第39話 中断される生きがい

 翌日から、湊は「ザルクシックス」を閉じ、家にこもってある作業をしていた。

 リビングのカーテンを閉め切り、テーブルの上に工具を散らしている。

 その作業も今は一時中断し、亡き妻である恵の写真が飾ってある仏壇の前で手を合わせている。

「恵さん、ようやく僕たちの娘も反抗期だよ。少し規模のでかい反抗になっちゃったけど、何心配いらない。僕が絶対に取り返して見せるからね」

 祈るように湊はフェアリージュエルを握りしめる。

 そして、決意も新たに立ち上がり、仏壇からソファーに移動する。


 現時刻は朝の八時半。


 テレビの電源を付ける。


『みんな~、あつまれ~! 魔法少女ミラクル・ミライ! はっじまっるよ~!』


 テレビに映る、ミラクル・ミライを見ながら微笑む。

「さて……」

 ソファの上に工具を置き、棒に鉄板をはめ、ネジを巻く作業をしながら、テレビでは『ミラクル・ミライ』を再生し続ける。


 ピリリリリリリリ………!


 湊の携帯が鳴る。

「こんな時に……春奈ちゃん?」

 電話をかけてきたのは本郷春奈だった。

「もしもし?」

『湊さんですか? 今どこにいます?』

「家だけど」

『商店街が大変なことになってるんですよ!』

「商店街?」

『真冬ちゃんたちが来ました!』

「!」

 端的に告げられる。

それはつまり、ラファエロの怪人として、ネリネブーケとサンシャインブーケとして街にマイナスエネルギー収集の任を帯びてきたということだ。

『D・ワイナリーっていう……冷蔵庫みたいなやつを引き連れて……キャ!』

 電話の後ろが騒がしくなり『ワイリー‼』という叫び声が聞こえる。

 そして、ブツッと電話が途切れてしまう。

「春奈ちゃん⁉ 春奈ちゃ……! クソ、こんな時に……!」

 D・ワイナリー、冷蔵庫みたいな魔人だと言っていたが、いったい……。

「ネオ! ネオ君⁉ ラファエロの魔人が……」

 呼びかけてもネオからの返事はない。

 そういえば、ワイン専用の冷蔵庫、ワインセラーに昨日閉じ込めて、そのあと出した覚えがない。

 まさか……D・ワイナリーとはワインセラーの、しかも「ザルクシックス」のワインセラーの魔人か⁉

「くっ……まだ未完成だし、『魔法少女ミラクル・ミライ』が始まったばっかりだっていうのに!」

 テレビでは『魔法少女マジカル・ミライ』の変身前の姿が、学校へ登校中の光景が映し出されている。まだ敵も出ていない。番組は始まったばかりだ。

 一週間の内、これを見ることだけを生きがいしてきた。

「ままよ!」

『みんな、おは……』

 ブツッ!

 テレビの電源を落とす。

 そして、フェアリージュエルを握り締めて、窓の外を見つめた。

「待っていろ。真冬! 春奈ちゃん!」

 リビングから出ていく湊。

 生きがいのリアルタイム視聴という一週間で最大の至福の時に背を向けて。


 ただ、娘のために。ただ、自分を信じてくれた女のために!


 だが、DVDレコーダーの録画機能はしっかり働いていた!


 ネオがいたら、そんなことで悩んでないでとっとと行けと言っただろう!

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