第45話 橘家の親子喧嘩

 サンシャインブーケから放たれる斧が、丈へと迫る。

「夏美!」

 丈がその刃を素手で受け止めた。

「ぐっ………!」

「あ」

 丈の腕から血がしたたり落ちる。夏美の斧は丈の腕に深々と刺さり、骨まで到達していた。

 血を見てためらったサンシャインブーケが斧に込める力を緩める。

「夏美、悪かった。俺はお前の気持ちを何一つとしてわかっていなかった」

「そ、そうよ……」

 腕に刺さった斧を丈は投げ捨てる。

 丈の血が床にしたたり落ち、斧がカラカラと音を立てて転がる。

「この通りだ、許してくれ!」

 そして、両手を床につけ、頭をこすりつける。

 深々と、潔い土下座だった。

 だが、夏美の唇はフルフルと震え、表情は怒りで染まっていた。


「そんなことをしても、パパは私のことを何が分かっているっていうの⁉ 薄っぺらいのよ! 私が今までどれだけ頑張ってきたと思ってるの⁉ ネオちゃんと出会って、今まで魔神少女として、怖い思いをして戦ってきて! それを子供だからの一言ですませるの⁉ ふざけないで! 私だって、全てをかけて魔神少女をやってきたの‼ それを大人だからって横からいきなりかっさらわないでよ‼」


「…………!」

 土下座の姿勢のまま、夏美のお叱りをただ黙って受ける。

 そうだ。そうなのだ、自分は夏美の事を何も解っていないのだ。

 丈は懺悔した。

「俺は、魔神少女エンシェントフェアリーズの活動もろくに知らない。警察という立場上、調べられたというのに、自分たちの娘がやっていることだと知ろうともしていなかった。だからこの事態を招いた。そのことをここで深く謝罪する。本当にすみませんでした!」

 心からの丈の謝罪だった。

「お前のプライドを傷つけた。俺は踏み込んじゃいけない領域を土足で踏み荒らしていた。だからお前に返すよ」

「…………ハァ」

 顔を上げて、腰のフェアリーチェストを開ける。

 サンシャインブーケは呆れたように嘆息し、手を伸ばした。

「最初から素直にそうしてればいいのよ。無駄に周囲に恥をさらして……」

「いや、無駄じゃない」

 丈がフェアリージュエルをフェアリーチェストから外した。



「お前の本気の声が聞けた」



 サンシャインブーケの手のひらにフェアリージュエルを乗せる。

 丈の手からフェアリージュエルが離れたことによって、丈の変身が解けていく。

「全く……もう……」

 サンシャインブーケの苦笑いと同時に、フェアリージュエルが光を放ち、サンシャインブーケの全身を包む。

 光が彼女を包むドレスを引き裂いていく。

 闇の力から解放されていく間、夏美は気持ちよさそうに目を閉じていた。

「んん……」

 夏美の胸の中心から黒い触手の生えた種が零れ落ちる。

「これが、ダークシード……」

 地面に落ちたダークシードは粉となり消えていった。

「もう、これからは気を付けてよ。パパ」

 元に戻った夏美はフェアリージュエルを握り締めて丈へ微笑んだ。

「ああ、もう二度と、魔法少女に変身しようとは思わない」

「当たり前、っていうか、ちゃんと服を洗濯してよ。タバコ臭いのよ」

 フェアリージュエルを握り締めた拳を丈の胸に当てて微笑む。

 ああ、これからだ。ようやく自分は親子としてスタートラインに立ったのだ。丈はそう思った。

 橘家の親子喧嘩はここで終わった。

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