いたくて。

 言おうとして。

 気絶。


 ……なんで私ってこんなんなんだろ。

 これじゃまたしゅうちゃんに告白してもらえたとしても、返事する前にぶっ倒れて迷惑かける展開しか見えない。


 あうぅ……。


 でも。


 両思いなんだあって。

 そう思うと、嬉しい。

 体があったかい。

 今なら空でも飛べそう。


 すやあ……。



 日曜日の朝。

 やはり紫月からの連絡はないまま。


 一応こっちからは「今日のこと気にするなよ」と連絡はしておいたけど。

 昼になっても返事がなかったら電話してみよう。


 とりあえず、というかやることもないので部屋から出てキッチンへ。

 すると洗い物をしている母がこっちを見ながら、少しムスッとしていた。


「おはよう母さん」

「おはよう。あんた、昨日また紫月ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「してないけど、なんで?」

「だって、いつも日曜日はうちにきてお昼ご飯食べてたのにこないじゃない」

「最近は来ないこともあっただろ」

「でも四条さんのうちは共働きで誰もいないのに、可哀想でしょ」


 紫月の家は両親がいないことが多い。

 仕事柄、というそれだけのことだけどそういう環境もあって、あいつは昔からうちに来ることが多く、だからこそ俺たちはただの幼馴染以上の関係になっているというわけだけど。


 そういえば高校に入ってからは休みの日にうちでご飯を食べる機会も減った。

 子供じゃないんだし俺たちはあくまで幼馴染なんだから普通のことだと思って気にしていなかったが、あいつは料理も苦手なのにどうしてるんだろう。


 ……誘いに行ってやるか。


「母さん、紫月を迎えに行ってくる」


 もしあいつが昨日のことを気にしてうじうじと閉じこもっていたらそれこそ可哀想だし。

 俺まで気まずい雰囲気を出していたらそれこそ状況は悪化しかねない。


 着替えもせず、ジャージのまま隣の家へ。


 そして玄関のチャイムを鳴らすと、「はーい」と可愛らしい声がインターホンから聞こえる。


「紫月、俺だよ」

「……しゅうちゃん!?」


 割れるほど大きな声で紫月が驚く。

 

「びっくりさせんなよ……なあ、飯食べに来ないか?」

「ごごご、ご飯? ご飯なら、ええと、え、いいの?」

「母さんもそうしろって。今日はお前の好きなカレーにするって」

「カレー!」

「……」


 うるさいなあもう。

 ほんと、昔っから好きなご飯だとはしゃぐところも変わってない。

 変わらないよなあほんと。


「ま、そういうことだから。ここで待ってようか?」

「う、ううんすぐ行くから家にいて。うん、すぐ行くから」

「はいはい」


 結局一緒に我が家へ帰るのは恥ずかしいと。

 そんな紫月の気持ちを尊重して先に家に戻ると、キッチンからカレーのいい匂いが漂っていた。


 そしてその匂いにつられたかのように、ほどなくして紫月が家に来た。


「お、お邪魔、しま、ふ」

「あら紫月ちゃんこんにちは。もうすぐできるから、秀太と一緒に座っててくれる?」

「は、はひ!」


 なんかいつもより固い。

 以前は露骨に避けていた感じだったが今日はただただ緊張してるという感じ。

 なにかあったのか、それともこれも好き避けの一環か。

 なんてどうでもいいことを考えながら、挙動不審な紫月の仕草を少し楽しんでいると。


 やがて俺の隣に座りながら「ひー」とか言ってる幼馴染が。

 

「しゅうちゃんだ……しゅうちゃんがいる……」


 と、よくわからない独り言をつぶやいていた。

 いや、そりゃいるに決まってるだろとツッコみたかったけど、これは聞こえていないことになってるので自重して。


 やがて母が少しにんまりしながらカレーを運んできてくれた。


 


 


 


 

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