第12話 買い物も一苦労

「……」

「……」


 家を出てまず向かったのは近くにあるショッピングモール。

 そこなら服も売ってるし飯屋もあるし、なんならゲーセンとかもあって時間も潰せるだろうと。


 色々気を揉んでみたものの、家を出てから紫月は一言もしゃべらない。

 果たして今、そこに向かっていることが正解なのかすら不安になるほど静かだ。


「なあ紫月、ほかに行きたい場所があるなら」

「ダイジョブ」

「そ……」


 俺とのデートで極度の緊張を覚えているのか、ようやく発したのは片言。

 しかしいつまで続くんだろうか。

 俺だって紫月とこうしてデートすることに全く緊張しないわけじゃない。

 ただ、それじゃあ楽しくないだろうと平然を装っているわけだが。

 ここまでガチガチになられたらこっちまで固くなってしまう。


「……紫月、もうすぐ着くからどこから回るかくらい決めろよ」

「どこでもいいもん」

「ったく。じゃあ勝手に決めるけど文句いうなよ」

「うん」


 ほどなくして到着したショッピングモールは、休日とあっていつもより多くの客で混雑している様子。

 なるべく人混みをさけるように、まず向かったのはフードコートだ。

 昼間になるといつも座る席もなくなる。

 ちょっと早いけど昼飯にすることとした。


「先に食べとくぞ。何がいい?」

「……甘いもの」

「クレープとかならあるけど。でも、おなかいっぱいになるか?」

「ダイジョブ」

「……」


 なんかぎこちないなあ。

 周りから見た俺達ってギクシャクしたカップルに見えないだろうか。

 いやまあ、それはない、か。


「……」


 人混みが苦手な紫月は俺にしがみついて離れない。

 これだと確かに顔を見れないけど、それ以上に恥ずかしいことをしてるような気がするのは果たして俺だけなのだろうか。


 ほんと、こいつの感覚はよくわからん。


「じゃあ、俺はハンバーガーでも買うから。どうする、別で買ってくる?」

「い、一緒じゃないとヤダ」

「そ。じゃあはぐれないようにしろよ」

「しゅうちゃんの手、あったかい」

「暑いだろ、もう」

「んーん、落ち着く」


 勝手に手を繋いでくる紫月は積極的なんだか奥手なんだかほんとよくわからない。

 でも、こうして一緒にいて落ち着くのは俺だって一緒だ。


 もう、ここで決着をつけてもいいかもな。

 それに、こいつも今日は話をするつもりで来てるみたいだし。


「あの、さ。飯食べたら、買い物の前にどっか人の少ないとこで休むか」

「……うん」

「じゃあ、食べたら飲み物でも買って、だな。まずクレープ買うからどれがいいか決めとけよ」

「チョコ」

「ははっ、そうだった」


 いつも冷たい紫月の手が、今日は少し熱い。

 その体温が伝わるたびに心臓が強く脈打って、いよいよなんだと緊張感が高まってくる。


 正式に。

 紫月と付き合うことになる。


 今更すぎる話だけど、改めてそう思うと食欲なんてどこかに飛んでいく。

 紫月にクレープを買ったあと、自分用のハンバーガーを一個だけ買って席を探すが、気持ちとしてはさっさと食べて場所を移したいほど。

 

 ただ、焦るほど視野が狭くなる。

 ダラダラしてるうちに席が埋まってしまい、頃合いのいい場所がなくなっていく。

 早く座って食べたいのに。

 どうしようとまた焦っていると、ようやく隣り合わせの席が二つだけ空いたのが見えた。


「あ、横並びだけどあそこにする?」

「……うん」


 すっかり火照ってしまって言葉が出てこない紫月をつれて、席に着く。

 混雑しているからとはいえ、わざわざ横に並んで座る俺たちは誰から見ても仲良しカップルなのだろう。


 でも、今はまだそうじゃなくて。

 だけどもうすぐ……。


「あれ、四条さん?」

「……ん?」


 紫月のことを呼ぶ女性の声に顔をあげると、向かいの席に見覚えのある顔があった。

 見覚えがある、なんて言い方は失礼か。

 皇さんだ。


「あ、皇さん……?」

「あー、デートしてんだ。へえ、やっぱりそういう仲なのね」

「い、いやこれはだな」

「私は四条さんに訊いてるの。神前君は黙ってて。ねえ四条さん、私たちクラスメイトなんだからそれくらい教えてよね」

「……」


 クラスメイトなんだから。

 そんな風に友達ぶるわりに、皇さんの表情はこわかった。

 そして隣で紫月は怯えている。

 俺の手を握ったまま、プルプルと震えている。


「……」

「ふーん、だんまりか。ま、いいけど。でも、二人が鹿島君を使って模擬店祭を私物化しようとしてるって疑いは、晴れてないから」

「え?」

「じゃあね四条さん。私、あなたのファンだけどいつまでもそんな調子じゃ敵にもなるから。その辺よろしくね」


 皇さんは、少し強めに椅子を引いてガタッと音を立てて立ち上がり、優雅に人混みを抜けていく。


 そして姿が見えなくなったところで紫月は。

 少しだらんとなったクレープを見つめながら涙ぐむ。


「……こわいよう。なんで、皇さんって私にきつくあたるんだろ?」

「だ、大丈夫だよ。たまたま虫の居所が悪かっただけというか……それに、お前のファンなんだろ彼女って」

「でも、最近はずっとあんな感じ。イライラしてるというか……敵対視されてる感じがする」

「……よくわかんねえな」


 好きな子にほどきつくあたる。

 いわゆるツンデレってやつなのかとも思ったけど、さっきのあの態度はちょっとそういうのとは違う。

 確かに紫月の言う通り敵視していた。

 でもどうして?


「……ま、考えてもわかんねえか。紫月、そろそろ食べないと溶けるぞ」

「う、うん」


 ようやく、繋いでいた手を離して両手でクレープを握ると、ぺろぺろと動物みたいにそれを舐めながら食べていた。

 その仕草に可愛いなあと見蕩れてしまいながらも、更に人が増えてきたので慌てて自分のハンバーガーを頬張って。


 無言で昼食を終えてそのまま外に出た。





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