第40話 ブレていても、私は私。

 所咲商店街では、D・ワイナリーが猛威を振るっていた。

「ワイリ~~~~~!」

 ボトルが敷き詰められたガラス張りの冷蔵庫。それに手足が生えたようなフォルムをしているD・ワイナリー。

「ワイリ~~~~!」

「あ……ぁ、へろへろへろ……」

「今日はもう仕事なんてやめだぁ!」

 顔を真っ赤にした人々が道端に転がる。彼らは完全に酔っぱらっていた。

 そのガラス部分から照射される赤色の光線が次々と商店街の人を襲い、へべれけにさせていく。


「ア~っハッハッハ‼ もっとやりなさい! D・ワイナリー! このネタ誰かもやってたなぁ……」


 建物の上で高笑いしていたネリネブーケ。だが、段々テンションが落ちていく。

「ローズブーケと全く同じ高笑いよ。ネリネブーケ」

 その隣で座ってブラブラと足を揺らしているのはサンシャインブーケだ。

 彼女たちは楽しそうにD・ワイナリーが街を荒らしているのを見続けている。

「そして、また同じネタを使いまわす人がもう一人……」


 振り返ると彼女たちの背後には春奈が立っていた。


 凛とした表情でネリネブーケ、サンシャインブーケを見つめている。

「また、あのおっさんたちが来るまでの前座でもやるつもり? ローズブーケ」

「そうね。でも、私が貴方たちを倒すかもしれないわね」

 春奈が眼鏡をはずし、黒いマントを羽織る。

「倒せると思ってるの? ずっと勝てなかったあなたが」

 サンシャインブーケが挑発する。

 春奈の体を邪気がまとい、鎧を形成し、静かにローズブーケへと変身する。

「思っているよ。だって、貴方たち私のこと大好きじゃない」

「…………」

 ネリネブーケとサンシャインブーケの春奈へ向ける眼光が強くなる。

苛立ちが込められた目を向けられても、春奈は平然としている。

「じゃないと、ダークシードの力で悪人になった時、「ブーケ」って私のコードネームをなぞらないもの。私を会社に戻るように言ったのも一緒に活動したかったからでしょ?」

「………!」

 サンシャインブーケの体が沈み込み、銃弾のごとく春奈へ向けて突撃する。

「だ! から…………」

 サンシャインブーケの手刀を何とか食い止めながら、春奈は笑った。

「大好きな貴方たちを私が止める。私だって、ずっとあなたたちと戦ってきたのよ。手の内は……」

 サンシャインブーケの右手が発光する。

「ロック」

 春奈の背後に十字と丸が組み合わさった魔法陣が出現するが、ひらりと回転して躱し、サンシャインブーケの背後に回る。

「オ……」

「読めてる!」

 裏拳で、サンシャインブーケを吹き飛ばす。

「きゃあああああ!」

 吹き飛ぶサンシャインブーケにちらりと眉を動かすだけで、ネリネブーケは春奈から視線を外さない。

「ダークシードの力も振り払えないものが何を……」


「ホ」


 ローズブーケの口に手が添えられ、彼女は胸をはった。


「ホーッホッホッホッホ‼ ホーッホッホ……ゲッホゲホッゲホッ‼」



 高笑い。そして、むせた。


「我が名はローズブーケ! 悪の力を持つ女! だが、それを否定する気もない! 私は光と闇を抱きしめて新しい道を進む。それが私の選んだ道!」


「チッ、何をいまさら格好をつけて……死んだとか言ってたくせに、ブレブレじゃないか」

 舌打ちをすると、ネリネブーケは拳を振り上げてローズブーケへ駆け出す。


          ♥       ♥      ♥


「ブレていようが、前に進む! 体が震えていても、足を踏み出せば前に進めるのだから!」


 ネリネブーケの拳を受け止めた上で、ローズブーケは前に一歩踏み出した。


「お~い、丈いるんだろう?」

 湊は丈のマンションへやってきた。


 ピンポ~ン!


 殺気から何度もチャイムを押し、部屋の扉を叩いているのだが、一向に丈は出てこない。

「おーい」

「なんだよ……」

 玄関の扉が開き、ようやく丈が姿を現した。

「おぅ……ひどいな」

 丈の眼にはクマがあり、頬もどこか赤く、完全にバッドコンディションだった。

「ラファエロの怪人が出た。引き連れているのは真冬と、夏美だ」

「……!」

 疲れていた丈の眼に一瞬気力が宿る。だが、すぐにその気合も霧散し、

「そうか……どうせ俺には何もできない」

 そう言って扉が閉じられようとする。

「待て待て待て、これを見ろ」

 体を強引に割り込ませ、丈にダークシードの説明書を渡す。

「これは?」

「ダークシードの説明書だ! 真冬と夏美ちゃんを洗脳している」

「!」

 丈の眼に活力が完全に戻り、説明書に目を走らせる。

 一通り読み終わり、説明書を閉じて拳を握る。

「つまり……心の傷を修復できれば、夏美は元に戻るってわけだな」

「そして、それができるのは彼女たちの心を傷つけた俺たちだけだ」

「…………」

「丈? どうした、なぜ動こうとしない?」

 救う方法が分かったというのに、丈は拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。

「俺に救えるのか? 俺は元々夏美に嫌われていたんだ。だから、さらに傷つけるだけだろう……」

 ためらい、拳を震わせる丈に湊は同情の眼を向ける。

「丈、夏美ちゃんが君を嫌うのはそういうところだ。ろくに見もしない、試しもしないのに決めつけてる。自分の殻の中に閉じこもって、否定されるのを恐れている」

「……俺が?」

 丈が眉を顰める。

「もっと人を信じてみろ。夏美ちゃんも、お前自身も」

「…………あ~」

 丈は釈然としないように、頭を掻いて下を向いた。

「あ~、そうだな、そうしてみるわ。確かにお前が言ってることは正しい。そんな気がする。だけど、この世界の誰よりも、お前にだけは言われたくはなかったよ」

「それはどうして」

「わかっていない奴にわかったようなことを言われるのは何とも腹立たしいぞ。お前が一番、人も自分も分かっていないくせに」

 じろりと湊の顔を見上げる丈。

「この僕が?」

 自分の胸に手を当てて尋ねる。

「お前は俺の逆だな。人を信じすぎてる。自分がどんなことをやっても許されると思っているんだ」

「そんなことはない」

 すぐに湊は否定した。

 丈は「だからわかってないんだよ」とつぶやき、扉を開けた。

「よし、行くか。娘を救いに」

 湊はにやっと笑い拳を鳴らした。

「ああ、行こう。世界を救いに!」

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