第3話 人のことは言えない


 翌日。


 朝のホームルームで早速、鹿島の計画は実行された。


「えー、再来週の模擬店の一つであるたこ焼き屋を四条さんと神前さんに行ってもらおうと思っています」


 生徒会長直々に、皆の前でそう説明があった。


 まあ、例年、みんな参加者側に回りたいから働く側については自薦がほぼなく、他薦を募って決めるので。


 こうして誰かを指名してくれることについては大歓迎。

 のはずだったのだが。


「えー、四条さんがやるなら俺やるよ」

「おいずるいぞ、俺もやる」

「待て、俺だって」

「私も私も!」

「ちょっと、早い者勝ちじゃないでしょ」


 大混乱が巻き起こった。

 四条紫月と一緒に働きたいと、皆が一斉に手をあげだした。

 

「え、ええと……え?」


 予想外の事態に、最高権力者であるはずの鹿島も茫然。

 気を取り直して「みんな落ち着いて」となだめるも、騒ぎは一向におさまる気配を見せない。


「……あのバカ」


 これは俺の独り言だ。

 まあ、鹿島は陰キャからの成り上がり組だから、元々陽キャグループにいるような連中の治め方をまだ知らないようだ。


 ほんと、頼れる生徒会長様だよ。


 ちなみに後ろの席の紫月はというと。


 フリーズしていた。

 なんで自分がこんな騒動の渦中にいるんだと、頭が処理しきれていない様子で。

 ずっとうつむいていた。


「ストップストップ! ちょっと、一回マジで落ち着けって」


 それでも鹿島が懸命に声を張って、ようやくクラスのどよめきは小さくなっていく。

 そして、皆が落ち着きを取り戻したのを見計らって、生徒会長は、俺の方をものすごく申し訳なさそうに見つめながら提案する。


「じゃあ、四条さんに選んでもらう?」


 言い終えた時、鹿島が俺に口パクで「ごめん」と言ったのを見逃さなかった。

 いや、ほんと最悪なことをしてくれたもんだ。

 俺は「バカやろう」と口パクで返す。

 苦し紛れになんてことを言うんだ。


「ねえ、どうして四条さんは店をやる前提なの?」


 その時、一人の女子から質問が飛ぶ。

 まあ、当然の疑問だろう。

 人選の理由はどうあっても問われる。


「えーと、それは」


 俺は息を飲む。

 もちろん馬鹿正直に「神前と四条さんを仲直りさせるため」とか、公私混同な動機を話すとは思ってないけど。

 なんと説明するつもりなのか。


「ほら、四条さんってうちのクラスで一番有名だし。彼女が店に立つだけで絶対売り上げ伸びるだろ? 売上成績も、クラスの評価につながるわけだし彼女に一肌脱いでもらうべきなんじゃないかなって」


 さらっと説明がなされた。

 すると皆が一度黙り込む。

 なるほど、納得だと思ったのは俺だけではないようで。


 ほんと、こういうとっさの言い訳とかもうまいよな鹿島は。

 政治家タイプだ。

 

「それはわかったけど、じゃあどうして神前君なの?」


 また、別の女子から質問が。

 まあこっちの方が本題だろう。

 当然、俺と紫月がペアでなければならない理由なんて、クラスの為では一切ないのだから。


「神前は親父の実家が昔たこ焼き屋やってて、マジでうまいんだよ。作れるやつがいないと話にならないだろ?」


 と。

 これは嘘。

 真っ赤な嘘だ。


 俺の父親の実家は遠い田舎にあって、そこでやってるのは農家だ。

 たこ焼きなんて焼いたことないんじゃないか?

 ちなみに母親の両親は公務員だし。


 でも、確かめる術がない。

 それを踏まえての嘘。

 なるほどこのへんもさすがだ。


「ふーん、それなら納得だけど。でも、みんな四条さんと一緒にお店やりたいっていうんだから、やっぱり本人に選んでもらうべきだよね」


 最後にそう言いだしたのは、クラスの女子のリーダー的存在である皇燐火すめらぎりんかさん。


 皇さんの言葉に、皆が一斉に反応して彼女を見る。


 皇さんもまた、超がつく美人だがタイプでいえば紫月とは真逆。

 大和撫子な和風美人である。

 黒髪はどんなシャンプーを使ったらそうなるんだと男でも聞きたくなるほどサラサラで、切れ長の少し細い目は女王様の様相を呈す。

 

 踏まれたい、なじられたいという密かな願望を抱く男子も少なくないんだとか。

 そんな彼女は一部の人間から「女王」とか「姫」とか言われてるけど。

 案外そういうタイプでもなくて。

 実は超がつく四条ファンであることを俺は知っている。


 実在するか不明な四条紫月ファンクラブについても、実は本当にあって皇さんが会長を務めているという話も、まことしやかに囁かれるほど。


 とにかく四条紫月愛に満ちた彼女は日ごろから「四条さんを家に連れて帰りたい」とか「四条さんグッズを作りたい」なんて発言するなど、少々危険な香りすら漂わせている。


 だから、彼女が食い下がるのも必然というわけだ。


「いや、それは」

「最初にあんたがそう言ったでしょ。生徒会長に二言はないんじゃないの?」

「うっ……」

「じゃあみんなそれでいいかしら? 四条さんに指名してもらった人が模擬店祭りの時の彼女のパートナーってことで」


 皇さんが仕切ると「異議なし」という声が揃う。

 生徒会長は全く役に立たなかったどころかいらぬことをしでかして、肩を落として席に戻った。


「さあ四条さん、誰と一緒にお店したい?」


 自信たっぷりに、皇さんが紫月に問う。


 皆、誰が選ばれるのかに興味津々と言った様子。

 自分か、それとも他の誰かか。


 そもそも男子か女子か。

 いや、自分であってほしいと。


 困った様子でうつむいたままの紫月をみんなが見守る。


 が、俺は窓の外を眺めながら頬杖状態。

 というのも、一連の騒動の最中もずっと、彼女のがしっかり聞こえていたからだ。


「しゅうちゃんとお店……うわあ、楽しそう」

「しゅうちゃん以外やだよう……で、でもそんなこと言えないよう」

「しゅうちゃんとお店したいのに……皇さん怖いよう」


 こんな調子でずっと。

 彼女の答えを俺は先に知ってしまっていた。

 カンニングというより向こうから解答を見せてくれただけなんだけど。


 とにかくそう呟かれ続け、にやけるのを必死に堪えながら窓の外を見ている。

 でも、いつまでも知らん顔というわけにもいかなそうだ。


「どうしよう……助けてしゅうちゃん」


 これは果たして独り言なのだろうか。

 俺に助けてと、そう言ってるのか心の声が漏れただけなのか。


 ただ、可愛い幼馴染が困っているんだ。

 このまま、というわけにはいかないだろう。

 もちろんここで俺がでしゃばると、以前にも増して敵を作る結果になるのは目に見えてて。

 でもそうせざるをえない状況になるのをわかっていたからこそ鹿島はバツの悪そうな顔をしてたんだろう。


 ほんと、今度埋め合わせしてもらうからな。


「あの、俺と紫月で店やるから」


 立ち上がって、誰に向けてともなく、しかし皆に聞こえるように。

 はっきり言った。

 ちょっと声がうわずってたけど、とにかく言った。


「ちょっと、神前君に聞いてないんだけど」


 と、皇さん。

 ただ、怯むわけにもいかない。


「知ってる。でも、こいつに誰か一人選ばせるのは可哀そうだろ。紫月がそういうの嫌いだって、知ってるだろ?」

「そ、それは……」

「だから生徒会長の言う通りでいいだろ。だいたい、毎年こうやって指名で決めてたんだし、今年だけやりたいやつがやるのもおかしい」

「……なるほど、そうきたのね」


 悔しそうに、皇さんは唇を噛む。

 そして他の連中も、普段人前に出ない俺がこうも堂々と、女子のリーダーである彼女と対峙する光景に目を丸くする。


「皇さん、今回はそれでいいかな?」

「……わかったわ。みんな、今回は生徒会長の顔を立てて従いましょ」


 言うと、皆が落胆のため息をつく。

 たぶん皆、本気で自分が選ばれるとは思ってなかったのだろうけど、それでも紫月が特定の一人を選ぶ瞬間を目撃したかったに違いない。

 俺以外を選ぶことを期待していたに違いない。

 そんなため息だ。


「よ、よーし。じゃあ二人には早速放課後から打ち合わせしてもらうから。さて、そろそろ時間だし俺からの話は以上としまーす」


 生徒会長は再び皆の前に出てこの騒動を終わらせた。

 俺も、皆も不本意ながらに収束したこの状況にテンションを下げながら沈黙。


 やがて一限目の始業チャイムが鳴る。


 ただ、一人だけ勝手に舞い上がってるやつがいた。

 後ろの席の、幼馴染。


「しゅうちゃん、かっこいいよう……どうしよう、どうしようかっこいいよう……死ぬー」


 死にかけていた。

 チラリと振り返ると、大きな目をぎゅーっと閉じて悶えていた。


 まあ、そんな彼女を見て思うことが。


 可愛いなあって感想だけなんだから俺も大概だなと。

 皇さんのことは言えたもんじゃなかった。

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