第2話 デスボイスです

「しゅうちゃん……好き」


 彼女と謎の仲違いをして五日目の朝。

 教室につくと先に紫月が席に座っていたので俺も気にしない素振りでそのまま着席する。


 すると、これだ。

 もう、わざととしか思えない独り言が漏れている。


「どうしよう、二人っきりだよ……何か話さないと……うー、無理……」


 だ、そうだ。

 いや、さすがにこんなことを何日も続けられたら俺も恥ずかしくなってきたぞ。


 しかしどうしてこうなったのか、未だその答えは見つからず。


 やれやれとため息をつきながら、恥ずかしい呟きを聞いて悶々とするのだった。


 ちなみに昨日の放課後のことを少し振り返るのだけど。


 紫月がなぜか逃げ去ったあと、俺は気を取り直して彼女を追いかけた。


 しかし足が遅いくせにこんな時だけすばしっこくて、帰り道で紫月を捕まえることはできず。


 だからラインをしてみたのだ。

 毎日会うし、夜もたまにしか連絡を取り合うことがなかったのでけっこう久々のライン。

 返事があるかドキドキしながら待つことになるかと思ったけど、案外すぐに反応はあった。


『しゅうちゃん、最近そっけなくてごめんなさい。でも、嫌いにならないで』


 と。 

 どうやら本人にも自覚はあるそうだ。

 それに、嫌いにならないでと。

 なるほどそうきたか。


 つまり、最近の好き避けによって俺が怒ってて、呼び出して文句でも言われるんじゃないかと思って逃げたと。

 なんともわかりやすい幼馴染だ。

 わからないままだった、なんて思わせぶりなことをいってしまった俺の発言を返してくれ。


 しかしラインでは普通に話せるってのはどういうわけか。


 いや、それも単純な話か。

 顔を見てなければ大丈夫ってやつなんだろう。


 はあ、ほんとにめんどくさい。

 なんだこの茶番は。


 ……。


 一呼吸置いてから、今度は電話をかけてみた。

 顔を見なけりゃ普通に話せるというのであれば電話はいけるだろうと。

 さすがにラインで告白するわけにもいかないが、電話で釈明する程度なら構わんだろうと。


 しかし。


 出ない。


 そして一度電話を切るとすぐにラインがくる。


『ちょっとデスボイスの練習してたら声が死んだので電話できそうにないよ』


 だと。


 嘘つけ。

 お前、そういうジャンル死ぬほど苦手だろ。

 それにデスボイスで声死んだって、うまく言ったつもりだろうけどあれは元々ディストーションボイスの略かデスメタルから取られたもんだからな。


 ほんと、もうちょい考えて言い訳しろよ。


『わかったごめん、喉気をつけろよ』


 しかし苦言を呈さず、こんな返信をするんだから俺も大概甘い。


 そう、甘いのだ俺は。

 特に紫月のことに関してとなると、ほんと酷いくらいに甘々だ。


 昔からなんでも許してきたし、花を愛でるように接してきたせいであいつはどんどんポンコツになった。

 つまり今の彼女の意味不明さは俺が原因でもあると。


 ……そう思うことにする時点でもう甘いのだけど。


 さて、とりあえずラインはできて電話はダメ、学校では話にならないとくればどうしたものか。


 一人、部屋であれこれ悩んでみたがもちろん解決の糸口は掴めないまま。


 紫月からの連絡も途切れ、そのまま翌日になって現在に至る。


「しゅうちゃんのライン、優しかったなあ……」


 一応、俺の気遣いは伝わっていたようだ。

 彼女のをききながら少しホッと胸を撫で下ろす。


「デスボイス……ってそもそも何だっけ?」

「え、そこ?」


 思わず反応してしまった。

 聞き流すつもりだったけど、あまりに素っ頓狂な呟きにツッコんでしまった。

 

 すると。


「え、何?」


 慌てた様子で紫月がガタッと立ち上がった音を聞いて、俺は慌てて振り返る。


「な、なんでもない、けど」

「……ぷいっ」

「……」


 俺のツッコミに反応してきたから、この勢いで会話にならないかとも期待したが。

 やはり無理だった。


 そのあとの紫月はもう、目を合わすどころか机に突っ伏してしまって。

 先生がくるまでずっとふて寝状態。 

 狸寝入りだろうが。


 その証拠に、授業が始まると同時に「私のバカ」とか「しゅうちゃんのバカ」とか「やっぱり私のバカ」とか、バカバカと連呼していた。


 いやはや、我が幼馴染ながらほんとよくわからないというか。

 いや、むしろわかりやすいのか?

 わかりやすすぎて不安になるほどあけすけ。

 まあ、それはそれでいいんだけど。


 一体彼女の好き避けはいつまで続くのか。

 いくら両思いだということがわかっても、このままでは付き合うどころか以前より距離が離れてしまったまである。


 いつまでもこんな状態では生殺しだ。

 それにいつまでも紫月を苦しめることになるわけで。

 それを彼女の自業自得だから仕方ないだろうと見捨てることも、紫月に甘い俺はできるわけもないし。


 さて、こういう時は相談だ。

 皆に疎まれてあまり仲のいい友人が少ない俺にだって、一人くらいは理解者というものがいる。


 で、放課後。


「……なに、それって惚気?」

「いや、だからそうじゃなくてだな」

「あーほんと、いちいち友人に幸せ自慢される方の身にもなれよな」


 全く。

 と、教室の隅で呆れ果てた様子を見せながら俺の話を聞くのは鹿島伊知郎かしまいちろう

 中学からの同級生で、基本的には俺と似た平凡キャラだったんだけど、こいつもこいつで今ではちょっとした有名人だ。


 というのも、学校創設以来初めて、一年生で生徒会長に就任するという快挙を去年成し遂げたのだ。


 元々アニメ好きで意気投合した俺たちは、中学時代はどちらかといえば日陰のオタクという扱いを受けてきたんだけど。


 高校に上がってすぐ。

 鹿島は自分の顔が案外いけてるということに気づいたらしく、髪型を爽やかにイメチェンしてメガネをコンタクトにしてちょっとダイエットしたことで見事にイケメンへ変貌。

 元々よく喋るやつだったので演説なんかはお手の物。

 図書室にラノベを置くとか昼休みの校内放送はアニメにするなんて企画を次々と語り、陰キャのみならず隠れオタクたちの心もがっちり掴んでその座を手にしたというわけだ。


「いいじゃんか、お前今はモテてるみたいだし」

「ふっ、今まで俺の魅力に連中が気づかなかっただけさ」

「そういう言い回し、ほんとキモいな」


 昔はデブメガネだったくせに。

 ま、ほんと人間変わるよなあ。

 俺は、あんまり変わったって自覚はないけど。

 紫月は……うん、変わらねえな。


「で、大好きな幼馴染に好き避けされて、そのくせ毎日愛を囁かれて悶々としてると」

「……まあ、否定はしない」

「告白しちゃえばいいじゃんか。俺は紫月が好きだーって」

「言おうと思ったよ。でも、話そうとしたら逃げられた」

「電話は?」

「出てくれない」

「メールとかラインは?」

「さすがにそういうので告白するのは違うだろ」

「うーん」


 鹿島は頭も悪い方ではないんだが、しかし急に陽キャに変貌を遂げたところで恋愛経験は俺と同レベルだ。

 そのせいもあってか、結構色んな女子から声をかけられてる割に彼女はいない。

 人選ミスったかな。


「お前に聞いても無駄ってわけか」

「おっと、そう言われるのは心外だな。俺に相談したのは間違いじゃないぜ」

「どうして?」

「おいおい、俺を誰だと思ってる? この学校の最高権力者だぞ」

「いや違うだろ」

「いいから。俺がお前と四条さん向けに仕事用意するから、それに向けた相談ってことで話すきっかけを作ればいいだろ」

「な、なるほど。でも、企画って」

「ちょうど今度、模擬店を出店するイベントがあるだろ。それの一つをお前と四条さんに任せるってわけ。さすがに打ち合わせなしではできないだろ?」

「ほー」


 うちの学校は結構行事ごとが目白押しである。

 その中の模擬店祭りというのはここ独自のもので、実際に店舗の運営を学んだり店で働く人の大変さを学ぶ機会としてずっと続いている伝統行事だ。


 他にはもちろん文化祭や体育祭、それに球技大会や水泳大会、秋にはハロウィンにちなんだ仮装大会や冬はクリスマスに関連したことも毎年あって。


 こういうガス抜きが上手なおかげか、いつも学校の雰囲気は明るく保たれているってわけ。


 そこに現れた新生生徒会長様の企画力が相まって、今年はどんな一年になるんだろうと皆の期待は膨らむばかりといった感じ。


「というわけで、明日早速動くから楽しみにしてな」


 頼れる生徒会長はそう言い残して、慌ただしく教室を出て行った。


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