第5話 面倒くさいのは承知で
「……ん?」
「起きたか? もう暗くなるから帰るぞ」
「……うん」
まだ寝ぼけ眼の紫月がそれでもようやく目を覚ましたのは下校時刻ぎりぎりになって。
早くしないと職員室も正門も閉まってしまう。
「起きれるか?」
「う、うん……フラフラする」
「……つかまれ」
「あう……」
よたよたしながら、俺の腕に寄りかかると銀髪のさらりとした感触が俺に伝わる。
髪、のびたなあ。
それに、今は寝ぼけてるせいか好き避けとやらが鈍い。
今なら普通に話せそうだ。
「なあ、帰りにコンビニでも寄って帰るか?」
「うんうん、私アイス食べたい」
「じゃあ買ってやるよ。ていうかずっとこのままだと歩きづらい」
「だって、しゅうちゃんの腕、落ち着く」
「……ったく」
まだ口をもごもごさせているあたり、完全に夢からは覚めてないのだろう。
好き避けしてきてたやつが今は俺の腕にがっしり抱きついてるって、これどういう状況かわかってんの?
いや、わかってないから出来てるのか。
……帰るまで、寝ぼけたままでいろよ。
急に動いて紫月の目を覚まさせないようにそろりそろりと。
まず職員室に視聴覚室の鍵を返してからゆっくり階段を降りて行って。
誰もいない学校をあとにした。
「さて、なんも決まらなかったな」
「そだねー。でも、しゅうちゃんが全部やってくれるから」
「あのなあ。お前もちゃんと仕事しろよ」
「私はしゅうちゃんのお嫁さんになったら毎日お料理するんだもん」
「……そ」
恥ずかしいことをさらりと。
まあ、こういうのも中学の頃までは散々聞かされていたので今更ではあるんだけど。
最近避けられてた分、直接的なデレがいつもより破壊力を増していて。
俺は照れた。
やばい、どうしようなんて思ってどぎまぎしていたところで、幸いなことに店の明かりが見えてきた。
「……コンビニ、ついたぞ」
「……ん?」
「どうした? まだしんどいなら」
「……。……っ!?」
どうやら、ようやくお目覚めのようだ。
自分が今どういう状況で、何を口走っていたのかを理解できたのだろう。
制服の袖を引きちぎられそうなくらい引っ張る彼女の手には力がぎゅーっとこもって、震えていた。
顔も真っ赤になって。
やがてびっくりしたように飛び退いた。
「わーっ!」
「お、おい。道路ではしゃぐな」
「わ、私、なに、してた……なに、言った?」
「……別に。いつものことだろ」
「い、いつもの……」
いつものこと、といっても手を繋いで帰っていたのは小学生のころまでだし、お嫁さんだのなんだのと言ってたのも中学のころまでの話。
高校になってからはさすがに紫月も大人になったのか、そういう恥ずかしいことは避けられる前から控えるようになっていたんだけど。
俺からしてみれば今も昔も大して変わってない。
だから普通じゃんといってみたけど。
ダメだった。
「あうあうあう……死ぬ……」
「おい、早くコンビニいこうって」
「か、勝手に行ってくればばばっ!?」
「大声だすなって」
「ばーっ!」
「お、おい」
大声をあげながら、銀髪の美少女は脱走した。
腕を横にブンブンふりながら、ちょっと内股気味に。
やっぱりヘンテコな走り方だ。
しかし火事場のなんやらというかやけくそというか。
本気で逃げる彼女はあっという間に見えなくなってしまった。
また、失敗だ。
昨日よりは進展があったと思うけど、核心には至らない。
やれやれと。
首を二、三度横に振ってから一人寂しくコンビニに寄って。
一人分のアイスを買ってから帰宅することになった。
◇
『ごめんなさい、アイス食べたかった』
こんなラインが紫月から来ていたのに気づいたのは、帰宅して風呂に入った後。
まあ、お前と食べたかった、とはさすがに恥ずかしくて送れなかったので
『今度は一緒に食べような』
とだけ。
するとすぐに既読になる。
待ち構えてたのか? と思う間もなくすぐに返事がくる。
『今から食べたい』
だそうだ。
どうぞご自由に、といいたいけど……そういう話じゃないんだよな多分。
一緒に食べたいと、そう言ってくれてるんだということくらいは俺にでもわかる。
ただ、一緒に買おうとすると逃げるし、多分誘っても家から出てこないだろうから。
考える。
そして、思いつく。
『ちょっとそのまま待ってろ』
というわけで俺が向かったのはコンビニ。
もちろん一人で、今度は二人分のアイスを買って帰路に着く。
しかし帰宅前に一つ、寄るところがあった。
「あら、しゅうくんお久しぶり。大きくなったわねえ」
「おひさしぶりですおばさん。これ、紫月に渡してもらえます?」
「あら、お遣い? もう、あの子ったらこんなことさせて」
「いや、いいんですよ。じゃあ、また」
紫月の家に寄って。
彼女のお母さんにアイスをことづけた。
隣通しとあって昔はよく行き来してたけど高校になってからは紫月がうちにくるだけになって。
でも、久しぶりに見ても綺麗なお母さんだ。
顔立ちとかはそっくり。でも、髪や目の色は黒々としていて。
隔世遺伝だっけ?
とか。
昔話したことを懐かしみながら今度こそ帰宅。
部屋に戻ると、すぐにラインが来た。
『アイスもらっちゃった。しゅうちゃんも食べてる?』
どうやらうまくいったようだ。
まったく、ここまで回りくどいことをしないとアイスもろくに食べれないなんて、どんな状況だよ。
まあ、彼女に嘘をつきたくないからって理由だけで、食べたくもない二個目のアイスをあけてから
『俺も今食べてるところ』
と送るあたり、ほんと彼女がお嫁さんになったら尻に敷かれそうというか。
俺が勝手に下敷きになってるまであるな。
でもまあ。
『一緒だね。えへへっ』
なんて返事を見て勝手ににやけてる分には。
たぶん俺も彼女も幸せなんだろうと思う。
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