第42話 大人として、、、

 ローズブーケの横を二人の男が通り過ぎる。


 大きな、たくましい二つの背中―――。


「湊さん……丈さん………」

 湊と丈がネリネブーケとサンシャインブーケの前に立ちふさがった。

「間に合ってよかった」

 湊が静かに言い、

「娘たちがああなったのは、ダークシードだけじゃない。俺たちの不義理がそもそもの原因だ。春奈ちゃんだけのせいじゃない」

 丈が気にするなと振り返らずに手を振る。

 二人の父親が到着したことに明らかにネリネブーケは不機嫌になった。

「おじさんたちはお呼びじゃないんだけどなぁ」

「この距離でもタバコ臭いから帰ってくれる?」

 鼻をつまみ、顔を嫌悪感で染め上げるサンシャインブーケ。

「いや、帰らないぞ。夏美、お前を連れて帰るまで」

「だから! サンシャインブーケだって言ってるじゃん!」

 「夏美」と呼ばれ、噛みつかんばかりに否定する。

「やるぞ、湊!」

 丈が手を握るように伸ばす。

「ああ、丈!」

 固く、その手を握る。

「え⁉」

 二人が手を握ると同時に後ろの春奈が声を上げた。

「……何だい春奈ちゃん、いきなり驚いたような声を出して」

「こ、ここで変身するんですか⁉ っていうかなんで変身してこなかったんですか?」

「あ」

 ふと我に返る湊。

 周囲を見渡す。

 自分の職場がある商店街のど真ん中、常連やよくおすそ分けをもらったり、回覧板を回したりして顔を合わせている人ばかりだ。

 その知り合いの衆目の中で、自分は今、魔法少女に変身しようとしている。


「そういえば、何で変身してこなかったんだろう……?」


 一応、変身後は妖精の力で顔は丸出しなのだが、変身前と一致しないようにする認識阻害の魔法を放っている。まぁ、関係性があまりにも近いと効かないが……湊がエンシェントネリネの正体に気づいたように。真冬がロットンハウタニアの正体にすぐに気づいたように……。

 そして、目の前で変身すればその魔法は効かない。

「今更何を言っている! 湊、やるぞ! もうここまで来たんだ! やるぞ!」

 丈がフェアリージュエルを握り締めた手を掲げる。

 彼にしては珍しく変身したがっているが、耳が真っ赤に染まっている。

後には引けなくなって、もうヤケなのだろう。

「いや、一旦隠れて変身してきた方がいいと思いますよ⁉」

 やめておけと、春奈は慌てる。

 湊は、心配そうに自分を見つめる人々を見渡し、首を振る春奈を見つめた。


「丈、春奈君、僕は大人だ」


「それがどうした⁉」

「いや、それはわかってますけど⁉」

 以前に、湊は春奈に言った。


『春奈ちゃん、これが恥も外聞も捨てた大人の姿と力だ。はたから見て恥ずかしいかい?』

『君も真冬も倒せなかった強力な敵を倒した。それができるほど、何にも捕らわれていない想いの力は強い。何でもできる。空気なんて読むな。自分の想いの障害になるものなんて気にせず置いていけ』


 そう、彼女の眼を見て、彼女を勇気づけるために言った。

 湊は、フェアリージュエルを天に掲げた。



「大人は一度言ったことを曲げない」



 湊と丈は互いを見つめ合い、頷いた。

「「プリティ……!」」


「やめてよ! お父さん!」


 ネリネブーケ、いや、真冬が目に涙をためて叫んだ。

「もうやめてよ! 父親がこんな人前であんな格好になるなんて、一生モノの恥になるじゃない! それだけはやめてよ!」

 闇落ちしたネリネブーケであることも忘れて大場真冬として、必死に湊を止める。

「真冬……」

 一方、サンシャインブーケは射殺さんばかりの鋭い眼光を丈に向けていた。


「変身するな変身するな変身するな変身するな……変身したら殺すからね、パパ……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロ……」


 ブツブツ物騒なことを言い続けていた。まるで丈を呪おうとするように。

「夏美……」

 二人の空に掲げた手が下がっていく。

「ねぇ、闇落ちしたのは私が悪かったからさ。それだけはやめて……本当にやめて……お願いします」

 ネリネブーケが深々と頭を下げ、

「絶対にやめてよね、パパ‼ 本当に変身したら殺すからね! いや、もう変身しなくても殺すけど!」

 サンシャインブーケが指を突き立て、必死にやめろと二人を止める。

「あ、あれ? 口調が元に戻ってる……湊さん、もしかしたらうまく説得できれば変身しなくても真冬ちゃんを元に戻せるかもしれないですよ!」

 恥を(そこまで)かかずにすべてが丸く収まる道が見えてきて春奈が手を叩いて喜ぶ。

「湊のおっさん、湊のおっさん……」

 ネオが湊の耳元まで寄って、ささやく。


「ネリネブーケの洗脳が解け始めて、大場真冬が表に出始めている。今フェアリージュエルを真冬に渡せば、もしかしたら洗脳が解けるかもしれない。失敗したらラファエロにフェアリージュエルが渡る危険な賭けだけど、やってみる価値はあるよ」


「…………」

 湊は目を閉じた。

 そして、ゆっくりと口を開く。



「大人は一度言ったことを曲げない」



「え⁉」

 ネオと春奈が驚く中、丈とつないだ手を強く握りしめる。

 天にフェアリージュエルを掲げる。



「「プリティッッ、プリティッッッッ、オンッッステェェェェッッッジ‼」」



 大気が震える。

 今までで一番気合が入った掛け声だった。

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