第13話 溢れる想い
「紫月、オレンジジュースでいい?」
「うん」
腹を満たして少し緊張がほぐれたのか、先ほどまでのぎこちなさはなくなった紫月は少し声のトーンが高くなった。
自販機でジュースを買って、立体駐車場に向かう途中のベンチに腰掛ける。
ここは風通しもいいし、案外人通りも少ない。
ゆっくり話すならここだ。
「……いただきます」
「いいよジュースくらい。それより、母さんに言われてるから服買わないとな」
「……そだね」
しかし、目は合わない。
ジュースの缶とにらめっこな紫月は、俺の話に相槌を打つ程度で会話は続かない。
まあ、ここは俺の頑張りどころか。
「……紫月、昔ここによく来てたの覚えてる?」
「うん、しゅうちゃんのおかあさんにアイスとか買ってもらってた」
「あの頃から変わんないよな俺たちも。こうやって二人でずっと一緒だし」
「そ、だね」
「……」
「……」
だ、だめだ。
言わなきゃと意識するほどに、言葉が出てこない。
一言、「好きだ、付き合おう」といえばそれで済む話だというのに、一体俺はなんの話をしてるんだ?
……ああくそっ、踏ん張れ俺!
んー。
「ごほんっ……そういや、昨日のラインのことだけど」
「……なんだっけ?」
「い、いや話があるって。将来がなんとか言ってたじゃん」
「……」
その話題を振ると、紫月は完全に沈黙した。
耳まで真っ赤に染めて、プルプル震えながら今にも蒸発してしまいそうなほどの彼女の体温がこっちにまで伝わってくる。
しまった、ミスだ。
紫月のラインを話題にしようとした俺のミスだ。
タイミングってもんがあるよなそりゃ。
紫月の間で、話したいんだよな。
ごめん、なんか。
「あ、いや、別に今じゃないならいいんだけど……でも、俺も似たような話があってさ」
「……」
「ま、聞いてくれよ。俺、ずっとこのままがいいなってそう思ってたんだ。今のまま、ずっとこんな感じで紫月と一緒なんだろなって思ってたんだけど、それってちょっと違うなって」
「……?」
ようやく、紫月が反応した。
首をかしげて、リスみたいな顔をしながら俺を不思議そうに見て。
目が合うと顔を赤くして俯いた。
「あ、ごめん」
「……こっちこそ、ごめんなさい。私、しゅうちゃんを見ると、ええと、ドキドキして」
「お、俺だって紫月と目が合ったら緊張するさ」
「……どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……」
紫月が好きだから。
そう言おうと思ったのに、言葉が出ない。
喉がきゅっと閉まる感覚。
緊張のせいか、喉が渇く。
「……」
「しゅうちゃん、今度の模擬店のこと、嫌じゃない?」
「い、いやなもんかよ。それに、お前が他の男子とやってる姿なんか……見たくない」
「……それって」
「……わかるだろ」
言って、俺は頭を抱える。
なにがわかるだろ、だ。
わかんないまんまだから俺たちはこんなままだというのに。
はっきりさせないからいつまでもギクシャクしてるというのに。
早く言わないと。
じゃないと紫月が……。
「……目がしょぼしょぼする」
ほら、眠くなってきてるじゃんか。
俺がこんなに緊張しっぱなしなんだから向こうだって同じだ。
紫月は極限まで緊張したらなぜか眠っちゃうんだよ。
早く、早く言えよ俺……。
「あれ、まだいたんだ」
互いにベンチでうつむいたまま硬直していると、さっき聞いたばかりの声がこっちに向けられた。
見上げるとそこにいたのは皇さん。
嫌な相手に見つかってしまった。
紫月も隣で「皇さんだ、こわい……」と呟いている。
「あ……」
「なによその嫌そうな顔。それにどうしたの、喧嘩でもしたの?」
「べ、別に皇さんには関係ない話だろ」
「あ、そう。でも神前君、これだけは言っておくわ。あなたがはっきりしないせいで無駄に期待させられたりする人がいるってこと、わかってる?」
「そ、それは……」
「あなたの態度がそんなんだから勝手に浮かれて、勝手に傷つく人もいるのよ。その辺、どう思ってるのよ。四条さんのこと、どう思ってるの?」
「……」
皇さんの言いたいことはわかる。
俺が紫月との関係をはっきりさせないから、自分もいけるんじゃないかと紫月のことを好きになって勝手にフラれて傷つく男子が後を絶たないことを俺はわかっている。
やっぱり俺がはっきりさせて、付き合ってるから紫月には近づくなと漢気を見せないとダメな時期が来てるんだろう。
……あーもう、不本意だ。
こんな風に言わされるのは不本意だけど。
言われっぱなしで終われるかよ。
「俺は紫月が好きなんだよ。それでいいか?」
今度こそ。
紫月に聞こえるように言った。
やけくそみたいな告白に嫌気がさしたけど、こんなことでもなけりゃ口にできない自分が悪い。
でも、言った。
もう、隠さない。
「だから俺と紫月の問題だ。外野は黙って……え?」
「……やっぱり、そうだったんだ」
「皇、さん?」
さっきまでふんぞり返っていじわるな笑みを浮かべていた皇さんが、なぜか目に涙を浮かべながら唇を噛んでいた。
え、そこまで俺と紫月がうまくいくと悔しいの?
どんだけ紫月のこと好きなのこの人?
「あのー、皇さん?」
「さ、さようなら! お幸せに!」
「お、おーい」
振り切るように、皇さんは走って駐車場の向こうへ消えていった。
追いかける理由もないが、なんでこうなったんだと茫然と立ち尽くし。
その後で、はッと我に返る。
「あ、紫月?」
「……」
慌てて紫月を見ると、さっきまでと同じくうつむいたまま。
でも、さっきの俺の言葉は傍にいた彼女にも届いていただろう。
もう、隠す必要もない。
「あの、紫月。俺、さっきのは勢いでとかじゃないから。紫月のこと、昔からずっと好きだったんだ」
「しゅう、ちゃん……」
ぽそっと、彼女が呟いた。
どうやら寝てはいないようだ。
うん、よかった。
最後まで、聞いてもらおう。
「だからさ、俺と付き合ってほしい。ずっと大事にするから。紫月のことは俺が守るから」
「しゅう、ちゃん……」
「え、ええと。その、よかったら返事、聞かせてくれないかな? 恥ずかしいこと言ってるのは、わかってるけど」
「おい、しい……」
「おいしい?」
「アイシュ、おいひい……むにゃむにゃ」
「ん?」
なんか様子がおかしいと思って覗き込むと、紫月は目を閉じていた。
そして、
「しゅうちゃんと食べるアイス、おいひいなあ、えへへ……」
寝言を呟いていた。
実に幸せそうな笑顔のまま、眠っていた。
「……またかよ」
どのタイミングで寝たのかは不明だけど、どうやらまたしても俺の告白は空振りだったようだ。
そのあと、ぐらっとバランスを崩した紫月は俺の肩にもたれかかると、眠ったままむにゃむにゃと寝言を続ける。
「しゅうちゃん……大好き」
「……だから俺もなんだって」
伝わってないのに嬉しい答えを言ってくれる幼馴染に、俺は思わず笑ってしまった。
でも、今はきっと幸せな夢を見ているのだろう。
だから起こすのも悪いし。
「……しゃーないか」
紫月を背中に担いで、そのまま店を出た。
銀髪の可愛い女子をおんぶして店を出る男子高校生の姿は、もちろん好奇の目に晒されることとなったけど。
まあ、別に気にならなかった。
むしろ俺だけの特権だと思って、堂々と。
彼女と一緒に帰路についた。
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