第10話 将来について

「ん……」

「目が覚めたか?」

「……え、ここどこ?」

「もうすぐ家だよ」

「……うん」


 紫月がようやくお目覚めだ。

 でも、思ったより大人しい。

 俺におんぶされてるとわかったら慌てて飛び退くかと思ったけど。


「どうする? 歩くか?」

「……このままがいい」

「そっか。ならこのままいくか」

「うん」


 さすがに紫月をおんぶしたのなんて、小学校の低学年以来だったけど。

 変わらずこいつは軽くて小さい。

 でも、随分女の子らしくなったというか。

 背中に当たる胸の感触は、今は意識したら負けだけど。

 紫月も成長したんだなって、しみじみそう思わされる。


「さてと」


 とぼとぼと歩いて、ようやく。

 彼女の家の前に到着した。


「着いたぞ」

「うん」

「いや、もう降りろよ」

「……」


 なぜか彼女は離れようとしない。

 ただ、このままおんぶして家の中にまで連れ帰るのはさすがに恥ずかしい。

 おばさんに見られたらなんと言われるか。


「あの、紫月?」

「しゅうちゃん、私重くない?」

「全然。紫月は昔から小さいもんな」

「……重いよ、私って」


 ぽそっといった後で。

 彼女はようやく俺の背中から降りる。


「……ごめんなさい」

「何がだよ。反省文なら、次は自分で書けよ」

「ち、遅刻しないもん、もう」

「そうだな。うん、じゃあまた明日な」


 また彼女の顔が真っ赤になり始めたので、早々に退散してやろうかと思って隣の我が家に帰宅しようとすると、制服の裾をぎゅっと掴まれた。


「……紫月?」

「もうちょっと、お喋りしたい」

「そ、そうか。でも」

「私は、大丈夫だから……」


 ぎゅっと唇を噛む彼女は、必死で恥ずかしさと闘っているように見える。

 なるほど、紫月も紫月でこの状況をどうにかしたいって、そう思ってるんだよな。

 でも、うまくやれるような彼女ではないから。

 やっぱり俺がしっかりしないとだな。


「じゃあ、うちくる? ココアいれるから」

「うん、いく」


 彼女の家からうちへ。

 今日も誰もいない家に紫月を招いてリビングに案内すると、彼女がソファに座る前に足を止める。


「どうした?」

「これ……」

「ん、ああそれか。懐かしいな」


 小学校の卒業式の写真。

 そこには仲良く手を繋いで写る俺と紫月の幼い姿があった。


 懐かしそうにそれを見る紫月は少し嬉しそうで。

 俺は黙ってキッチンにひっこんでお湯を沸かす。


 ヤカンを見つめる間、少し昔を振り返る。

 紫月と来る日も来る日も一緒で、だからこそそれが当たり前すぎて、今までズルズルきてしまったものだ。


 こういうきっかけがなければそれこそ大学にいってもずっと、幼なじみという関係のままだったかもしれない。

 いや、それどころか途中で口のうまい誰かに彼女を突然さらわれていたなんて最悪のことも……。


 ほんと、避けられだした時はどうしたんだと心配したけど、これはこれでよかったのかもしれない。


 俺もちゃんと彼女の気持ちを知れたし、彼女への気持ちも改めてわかったわけで。


 さて、そんな幼なじみにココア持っていってやるか。

 猫舌な彼女のために沸騰する前のお湯でココアを作って再びリビングに向かう。


 すると、ソファに足を抱えて座り込む紫月が、俺を見てすぐ目を逸らす。


「……ココアだ」

「いや、作るっていったじゃん」

「うん、飲む。いただきます」


 ゆっくりココアを口につける紫月。

 そのあと、少し沈黙が続く。

 

 でも、せっかくもう少し喋りたいと彼女がいってくれたんだから話をしないと。


「なあ、明日は飯食ったらどこ行く?」

「……どこでもいい?」

「いいよ。紫月が行きたいとこで」

「じゃあ……ぬいぐるみ買いに行きたい」

「ははっ、まだ集めてたんだ」

「やっぱ、変かな……」

「全然。可愛い趣味じゃんか」


 可愛いものには目がないのも昔から。

 家でペットを飼いたいけど許してもらえず泣いてた彼女に初めて贈ったプレゼントが確かゲーセンで取った猫のぬいぐるみ。

 それ以来彼女はぬいぐるみに目がなくて。

 まだいるのかな、あの猫。


「可愛い……可愛いかな」

「なんだよ、今更照れることじゃないだろ」

「でも……私って高校生なのに子供っぽいし、今日だって迷惑かけてばっかだから」


 と、紫月が言ったあとでまた沈黙する。

 でも、迷惑っていうのはかけられた側の、受け手の捉え方だ。

 俺が迷惑と思ってないんだから紫月は気に病む必要はないんだ。


「紫月はそのままでいいよ。でも、ちょっと最近のよそよそしさは直してほしいかなって」

「……がんばりゅ」

「噛むなよ」

「だ、だって……うん、がんばる。明日は、ちゃんと目を見てお話できるように、頑張るから」


 だからちゃんと。

 私の話を聞いてほしい。


 振り絞るように言うと、ココアをグッと飲み干して紫月は慌てた様子で玄関まで走っていった。


 明日話を聞いてほしい、か。

 じゃあ明日こそ、紫月の本音がちゃんと聞けるってことか。

 だったら俺も、ちゃんと言えるようにしておかないと。


 ……なんか緊張するな。

 でも、紫月が勇気を出してくれてるんだから俺だって。


 よし、今日は風呂に入って早く寝るか……。


『ぽーん』


 部屋に戻って着替えをとっているところでラインが来た。 

 まあ、紫月からだろうと思って開いたらもちろんそうで。


 さっきのココアのお礼かなと、何気なしに読むと、


「しゅうちゃん、明日はすっごく大事な大事な、二人の将来についてのお話があるので心の準備をお願いします」


 と。

 ……いや、もう告白だよねこれって。


 え、やっぱりわざとなのか?

 いや、これでも彼女からすればぼかしてるつもりなんだろうけど。


 それに二人の将来って。

 気が早いというか、普通なら重いぞこれって。


 重い、か。

 そういや言ってたっけ。

 自分は重いって。


 たしかにそうだな。

 まだ付き合ってもないのに将来の話をするような奴が、重くないわけがない。

 でもまあ。

 

 紫月の重みを知ってるのは俺だけでいいって。

 明日はそんなことを言ってやろうかな。

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