第7話 照れくさいことは言えるのに
燃えるように真っ赤に染まった紫月が夕陽に溶け込んでいったあと、俺は一人で帰宅するとやはりラインが来ていた。
紫月から。
一言だけ端的に。
『ごめんなさい』
そりゃそうだ。
まあ、毎回ああやって逃げられていたんでは理由がわかっていても少し寂しいので。
『反省しなさい』
と、意地悪な返しをしてみた。
すると、電話が鳴る。
「……もしもし、何?」
「お、怒った。しゅうちゃんが、怒った……」
電話の向こうで半べそかきながら紫月が声を震わせていた。
別に怒ってないけど。
あんまりいじめるとかわいそうかな。
「怒ってないよ。でも、逃げられたら辛いじゃん」
「つ、辛いの? 私に逃げられたら、辛い?」
「ああ、辛い。辛くて死にそうだよ」
「し、死んじゃダメ! 死んじゃダメだよー!」
「わかってるって……」
こうもあっさりテンパられるとからかい甲斐もない。
むしろ心配になる。
でも、だからといって俺を心配して会いにくるようなことは今は……。
「ぜ、絶対死ぬとか言わないの。わかった?」
「わかったよ。ごめんって」
自分は恥ずかしくて死にそうとかすぐに言うくせに。
なんてぼやきながら電話を切って、また静かになる。
普段なら、夕方は紫月が部屋に来て一緒にゲームしたり勉強したりと退屈しなかったんだけど、ここ数日はこんな調子だから暇を持て余す。
早く彼女の好き避けとやらが解消されることを祈るしか……。
『ぴんぽーん』
おっと、来客だ。
って、多分親がネットで買ったものが届いただけだろうけど。
「はーい」
そのまま二階から降りて玄関へ。
無駄に重厚そうなうちの玄関からは外が全く見えず、開けて外を覗く。
すると、
「紫月?」
「……」
銀髪の小柄な女の子がぶるぶる震えながら立っていた。
俯いてて表情までは見えないが、顔が赤くなってるのは夕陽の照り返しのせいでないことくらいわかる。
もしかして本気で心配になってきてくれたのか?
「ど、どうしたんだよ急に」
「……怖かったの」
「え?」
「しゅうちゃんがいなくなっちゃうと思ったら怖くなって」
「そ、そうか」
「……あがって、いい?」
「うん、もちろんいいよ」
「……」
紫月が家に来るなんて本来珍しい話でもなんでもないので自然に中に案内したが、数日空いただけで妙な緊張を覚えた。
それにこの緊張は、彼女からにじみ出る緊張感に当てられてるというのもある。
そんなにガチガチになってるとこ見せられたらこっちまで固くなるだろ。
「そ、そこ座っててくれ。飲み物入れるから」
「うん」
ずっと目が合わない。
いや、合わせようとしてくれないというか、顔を見ると反射的に向こうは顔を逸らす。
可愛いからもっとちゃんと見たいのに。
でも、こうして会いにきてくれただけ進展があったって今は思うことにしよう。
彼女が好きなのはあったかいココア。
甘い甘いその味が好きだということで、我が家には彼女専用のココア入れまである。
でも、ここ数日全く減ってなかったので昨日もうちの親から「早く紫月ちゃんと仲直りしなさいよ」と、勝手に喧嘩してると思われてそんなことを言われたり。
ま、喧嘩じゃないんだよなあこれ。
すれ違ってもないし。
なんなんだろ、ほんと。
「はい、ココア飲んで落ち着け」
「……いただきまふ」
ずずっと、さっきまで泣いていたせいか垂れてくる鼻水をすすったあと、ココアをゆっくり口に運ぶ。
でも、熱かったのか一度口から離して「フーッ、フーッ」と一生懸命に冷まそうとする紫月はやはりいつもの彼女だ。
可愛いんだよな、これも。
俺も随分と語彙力が低下してるが、彼女の前では可愛い以外の言葉は無意味だ。
「飲めるか?」
「うん、おいひい」
「そっか。来てくれてありがとな。でも、俺は大丈夫だから」
「……うん」
一生懸命にココアを飲む彼女とは目が合わないままだったけど、向かい合って話ができたっていうのはココア様様だ。
視聴覚室での打ち合わせの時と比べれば随分マシ。
……待てよ、この流れだったらさすがに。
言える?
いや、また無理に告白しようとしても、彼女が逃げ出すのがオチだ。
タイミングは慎重に、だな。
それに、
「しゅうちゃんの入れたココア、おいしい」
こうして向かいで大好きな幼なじみが和んでいる姿を数日ぶりに見れたんだ。
焦らなくてもいいだろ、今くらい。
「そっか。別に大したもんじゃないし毎日作ってやってるんだから飲みに来いよ」
「うん。ごめんなさい、ほんと。私ね、ほんとは毎日こうしてたいのに」
「すればいいじゃんか。今更遠慮したり恥ずかしがることなんてないだろ」
「……あるもん」
「なんでだよ」
「な、なんでって……そ、それは私がしゅうちゃんのこと……」
また、さっきのように俺への気持ちを言いかけたところで彼女はフリーズした。
たぶん漫画なら頭から湯気が出てる。
それくらい、顔も手も真っ赤っかだ。
「いいよ、無理しなくて」
「……うん」
「それよりさ、週末だけどどっか行かないか?」
彼女が俺を避け始めて、今度の土日が最初の週末。
いつもなら二人で買い物したりランチしたりゲーセン行ったりカラオケだって二人で行ったりしてたのに、この週末はどうなってしまうのかとはっきり言って心配していた。
こんなことを言えばメンヘラっぽいかもしれないけど、紫月の顔を見ない日なんて考えたくもない。
ずっとそばにいて当たり前だと思っていたからこそ、ここ最近のよそよそしさが彼女への気持ちを大きくする。
「う、うん……いい、けど。私とだと楽しくないかも」
「紫月じゃないと楽しくないよ。それに、模擬店の打ち合わせもそろそろしないと。ファミレスでゆっくり話そ」
「……ハンバーグ食べたいな」
「よし、決まりな。それ飲んだらどうする? ゲームでもしてくか?」
「き、今日は帰る……」
「そっか」
帰ると言われて少し寂しい気もしたが、そのあと俺が彼女のコップを洗うためにキッチンへ行こうとした時に「しゅうちゃんとデート、えへへっ」とつぶやいたのを聞いて、暗い気持ちはどこかへ消えた。
ほんと、可愛い。
こういうめんどくさいところも手間がかかるところも全部可愛い。
こんな可愛い幼なじみがいるのに死んでたまるかという話だ。
「じゃあ、また明日な」
「うん、バイバイしゅうちゃん」
結局玄関に見送る時もずっと目が合うことはなかったけど、なんとか振り絞るように俺に手を振ってくれる幼なじみを見て癒された俺は勝手に充電たっぷりになって部屋に戻る。
そしてモヤモヤが晴れたところでふと。
そもそもの疑問を思い出す。
そういえば、どうして急に紫月は俺を避けだしたんだ?
俺を急に好きになったとか?
いやー、自分でいうのもなんだけどそれはないと思う。
あいつはずっと俺にべったりだったし、最近も特に変わった様子はなかった。
俺、なんかしたっけ?
……さりげなく聞いてみるか。
というわけでライン。
大事な話でなければメールとかが一番気軽にできるから。
『俺、最近なんか変わったとこある?』
突然どうしたんだと言われそうだけど、まあ相手が紫月だしこういう曖昧な質問に対しても思った通りの反応をしてくれるだろうと期待して。
するとすぐに既読になった後、答えが出た。
『髪切って、カッコよくなったよ』
なるほど、それが答えか。
たしかに俺はずっと髪の毛に関しては無関心で、ボサボサだったんだけど。
夕方、紫月と一緒に見てたテレビの占いコーナーで、俺の星座が一位をとって。
その中に『髪を切れば吉』なんて出てたから紫月が「髪切っちゃお」とか言って。
で、散髪した翌朝から彼女がよそよそしくなった。
……いや、散髪すすめたの紫月じゃん!
あー、こんなことなら切らなきゃよかった。
……まあ、考えようによっては紫月からの好感度が上がったわけで、やはり散髪は吉だったのかもしれないが。
うーん、と。
声を唸らせていると返事をする前にまた彼女からラインがくる。
『で、でもしゅうちゃんは髪切らなくても、カッコいいから』
だって。
……じゃあやっぱり違うのだろうか。
でも、もうどっちでもいいや。
カッコいい、か。
あんな可愛い幼なじみにそう言ってもらえてるんだし、やっぱり占いってのは当たるもんなんだな。
……そこまで素直に褒めてくれたんだから、俺も気の利いたことを返してやるか。
『紫月も、可愛いよ』
少しキザで恥ずかしくもあったがそのあとの紫月の反応が見たくてそんな返事をした。
でも、もう寝てしまったのか彼女からは返事がないまま。
ちょっと残念とがっかりして、俺もやがて布団に入った。
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