第9話 反省文

「では放課後、反省文を書いて提出しにきなさい」


 お互いに遅刻は初犯だったので軽い説教で済んだのは幸いだったか。

 でも、予想通り反省文を課せられた。

 気が重くなる。 

 

「はあ、反省文ねえ」

「……ごめんなさい」

「いいよ別に。さっさと書いて出せばいんだし」

「……どうしよう」


 紫月は動揺していた。

 まあそれはそうだろう、彼女は作文が死ぬほど苦手なのだ。


 小学校の時に読書感想文の提出があった時、紫月は何をどう書いたらいいかが皆目見当がつかず、俺が二人分の感想文を書く羽目になったこともあった。


 中学の時にも同じような課題があったが、その時はさすがに自分でやれと突き放したんだけど、結果的に一文字もかけなかった彼女は泣きながら当日の朝に俺にお願いしてきて、結局ほとんど俺が書いたっけ。


 ……ここまでこいつが成長できてないのは俺のせいなのかな。

 でも、甘やかすことだけが彼女の為ではないってわかってるんだけど。


「しゅうちゃん……ぐすんっ、作文できなよう」


 泣きそうになる紫月を見ていると放っておけないのだ。

 なぜかって? 好きだからに決まってる。

 大好きな幼なじみの為ならなんだってしてやりたいと思うのは普通のことだ。

 それに紫月も、ただ甘えるだけじゃない。

 俺がしてやったことに関しては、ちゃんとあとでお返しをしてくれる。

 厳密にはしようとしてくれる、だけど。


 宿題や勉強を手伝ってやったら必ず、「私にできることなんでも言って!」と強くお願いされる。

 ただ、一緒にいてくれたらそれでいいので何も望まずにいると向こうから「料理するね」とか「肩もんであげる」とか、とにかく何かしらをしてくれる。


 まあ、それがきちんとお返しになってるかは人によると思う。

 紫月は料理が苦手で、俺が教えてあげながら作るので結局俺の手間が増えるだけだし、力が弱い彼女の肩もみは、気持ちいいというよりくすぐったいだけ。


 ま、それでも一緒に料理できるのは楽しいし紫月に触ってもらえるだけで幸せな気分になるので、俺的にはやはり充分なお返しをいただいているわけで。


 ほんと、安い男だと思う。

 チョロいという自覚はある。


「紫月、手伝ってやるから一緒にやろっか」

「……いいの?」

「いいよ。でも、ちゃんと自分で書けよ」

「……優しいね、しゅうちゃんは」

「怒るとこじゃないし」

「うん。ありがと」


 そんな話をしていると、紫月のお腹がくうっと音を立てる。

 そういえば昼休みだというのに、飯がまだだった。


「お腹すいたな。紫月はお弁当?」

「今日は時間なかったから……どうしよう」

「買って、その辺で食べる?」

「う、うん」


 そういや、ここ数日彼女と昼飯も一緒に食べてなかったっけ。

 以前は毎日一緒に、なんなら紫月の手作り弁当を二人で食べてみんなから白い目で見られてたんだけど。


 早くそういうのも元通りになりたいもんだ。


 彼女の好き避けによる弊害を心の中でぼやきながら向かったのは購買。

 食堂は時間がないのと、紫月が人混みが苦手という理由からパンを買って教室で食べることにした。


「紫月、どれにする? 色々あるけど」

「……」

「ま、いっか。勝手に選ぶぞ」


 また、好き避けモードだ。

 でも、ちゃんと俺の話は聞こえてるようで小さく頷く彼女は黙って俺についてくる。

 ま、聞かなくても好みは知ってる。

 チョコとドーナツが大好物だから、チョコドーナツにすれば間違いないだろうとそれを買って。

 自分用のカレーパンと一緒にレジを済ますと紫月が、申し訳なさそうに無言で小銭を俺に渡してくる。


「いいよ別に。パン一個だし」

「……だって」

「俺に奢られるのは嫌か? ならもらうけど」

「……嫌なわけないもん」

「ならそういうことで。早く戻ろ。食べる時間なくなるぞ」

「うん」


 一緒に、なんて言ったが結局互いの席に座って黙々とパンを食べるだけになったんだけど、俺はそれでも満足だった。


「しゅうちゃんがご馳走してくれたパン……食べるのもったいないなあ」


 そんな風に思ってくれてたのが嬉しくて。

 カレーパン一個でお腹いっぱい。

 ほんと、ご馳走様って感じだった。



 少しずつ紫月との日常を取り戻しつつあると、勝手に順調だと思っていたこの日の放課後。

 反省文を書くために教室に残った俺たちのところに、彼女はやってきた。


「神前君、ちょっといいかしら?」


 皇燐火だ。

 怒りに満ちた表情で俺の前に立つと、男前に親指で廊下を指し、外へくるように促してくる。


「な、なにか?」

「話があるのよ。いいから来なさい」


 今から反省文を書かないといけないので後にしてほしかったけど、

 取り巻きもジロジロと見てくるので断れる雰囲気ではなく。

 仕方なく席を立って皇さんについていくと、廊下に出たところで彼女が足を止めて俺の方を振り返る。


「ねえあなた、四条さんと付き合ってるの?」

「え、な、なんで?」

「だってあなたたち、ずっと一緒にいるじゃない。それに、今日遅刻したのも彼女のせいなんでしょ? それで何もないっていうのはちょっと不自然じゃないかしら」


 彼女は質問の意味を淡々と。

 ただ、質問の意味はわかったけどその意図がわからない。


「俺と紫月のことは別に、皇さんには関係ないじゃんか」

「関係ないことないわよ。私にだって事情というものがあるの。で、付き合ってるかどうかを答えなさい。どうなの?」

「そ、それは……」


 厳密に言えば付き合ってはいない。

 告白したこともされたこともないし、正式に付き合おうって話したこともない。

 でも、恋人以上にずっと一緒だし、彼女はずっと「しゅうちゃんのお嫁さんになる」といっていたし、今だって後ろでずっと俺のことが好きだと呟き続けてて俺もそんな彼女が大好きで。

 これをなんと表現したらよいのか。

 両想いのラブラブ幼馴染カップルだけど付き合ってはないんですってか?

 うーん、殴られるな。


「いや、正式にそういう話は」

「じゃあ付き合ってはいない、ということね?」

「ま、まあ」

「そ。ならいいわ、ごめんなさい邪魔したわね」


 行くわよ、と。

 皇さんが声をかけると教室からぞろぞろと数人の女子が出てきて。

 彼女たちに囲まれる格好で皇さんはこの場を去る。


 なんだったんだろうか。 

 やっぱり彼女、紫月のことをそういう目で見てるのかな?

 

 ……おっといけない、早く反省文を書かないと。

 慌てて席に戻ると、紫月が。

 後ろの席の紫月が今日は俺を見ていた。

 しっかり見て、ジッととらえて、目を逸らさない。

 ただ、怒っていた。


「むー」

「な、なんだよ」

「しゅうちゃん、皇さんと何話してたの?」

「な、なにって……別に大したことじゃなかったよ」

「ほんとに? しゅうちゃんのこと好きだとか、そういう話じゃなかったの?」

「なんでそうなるんだよ。俺、あの子とろくに話したことないし」

「……じゃあ、いい」

「?」


 怒った彼女は頬がぷくっとなるのですぐわかる。

 そしてその後基本的に拗ねる。

 拗ねて、沈黙する。

 こうなると結構厄介なので、俺はいつも機嫌を取る羽目に。


「なあ、怒るなって。早く反省文書くんだろ?」

「いいもん、一人でやるもん」

「できるのか? 早くしないと先生帰っちゃうぞ」

「……じゃあ、手伝って」

「最初から素直にそう言えよ」

「だって……」


 だって、なんなんだろうか。

 でも、素直になれるような性格なら、今みたいな状況にはなってないかと、言って自分で反省した。


 素直じゃないけど裏がない。

 そんなこいつだから好きなんだっけな。


「じゃあ、一回自分で下書き書いてみろ。できた後で添削してやるから」

「うん、頑張る」


 互いの席に向き合って、反省文を書きはじめる。

 俺は思ってもないことをつらつらと。

 十分に反省してることがわかるようにこびへつらう文章を見ながらよくやると。

 

 あっという間に自分の分を書き終えてからしばらく待つ。

 するとつんつんと、背中をペンでつつかれる。


「いてっ」

「できた」

「ああ、早かったな。見せて」

「……はい、どうぞ」


 作文用紙の半分と少しくらいが丸い可愛らしい文字で埋まっている。

 まあ、上出来だ。

 昔と比べて随分な進歩じゃないかと。

 感心しながら目を通すと。


「ん?」


 冒頭から意味がわからなかった。


『しゅうちゃんが来てくれて泣きそうなくらい嬉しかったので焦りました。しゅうちゃんがかっこよくて恥ずかしくて部屋に籠っちゃったから遅くなりました。しゅうちゃんが昨日可愛いって言ってくれたのが嬉しくて寝れませんでした。』


 ……これ、わざとやってんのか?


「おい紫月」

「……」

「お、おい紫月?」

「すー、すやあ」

「寝ちゃった……」


 一生懸命書いたのだろう。

 限界を迎えた彼女は夢の中へといざなわれていた。


 その寝顔と、この作文を交互に見ながら俺は、しかしなんか癒されて。

 その後、このまま反省文を出すわけにもいかないので彼女の分も結局俺が書いて職員室にもっていくことになったんだけど。


 先生に提出した時も「四条はどうした?」とか色々聞かれて。

 体調が悪くなったから休ませてる云々と言い訳を並べてなんとかそれを受け取ってもらってぐったりしながら教室に戻ると。


 まだ眠っていた。

 ほんと、どういう神経してるんだとさすがに少しだけ説教してやりたい気分になったんだけど。


「しゅうちゃん、好き……」


 そんな寝言で俺の負け。

 下校時刻になっても目を覚まさない彼女を俺は背中におぶって。


 部活中の生徒たちから変な目で見られながら、校舎をあとにした。

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