第4話 二人っきり
模擬店祭りの一件でプチ騒動があったこの日の放課後。
皆の注目はもちろん俺と紫月に集まっていた。
「紫月、早く打ち合わせいくぞ」
「……ぷいん」
「……いいからついてこいよ」
相変わらずの調子で俺を無視しようと頑張る紫月を連れて教室を出る時、嫉妬にまみれた粘っこい視線を無数に浴びた。
嫉妬の目が男子だけならまだいいが、しかし今日は誰よりも強く俺を睨む皇さんの姿を確認してしまった。
怖ええ。
迫力がすげえ。
ちなみに皇さんは女子を恋愛対象として見ているわけではないそうだが、しかしここまで嫉妬されると実はそうなんじゃないかと疑ってしまうほど。
それほどまでに彼女は悔しそうに、教室を出るその時まで俺を睨んでいた。
「なあ紫月、皇さんとはどういう仲なんだ?」
「……知らない」
「まあいいけど。ていうかどれだけ人気なんだよ。アイドルが転校してきたってこうはならないぞ」
「どうでもいいもん……」
「そ。まあいいけど、打ち合わせの時くらいはちゃんと話してくれよ」
「……」
ぷくっと頬を膨らませながら彼女は沈黙。
それでもスタスタと俺についてくるのが何とも愛らしいというか。
いや、可愛いなおい。
そういう拗ねた顔もかわいいよ、まったく。
そりゃ人気でるわ。
尊すぎてこっちが死にそうだ。
「失礼します」
まず向かったのは職員室。
先生に、これから打ち合わせをするための部屋の鍵を預かるため。
ちなみに教室でやってもよかったのだけど、そこは優秀な生徒会長が気を回してくれたので甘えることに。
鍵を受け取ってから向かったのは、学校の四階の隅にある視聴覚室。
放課後はほとんど使われることがなく、ここなら人目を気にせずゆっくり話せるだろうというわけだ。
早速。
広い教室の隅の方の席を向かい合わせにして。
座る。
俺だけ。
紫月は何故か座らない。
「おい、立ったまま話すわけにはいかないだろ。座れよ」
「……お」
「え?」
「お顔……」
「ああ、なるほど」
消えそうな彼女の一言で、俺は察した。
ていうか、散々聞かされてたから察するまでもないが。
そういや俺の顔が見れないんだった。
かっこいいから。
好きだから。
……自分で振り返ってて恥ずかしくなる。
「とりあえず、俺は前向いておくから」
席を元に戻し、誰もいない教室の黒板を見つめるように座ると、その後ろに彼女が座る。
いや、どんな絵面だよ。
お互い教室の前を向いたまま打ち合わせってかなりシュールだぞ。
「……で、お店どうすんの?」
誰もいない方向に問いかける。
すると背後から、小さく、それはそれは小さく返事がくる。
「……楽しみ」
その照れに照れた言い方と、最後の声がうわずる感じにきゅんとしてしまう。
顔が見えない分、逆に恥ずかしくなってしまい言葉に詰まる。
「……そ、そっか」
「しゅうちゃんは、嫌?」
「なんでだよ。嫌なら断るって」
「……そっか」
「紫月は、迷惑じゃなかったか?」
話の流れで、そう聞き返してしまった。
迷惑どころか楽しみにしてくれていると知っててこんな質問をするのは少々意地が悪い。
でも、あの独り言は聞こえていないことになってるわけだし、そういう意味ではこの質問はむしろ自然だったのかもしれない。
「……じゃない」
「え?」
「迷惑じゃ、ないよ」
「そ。ならいいんだけど」
「……」
迷惑じゃない、か。
まあ、今はそう答えるのが精一杯というところだろう。
あまりいじめても可哀想だしと、そろそろ本題に移るためどう切り出すか悩んでいると、俺の背中にそっと。
紫月の手が触れる。
「な、なんだよ」
「しゅうちゃんの背中……大きくなったね」
「まあ、高校生だし」
「昔は、私と背もかわんなかったのに」
「そうだったっけ。紫月はちっこいイメージしかないけど」
「子供っぽいから嫌?」
「……そんなわけないだろ」
紫月の顔どころか俺の視界には視聴覚室のホワイトボードしか映ってないが、なんか久しぶりに紫月とまともな会話をした気がする。
いつもの紫月だ。
ちょっとネガティブで、自分の方が人気者のくせに俺についてこようと必死な、そんな健気な幼馴染。
ああ、やっぱり俺は紫月が好きだなあと。
小さな手の感触だけで、彼女がそこにいることを実感しながらしみじみと。
ほどなくして、気づく。
そういえば、今は二人っきりなんだよな?
それに、今は電話でもラインでもない。
この雰囲気なら、告白できるんじゃないか?
……いや、今しかない。
そう思うほど緊張が増してくるけど、俺の素直な気持ちを彼女に伝えてやらないと。
安心させてやらないと。
……よし、言うぞ。
「なあ紫月」
「……」
相変わらずダンマリか。
でもいい、今ならいやでも俺の会話が耳に入るはずだ。
「紫月、俺さ……紫月のこと、好きだよ」
「……」
言った。
はっきりと、ついに言った。
この十数年、ずっと心に秘めていて、でも全く変わらなかった気持ちを。
ほんとは彼女の目を見て、あの青灰の綺麗な目を見て言いたかったけど。
これくらいの妥協は仕方ないか。
「紫月、だから何も不安に思わなくていいからさ」
「……」
「紫月?」
「……」
「ん……お、おい!」
「すー……すやあ……」
あまりに反応がないことに不審がって振り向くと、紫月は俺の背中に手を添えたまま寝ていた。
寝落ち。
いや、これも昔のままだ。
緊張したり怖がったり驚いたりが限界を越えると、紫月は寝る。
眠る。
夢の中に逃げる。
どういう仕組みかはさっぱりだけど、一緒に勉強しててもわからない問題が続くといつのまにか寝てるし、ドラマのクライマックスにドキドキしてると、そのままなぜか意識を飛ばしている。
そういう子なのだ、彼女は。
さっきの会話が、紫月の限界だったってわけか。
「……ったく。もう一回言えとか、無理だぞ」
「すー、すー」
「……」
銀髪の美少女の。
俺の幼馴染の寝顔。
今、俺が独り占めしている学校の人気者の無防備な姿。
やっぱり、可愛い。
でも、気持ちよさそうに寝てるし、しばらくそっとしておいてやろう。
「さて、先に予算でも考えるか」
もう少し彼女の寝顔を堪能したいところだったけど、そうすると日が暮れてしまいそうなので仕方なく前を向いて。
一人で模擬店の試算表を記入することに。
しばらくの間。
静かな時が流れた。
カラスの声がたまに遠くで響くだけの夕暮れ時。
とりあえずやることをやったら紫月を起こして退室しようなんて考えていると。
紫月の。
今度は寝言だろうか。
いつものように呟きが聞こえた。
「しゅう、ちゃん……えへへっ、しゅうちゃんの匂いが、しゅる……」
「……」
夢の中にまで俺がいるとは驚きだ。
ていうか、別に夢に見る必要なんてないのにさ。
一緒にいろって言われたら。
絶対に断らないんだから。
ほんと、早く伝わってくんねえかなあ。
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