第11話 モデル
休日の朝。
昨日遅くに帰ってきた母は一階に降りるとキッチンにいた。
「おはよう秀太。あんた昨日、紫月ちゃん来てたの?」
「あ、ああ。ココア飲んですぐ帰ったけど」
「そう。でも、仲直りしたのね」
えらいえらい。
なんておどける母、神前ともえは紫月の事が大好き。
ある意味俺以上に、ある意味皇さんたち以上に紫月を溺愛している。
我が子のように。
我が子になる前提で。
「紫月ちゃん、最近来ないからてっきりあんたと別れちゃったのかと思って心配したわよ。ほんと、喧嘩したらダメよ」
「してない。ていうかまだ付き合ってない」
「まだ、ってことは予定はあるんでしょ?」
「……まあ」
「だったらいいじゃん。早く私を紫月ちゃんのお義母さんにしてね」
「母さんの為に結婚はしないからな」
母は息子である俺を大切に育ててくれているが、実をいうと娘も欲しかったんだとか。
ただそれは叶わず、代わりにというのも変だが近所で俺と同い年の紫月を、俺が連れてくるといつも愛でるように猫かわいがりしていた。
紫月も紫月で動物みたいなやつだから母さんにはすぐ懐いて、最近は会うことが減ったようだが会うたびに一緒に料理をしたり、たまに二人で買い物に行ったりもしている。
要するに、紫月は既にうちのお嫁さん状態なのである。
「で、こんな早起きってことは紫月ちゃんとデート?」
「まあ、買い物とか飯とか」
「ふーん、心配はいらなさそうね。ていうかあんた、喧嘩の原因はなんだったの?」
「だから喧嘩じゃねえって」
「とかいって、浮気とかしてないでしょうね。紫月ちゃんは純粋だから、そんなことしないと思うけど」
「息子が不純みたいに言うな」
全く、どっちが本当の子供なんだって言いたくなるよ。
でも、紫月には不思議な魅力がある。
誰からも愛される魅力。
だからつくづく彼女が幼なじみでよかったと思う。
そうじゃなきゃ、俺みたいなのがあいつの傍になんかいられるはずもない。
なんて呆れているところで玄関のチャイムが鳴る。
誰が来たかは見るまでもなく。
「あら、紫月ちゃんお久しぶり」
「あ、おばさんおはようございます」
「ささっ、あがってあがって」
俺より先に出迎えにいった母は嬉しそうに紫月を家に招く。
そして俺に「はやくココア作りなさい」と。
ほんと、どっちが本当の子供だとぼやきたくもなるよこんなんじゃ。
「……」
今日はお昼から買い物の予定だったのに、どうしてこんな朝早くからうちに来たのだろう。
まあ、楽しみすぎて朝早くに目が覚めてそわそわして、柄にもなく朝飯でも作って食べようかと思っていた俺が言えることではないが。
「できたよ」
紫月用のココア、それに母さん用のコーヒーをもってリビングにいくと二人は横並びに座って雑誌を見ていた。
というより、母に無理やり雑誌を見せられながら「これがいい、あれも似合う」と勝手に紫月の服選びに付き合わされていた感じだが。
「あ、秀太ありがと。そこおいといて」
「あのさ母さん、紫月は母さんの着せ替え人形じゃないぞ」
「えー、だって紫月ちゃんこんなに可愛いのに。どこぞの誰かさんが気の利いた服の一着でもプレゼントしてあげないから」
人のせいにするな。
といいたいが、まあ母さんの言いたいこともわかる。
このまま出かけるつもりがなかっただけなのかもしれないが、紫月の恰好はジャージ。
黒の、地味なやつ。
無地の安い生地のそれも彼女が着たら高級ジャージに見える……なんていうのは完全な俺の贔屓目で。
ま、せっかく可愛いんだからもっと可愛い服きたらいいのにって感想には誰だってなる。
「紫月ちゃん、今日は秀太に服買ってもらいなさいね」
「え、いいんですか?」
「いいわよ気にしなくて。秀太、ちゃんとしなさいよ」
「……わかったよ」
じゃあ小遣いくれよ。
と、紫月に聞こえないように母に相談してみたがかわされた。
心配になって財布を見たら五千円札が一枚。
まあ、ぎりぎり買えなくもないか。
「じゃあ私は出かけるから。楽しんできてね紫月ちゃん」
「は、はい。いってらっしゃい」
母はそそくさと家を出て行く。
するとまた、さっきまで饒舌だった紫月が静かになる。
ココアをゆっくり口につけながら、膝を丸めて座り込む。
「……」
「紫月、その恰好でいくわけじゃないだろ?」
「……うん」
「じゃあ着替えて来いよ。ちょっと早いけど、出かけよう」
「そ、そだね」
随分話せるようになったとは言え、まだ完全に避けモードが抜けてはいない様子のようだが。
今日ばかりは避けているというより緊張してるという雰囲気だ。
やはりこの後に控える話とやらのことのせいだろうか。
ココアを飲み干すとペタペタと可愛い足音を立てながら紫月は一度家を出て行った。
そして彼女が戻ってくるまでの間に洗い物を済ませ、さっき母さんが見ていた雑誌を覗く。
するとそこには、紫月にどことなく似たモデルさんが春らしいワンピースを着て写っている。
なるほど、こういう恰好を紫月にさせたくなる母の気持ちもわかる。
可愛いだろうな、絶対。
「も、もどったよ……」
オーバーサイズのボーダーシャツを着たモデルと紫月の姿を重ねてボーっとしていると、玄関からか細い声が聞こえる。
「あ、ああごめん、すぐ行く」
慌てて雑誌をほうりなげて玄関に向かう。
そこで、俺は思わず目を丸くしてしまった。
「……紫月?」
「み、見ないで……恥ずかしいよう」
「……」
大体いつも学校の制服かジャージか、たまにジーパンくらいは履くけどファッションに疎い感じの紫月が、今日は白基調のパーカーにボトムスを着て、髪も高い位置でポニーテールにして、まるで雑誌のモデルかと見間違えるようなしゃれた格好でそこに立っていた。
見蕩れた。
え、めっちゃ可愛い。
語彙力を根こそぎ奪われるくらいに、玄関に恥じらいながら立つ紫月は抜群の可愛さを放っていた。
「そ、そんな服、もってんだ」
「た、たまたま……別にしゅうちゃんと今度出かける時の為にと思ってこっそりお母さんと買いに行ったものとかじゃ、ないから」
「……そっか」
そういうことなんだ。
俺と出かける時の為に必死に選んでくれたんだな。
なんだよそれ、可愛すぎんだろ。
「紫月、めっちゃ似合ってるよ」
「あうう……ちんちくりんじゃない?」
「久しぶりに聞いたなそんな言葉……全然変じゃないよ、可愛いって」
「きゃわっ!?」
思わず可愛いなんて言ってしまったから、紫月の白い顔が一気に赤くなってしまった。
耳まで真っ赤っか。
そのあと顔を必死に隠しながら悶える紫月は玄関先で「きゅう……」と変な鳴き声を出して座り込んでしまう。
色々と限界だったのだろうけど、しかし寝たら負けってくらいには思っていたのか必死に自分の頬をつねりながら「頑張れ私、頑張れ私……」と自分を鼓舞する彼女をしばらく見守って。
紫月が戻ってきてから一時間くらいが経過したところでようやく。
俺たちは一緒に家を出た。
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