第37話 真っ白な紙

 ネリネブーケ、サンシャインブーケは新橋にあるラファエロの本社に行き、グンジョウ亡きあと、ラファエロ超常力回収課に配属された。

「あの~、お茶が入りましたよ~」

 卑屈な笑いを浮かべながら、お盆に二つの湯飲みを乗せたローズブーケが歩いてくる。

 やはり、彼女の退職届は本社に届けられてはおらず、まだ社員扱いだった。

 書類が山積みのデスクに置き、そこに座るネリネブーケとサンシャインブーケにじろりと睨まれる。

「あ、の……何か?」

「ローズブーケさん、この課、全然結果を出していないじゃないですか。マイナスエネルギー集めも滞っているし」

 棒グラフが書かれたレジュメを放り投げ、ネリネブーケがローズブーケを責める。

「んなこと言われても……それは貴方たちが邪魔をしたから……」

「んん? 何か言いました? ローズブーケさん?」

 威圧するネリネブーケ。

「ヒィ……グンジョウさんと全く同じ感じ……ハァ……ねぇ、真冬ちゃん。もうやめない?」

 じろりとローズブーケを睨みつけるネリネブーケ。

「やめるって何をやめるっていうの? まだ私たち、この会社に来て何の成果もあげてないのよ? それなのに退職したら、またゆとりかって言われてゆとり世代の風当たりが強くなるじゃない」

 ネイルの手入れをしながらサンシャインブーケが言う。

「いや、もう新人は悟り世代……じゃなくて。湊さんも、丈さんも心配していると思うよ。早く家に帰ろう」

「帰れるわけがないじゃないですか。あんなクソ親父たちの家に」

 憎々し気に吐き捨てる真冬。

「娘の変身道具勝手に使って、魔法のステッキ折って黙ってたんですよ? 許せるわけがないじゃないですか」

「それは、真冬ちゃんを守るために……」

 サンシャインブーケのネイルの手入れが止まる。嫌なことを思いだしたかのように眉にしわが寄り、

「じゃあなんで、変身した後にタバコ吸ってたの? 後に使う人の事の事を考えたらそんなことできないはずだよねぇ」

「そ、それは……」

「私たちに嫌がらせがしたいんだ。だから、あんなことを」

「そんなことない! 真冬ちゃんたちも分かってるでしょう?」

 机を叩いて反論するローズブーケ。

「そんなことを思うのは、ダークシードの力が宿っているからでしょう⁉ だから、そんなネガティブな感情を持っちゃうのよ。真冬ちゃん、夏美ちゃん! 闇の力に打ち勝って!」

「……そんなこと言って、春奈さんもできてないじゃないですか」

「……!」

 春奈はローズブーケの、今の自分の姿を見下ろして息をのむ。

「帰ってきて調べたら、春奈さんの怪人化にはやっぱりダークシードを使っていたじゃないですか。自分の闇を振り払えない人が、闇を振り払えなんて笑っちゃいますよ」

「………ッ!」

 そこまで言わなくてもと思ったが、ローズブーケは反論できなかった。

 夏美が突然、腹を抱えて笑い始めた。

「ハハハハハッ! 結局何もできていない。グンジョウ相手にあれだけ啖呵切っておきながら、結局何もできていないじゃない! ア~ハッハッハッハ!」

「………ッ!」

 拳を握りしめる春奈。

 露天風呂ではあれだけ励ましてくれた真冬と夏美が一転してこうなってしまうなんて、春奈の心は折れそうになる。

 ネリネブーケの言葉通り、春奈の体は面接に行った初日にダークシードを胸に埋め込まれ、ローズブーケに変身できるようにされてしまっていた。その時に心の傷を受けて、そしてそれは、目の前の元魔法少女たちとその父親の手によって修復された、はずだ。

「真冬ちゃん、夏美ちゃんはそんなことをいう子じゃなかったはずよ? とにかく、湊さんと丈さんのところに戻りましょう」

「頭ごなしにそんな事を言って。大人は自分のやりたいことを押し付けて、子供の言うことは聞いてもくれない。子供のためって言っておきながら、結局自分のためじゃない。本当は春奈さんはお父さんのこと好きなんでしょう? その点数稼ぎのために私を戻したいんじゃないの?」

「え………」

 そんなこと思っても見なかった。

 春奈の思考は停止し、言葉に詰まっている間に、ネリネブーケの顔が歪んでいく。

「みんな大っ嫌い!」

 引き出しを開けてボタンを押す。

「え」

 ローズブーケの足元の床がぱかっと開き、落とし穴になる。

「そんな古典的な……!」

 ローズブーケの体が穴に吸い込まれ、

「…………ッ!」

 とっさに、ネリネブーケの机にしがみつこうとして、手を伸ばす。

が、つかみ損ねる。

その上にあるクリアファイルを掴むだけで、穴に落ちてしまった。

ローズブーケを落とした穴が閉じられる。

「いいの?」

「いいのよ」

 サンシャインブーケが心配そうに尋ねるが、ネリネブーケはローズブーケがいた穴をじっと見つめて頷く。

「ローズブーケはどこに行ったの?」

「株式会社ラファエロの地下部署。一生書類整理をするだけの牢獄。地下三千メートルの個室で、地上に出られる穴は一切ない。地下のアルカトラズよ。そこから出られた社員は誰もいない」

「うわぁ……鬼畜ゥ」


          ♥       ♥      ♥


「そこからなんやかんやあって戻ってきました」

「なんやかんや……」

 「ザルクシックス」であらかたラファエロ本社で何があったか説明した春奈は照れくさそうに頭をかく。

 話を聞いた湊は頭を抱えた。

「じゃあ、春奈ちゃんはこの三日、真冬と夏美の部下になって働いていたんだね?」

「はい、グンジョウさんが突然いなくなった引き継ぎがあって……」

「で、会社は辞めたの?」

「そのうち……」

「…………」

 気弱に呟き、俯く春奈に、湊とネオは顔を見合わせる。

「あ、でも、ただ漠然と会社に残り続けたわけじゃないんですよ」

 春奈は鞄からクリアファイルを取り出し、カウンターに置く。

「これは? ダークシードの……説明書⁉」

 クリアファイルの上部にマジックペンでそう書かれていた。重要そうな書類の割には随分くたびれたファイルだった。

「ええ、脱出する寸前にそれを抜き取ってきました」

 湊が急いで目を通す。

 説明書にはあらかた、ダークシードの発動方法と、注意点について書かれていた。

「注意点に絶対に食べないで下さいと書かれているな……」

「…………」

 子供が口に放り込んでいる絵と、『NO EAT‼』と下に赤字で書かれてある。

「ついでに、春奈ちゃんにはどうやってつけられているんだい?」

「見えないんですけど、胸の中心に。埋め込まれると体に沈み込んで、違和感なく溶け込むらしいんですよ」

「なるほど……あ、あった解除されるケーズ」

 後半のページに注意点の中に、『ダークシードが解呪されるケース』の項目が載っていた。


「何々……『心の傷が埋まれば、自分に自信を持ち、ダークシードの力を捨てようと強く埋め込んだ相手が念じた時、心の力に負けてダークシードは解呪されます。なので、常にダークシードを埋めた相手は追い込み続けましょう』……」


 ジト目で春奈を見やる。

 春奈は気まずそうに眼を逸らす。

 あれだけみんなで励ましたのに、未だに春奈は自分に自信を持てないということか。

「人間そんな簡単に変われないってことか」

「こら、ネオ君」

 ネオがボソッと呟き、湊は𠮟りつけるが、実は湊も同意見だった。

「いえ、だけど、これには訳があってですね……」

 わたわたと慌て始める春奈。

「自分が退社してるか確かめた後は、きっぱりとラファエロ抜けようと思ったんですよ。でも、ほら、こうやって会社にいた方が、都合がいいじゃないですか。ダークシードの情報も抜き取れたし!」

 必死で言い訳をし、クリアファイルを指さす春奈。

「つまり、君はあえて敵側にい続ける道を選んだと」

「そういうことです。なりゆきでしかたなくです」

 春奈の眼は自信に満ちていた。

「……そう言うことなら仕方がない。つまりは真冬とのわだかまりを解かなければネリネブーケのままというわけだな」

「そういうことです」

 クリアファイルを投げ、伸びをする湊。


「じゃあ、戦うしかないな」


「「え⁉」」

 湊がとんでもない発言をして、ネオと春奈がぎょっとして見つめる。

「わだかまりを捨てるには拳で戦うのが一番だ。今、過去、未来も正義の魔法少女と悪の魔法少女は拳で戦って分かり合ってきた。僕もそれに倣おう」

「そいうところがわだかまりを生んだと思うんですけど……」

「そのためには準備が必要だな……しばらく店を閉める」

 湊がコップやワインをしまい始める。

「準備?」

「ああ、春奈ちゃん。僕に三日間だけ時間をくれ。そして、僕をラファエロの本社に案内してくれ。殴り込みだ」

「………真冬ちゃんたちを元に戻す勝算があるんですね」

「……ああ」

 湊は微笑み、フェアリージュエルを見せつけた。

 ネオと、春奈はその顔で一気に不安になったが、ぐっと飲みこんだ。

「わかりました。では、三日後に決戦ですね。でも、丈さんは……? 丈さんがいないと変身ができないんじゃ……」

「丈なら大丈夫、あいつは勝手に立ち上がる。そんなに弱いやつではないよ。僕は丈を信じている」

「そうですか、では……私は先に帰りますね」

 扉へ向けて歩き始める春奈。

 だが、手をかけた瞬間、ピタリと足が止まる。

「湊さん」

「ん?」


「実は、私の小説真っ白なんですよ」


 湊に背を向けたまま告白する。

 背中越しでは春奈の表情は見えない。

「実はこの半年、全く書けていないんです。真っ白な原稿を広げてこの席に座っていました」

 春奈がずっと座っていた席を撫でる。

「真白な紙を広げるだけの私が、本当に面白い小説をかけると思ってますか?」

 湊に背を向けたまま、問いかける春奈。

 その声から感情は全く読み取れなかった。ただ、淡々と尋ねていた。

 湊は、フッと肩の力を抜いた。


「真っ白ということは、これから何でも書けるということじゃないか」


「まぁ、それはそうですけど」

「…………」

 あれ? 思ったより反応が薄い。結構いいことを言ったつもりなのに。


「決まっていない道筋をたどるよりも、自由な海の上へ船を出そうと決めたんだ。じゃあ迷うな。迷わず行けよ、行けばわかるさ」


「……もっと猪木っぽく」

 春奈のリクエストに応えて、あごを突き出す。


「迷わず行けよッ、行けばわかるさッ!」


 バタン……。


 扉が閉じられた。

「……………」

 リクエスト通りやったというのに、春奈はなんの反応もせずに店を出ていった。

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