第41話 ローズブーケvsツインブーケ

 商店街のタイルが割れ、ローズブーケの体が大地に埋まる。

「うぅ……!」

 鎧が砕け、ボロボロのローズブーケを二人の闇の魔法少女があざ笑う。

「ア~ッハッハッハッハ! 無理をせずに大人しくしてればやられなかったのに」

 高らかに足を上げ、ゆっくりと降ろしていくネリネブーケ。その足に纏った邪気がスゥッと消えていく。

「私たち二人に勝とうとするなんて本当にお馬鹿さん」

 ネリネブーケの隣で嘲笑するサンシャインブーケの周囲にはありとあらゆる刀剣が刺さっていた。

 三人のラファエロの怪人たちの戦いを見つめていた商店街の人々は口々にささやき合った。

「おい、負けたぞ?」

「ローズブーケってそもそも味方?」

「どうなってるんだ? 俺たちどうなるんだよ」

「それはここで酒に侵され、脳細胞を破壊し、廃人になるのよ! やりなさいD・ワイナリー‼」

「ワイリ~‼」

 D・ワイナリーのガラス面から光線が発射され、命中した人間を次々と酔わせていく。

「きゃああああ……はははっはは!」

「うふふふ、酔っちゃったなぁ……」

「酒に酔うだけ、なら、別ぅに……」

 ネリネ部ブーケの口角が上がる。

「そうよ、だけど知ってる? アルコールは脳に達するとニューロンっていう脳細胞の結合組織にダメージを与えて、破壊するって学説。D・ワイナリーが生み出すアルコールは通常のアルコールの百倍の速さでニューロン末端樹状突起を破壊する!」

「………つまり?」

 ネリネブーケの説明が難しく、光線を免れた男が尋ねる。

「光線を浴びて三時間後にはみんな廃人になるってこと」

 ネリネブーケがニタァッと笑い、

「そんなことさせない!」

 不安に包まれる人々の声を聴きながら、ローズブーケは立ち上がろうとする。

「まだやるのぉ? D・ワイナリー、やっちゃいなさい!」

「ワイリ~~~~!」

サンシャインブーケの声と共に、D・ワイナリーが咆哮を上げ、大地を踏み鳴らしながらローズブーケへと接近する。

「あぁ……ローズブーケが……」

「逃げて、ローズブーケ!」

 人々の声を聴きながら目を閉じる。

 あの人たちが来てくれるまで時間を稼ぐ……心のどこかで、そう思っていた。倒そうという気合がなかった。

「やる」

 目を見開き、手を伸ばす。


「誰か、長物を! 竿でもモップでも何でもいいです!」


 商店街の人々に呼びかけるが、皆顔を見合わせるだけで、何もしようとしてくれない。

「だって、ローズブーケじゃないか」

「あいつにこの間角刈りにさればっかりだしなぁ」

「俺の彼女はまだ泣いてるぜ」


 ダメか……!


「これを使いな!」

 おばさんの声と共に長い棒状のものが投げられる。

「これは……これは、本当に何?」

 外側は固いが内側がフワフワしている。暖かく、焼跡がある。小麦色の。


「ウチの特製フランスパンだよ!」


 だが、長さが異常だ。成人男性を超える、二メートル近くある。

「おい、お前、あいつラファエロの怪人だぞ」

 フランスパンを投げたパン屋のおばさんの旦那さんらしきエプロンを付けた中年が注意する。

「いいじゃない。だってうちパン屋だもの」

 おばさんは何が悪いと胸を張り、

「……ありがとう、使わせてもらいます」

 ローズブーケはフランスパンを握り締めて、懐から五百円を投げた。

「おっと」

 おばさんが何とかキャッチする。

「ありがとう、パン屋のおばさん! おつりはいならいよ!」

「足りないよ! それ六百八十円!」

「…………」

 無駄に高いな。

超ロングフランスパンをしならせる。

「これ媒体になるかな……なった!」

 ロングフランスパンが黒い茨のムチに変化する。

 向かい来るD・ワイナリーへ向けて、体操選手のリボンのように、螺旋を描いて回転させる。

「私は勝つ! 皆のために、真冬ちゃんのために!」

 黒い茨が描く螺旋が高速化し、ローズブーケ自身も包む。



「ローズソーンタイフーン!」



 茨の巨大なドリルがD・ワイナリーへ向けて放たれる。

「ワイリッッ⁉」

 そんな技を繰り出すと思っていなかったのか、D・ワイナリーの足が止まった。

 完全に停止したD・ワイナリーの胴の中心を、ローズブーケが茨の螺旋で射抜く。

「へぇ、やるじゃない……」

 自分が生み出した魔人がやられたというのに、ネリネブーケは嬉しそうに笑った。

「ピリオドを打たせてもらったわ」

 茨の螺旋の勢いが弱まり、ローズブーケが地面に着地し、D・ワイナリーは断末魔も上げずに光の粒子となって天に上った。

「お、おおおおおおお! 倒した、倒してくれた!」

「勝った……」

「ローズブーケが……味方になった!」

 歓声を上げて喜ぶ商店街の人々。

「えへへ……どうもどうも……」

 ローズブーケは照れくさそうに頭を掻きながら、歓声を受ける。

「あんた食べ物を何に使ってるんだい⁉ 食い物を粗末にするんじゃないよ!」

「あぁ! 大丈夫です! これもとに戻せますから! 後で食べるから大丈夫です!」

 パン屋のおばさんに怒られて、慌てて言い訳をするローズブーケ。

 上空から拍手が響く。

「いやぁ~、いい技だった! でも、まだ勝利の余韻に浸るのは早すぎるんじゃない?」

 サンシャインブーケがビルの淵に座ったまま拍手をし、ネリネブーケは笑顔を浮かべたままローズブーケを見つめ、

「凄いね。ローズブーケ、どうする? このまま続ける? 私はどっちでもいいよ?」

 挑発的に首を傾げた。

 ローズブーケの後ろには人々がいる。

「当然」

「そう」

 ネリネブーケとサンシャインブーケがビルから飛び降りて、ローズブーケと同じ地面の上に立つ。

「やめるんだ! 春奈!」

 いつの間にかすぐそばにイルカの妖精、ネオがいた。

「ネオ……くん、だっけ? いつの間に」

 正直、あんまり絡みがなかったのでほぼ初めて話す、名前もろくに覚えていない。なのに、ネオはこちらを呼び捨てで呼んでいる。

「ずっと、D・ワイナリーの中に閉じ込められていたんだ! だけど、胸の中心が弱点だって言い続けて、春奈は僕の指示通りに胸の中心を貫いてくれた!」

「…………」

 そんな指示知らん……。

 D・ワイナリーのガラス面は黒張りで中に何があるのかは見えなかったし、戦闘の音で声も聞こえなかった。

「やっぱり、春奈は味方になったんだね! ちゃんと僕の指示通りに動いてくれたんだから!」

 馴れ馴れしい上に恩着せがましいな。

「………ネオくん、危ないから下がっていて。これから私は真冬ちゃんと夏美ちゃんとガチで喧嘩するから」

「倒すつもりなの⁉ いや、無茶はやめておいた方がいい! 僕が湊と丈のおっさんを呼んでくるから、それまで何とか商店街の人に危害が及ばないように時間を稼いでくれれば……!」

「頼るのと、寄りかかるのは違うから、あの二人がああなったのは私のせい」

 だから、

「私が決着をつけないと――――」



「いや、君だけのせいじゃない」



 ポンと、肩に暖かい手が置かれた。

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