第6話 ミイラとりが

「アイスありがとう……アイスありがとう……アイしゅ……うー、言えないよう」


 アイスを翌朝の学校にて。

 どうやら俺に直接お礼を言いたいそうだけど言えなくて困り果てる紫月の本音を聞きながら、俺は腹の痛みをこらえていた。


 思ったより夜は寒く、体が冷えたせいか体調を崩していた。

 腹が痛い。

 そして頭も痛くなってきた。

 頑張ってアイス二個とか食べるんじゃなかった。


「あいしゅ、あいしゅ、あいしゅ……しゅうちゃん、好き」


 どういう流れだよ。

 ていうかさっきから思うんだけど、いつもより声大きくないか?

 今はまだ授業の前で騒がしいからいいものの、授業中にそのトーンで喋ったらさすがにアウトだと思うけど。


 ……しかし体がだるい。

 今日ばかりは、恥ずかしい幼馴染の独り言ににやけるのをこらえる以前に体調の悪さをこらえるのに必死だった。


 で、授業中。

 俺は恥ずかしながらトイレに立つ。


 昨日までなら、そういうことをしてもあまり目立たなかったのだろうけど、昨日色々あったせいでちょっとばかりみんなの視線が強かった気がした。


「はあ……」


 トイレですっきりしたあと、洗面所で手を洗いながらため息。

 授業中にトイレで抜けた後って、戻る時気まずいんだよなあ。

 とか。

 考えるとまたお腹が痛くなってもう一度トイレに座って。


 しばらくしてからようやく教室に戻ると、クラスの半分くらいの連中が俺の方を振り返ってみてきた。


 別にトイレくらい普通だろと開き直りたいところだが、まあ高校生ってのは些細なことに敏感な年ごろだから。

 勝手に恥ずかしくなって体をかがめながら席に戻る。


 紫月紫月は静かに本を読んでいた。

 俺がいないと、独り言が作動しないシステムにでもなってるのだろうか。


 ……。


 席に着くと、なぜか視界がぐにゃっと歪む。

 目がまわったように、クラクラと。

 

 あ、やばいかもって、冷静な自分がどっかにいたんだけど声が出ず。


 どうやら体調の悪さは自分が思った以上だったようで、そのまま視界が真っ暗になった。



「……ちゃん?」

「ん?」

「しゅうちゃん! よかった、よかったー」

「紫月?」


 目が覚めたら保健室だった。

 そして、横には綺麗な銀髪をぼさぼさにした、少しやつれた紫月がいた。


「よかった……急に倒れるから」

「……ちょっと体調悪くてさ。今何時?」

「もう夕方だよ。ぐっすり寝てたから」

「そっか」


 どうやら紫月はつきっきりで看病してくれていたようだ。

 その証拠に少し額に汗をかいてて、髪も乱れてて、何枚か使い捨てた熱さまし用のシートがゴミ箱に捨てられいた。


「……まだ、ちょっと頭がぼーっとする」

「ね、寝てていいよ? 私、いるから」

「うん……ってあれ?」

「どうしたの?」

「い、いや」


 自然だ。

 自然過ぎて気づくのが遅れたけど、紫月が俺と普通に話してる。

 どういうことだ?

 夢か? いや、そんな都合のいい話はないだろう。

 幼馴染と普通に会話してるだけで驚くのも変な話だが、しかし昨日までのことを考えると、やはり不思議でしかたない。


 何があった?


「紫月」

「なあに?」

「……お前、なんともないのか?」

「私? うん、私は平気だよ。心配してくれたの? あり……あっ」

「……」


 どうやら、やっと状況が飲み込めたようだ。

 しまったなあ、聞くんじゃなかった。

 このまましらばっくれて普通に話してりゃよかった。


「あうう……あり、ありが、あが、が」

「壊れたロボットみたいになってるぞ」

「ありゅりゅ……」

 

 まだぼんやりするが、多分紫月のことだから俺が倒れて慌てたせいで、恥ずかしいとかそういう感情をどこかに置き忘れてきてたのだろう。

 そして目覚めた安心感もあって、素の自分が出ていたけど冷静になってまたテンパると。

 なるほど、紫月らしい。


「もう大丈夫だから。授業もサボらせて悪かった」

「あぶぶぶぶ……」

「……」

 

 何もないところで溺れている。

 このまま蟹のように白い泡でも吹き出しそうになりながら、紫月は目を回して。


「きゅう……」


 なんとも可愛い鳴き声と共に気絶した。


「お、おい」

「きゅうう……」


 慌てて飛び起きて彼女を受け止めたあと、俺の寝ていたベッドにそのまま彼女を寝かす。

 ここが保健室でよかったといえばそれまでだけど。

 先生がきたらなんて説明したらいいんだよ。

 紫月が俺と話してて照れすぎて気絶しましたって?

 ……言えないよなあ。


 でも、まあ。


「しゅうちゃんの匂いがする……むにゃむにゃ」


 幸せそうに寝てるから、もうちょっと起こさずにいておいてあげようか。

 寝顔、可愛いし。



「……んん」

「起きたか?」

「しゅ、しゅうちゃん!? え、ここは」

「保健室だよ。さあ、帰るぞ」


 紫月が目を覚ましたのは夕方の五時過ぎ。

 すっかり放課後も放課後だ。

 ちなみに保健室の高木先生には「紫月が俺の看病で疲れて寝てしまった」と説明すると、「そういうことにしとく」と言ってくれた。

 なんとなく紫月がどういうやつか理解してくれてる先生で助かったよほんと。


「……帰る」

「立てるか?」

「……しんどい」

「手、貸すぞ」

「うん」


 自然に彼女の手を取る。

 昔と変わらない、少し冷たい彼女の小さな手はやわらかくて。

 優しく握ると彼女も無言で握り返してくる。


「……」


 ただ、煙でも出そうなくらいに紫月の顔が真っ赤になる。

 うつむいたまま、それでも手は離さない。

 俺はその手を引いて、一緒に保健室を出る。


「なあ、今日こそコンビニ行くか?」

「……」


 さすがに今は独り言も漏れてこない。

 ずっとだんまりで、でも俺の手を握る力はさっきより強くなってくる。

 こうして、手を繋いで一緒に帰るなんていつぶりだろうとか、俺はまだそんなことを懐かしむ余裕があるけど、紫月はこのままだとまた倒れてしまいかねない。


「な、なあ。手、このままでいいのか?」

「うん」

「そ、そっか。暑くない、か?」

「ない」

「……わかった」


 離したくない、ということだろう。

 それなら無理に振りほどくこともない。

 俺だって、こうしてる方が安心だし幸せなんだから。


「じゃあ今日は帰るか。お互い保健室に一日いたわけだし、今日はゆっくり休もう」

「……ちゃん」

「ん?」

「しゅうちゃん、優しい」

「ははっ、何がだよ。お前こそ、ずっと看病しててくれたんだろ? 嬉しかったよ」

「す……」

「ん?」

「す、すす……」

「……」


 何か言いたそうだ。

 空気が漏れるような音ですーすーと。

 たぶんだけど、好きっていってくれようとしてるのかな。


 だったら。


「紫月、俺さ」

「しゅうちゃん」

「な、なんだよ俺が話してるんだろ」

「しゅうちゃん……す、すー」

「……」

 

 どうしても、彼女の方から言いたいようだ。

 女性の方から言わせるというのは、男としてそれってどうなのって言いたくなるものだけどこの場合は仕方ないだろう。

 可愛い幼馴染が俺の為に精一杯勇気を振り絞ろうとしてるわけで、それを台無しにするほど俺もいじわるではないし。


 頑張ってくれ紫月、その告白百パーセント大丈夫だから!


「すー」

「うんうん」

「……みゃー!! やっぱ無理ー!!」

「お、おい!」


 やっぱり無理でした。

 ただ、走り去る銀髪の美少女は大声で「しゅうちゃんに好きなんて言えないよー!」と夕陽に向かって叫びながら、やがてその中に姿を消していった。


 ……聞こえてるんだけどなあ。

 

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