第35話 闇のツインブーケ

「な、なんだその恰好は⁉ 真冬!」

「そんないかがわしい恰好を許した覚えはないぞ! 夏美!」


「うっせぇ~‼ あんたたちに言われたくねぇ~んだよ!」


 今まで聞いたことのない反抗的な口調で噛みつく真冬。

だが、言っていることは正論だ。

「夏美‼ そんな服脱いでしまえ! 普通の格好になって旅行を……!」


「楽しめるわけ、ないでしょ? それに気やすく名前を呼ばないでもらっていい? もうあなたの娘と思うだけでも嫌なのに」


「はぐぁ……!」

 ショックで固まる丈。

 真冬と夏美は二人そろった動きでドレスをなびかせ、左右それぞれに広がっていくスカートは漆黒の二対の翼を思わせた。

「もう、現世の、というより、貴方たちの娘の名前は捨てた。我が名はネリネブーケ」

 真冬が丁寧に一礼し、


「あたしの名はサンシャインブーケ。今後はそう呼ぶように」


 夏美が一礼する。

「何を言っているんだ! 真冬!」

「自分の名前を勝手に変えることはできないぞ、役所に届けないと! 夏美!」

「…………」

 早速、捨てた名前を言われてカチンとネリネブーケ、サンシャインブーケが眉尻を上げる。

「真冬! 魔法少女の格好をしていたことは謝るから! 帰って来い、真冬! 何が何でもお前は真冬だ! 真……ギッッ!」

「中二病もたいがいにしろよ、夏美! この魔法少女のコスチュームは無理やり湊に着させられたんだ夏美! 明日洗って返すから許してくれ夏美! どうかこの通りだ! 夏……ぐはっ!」

 一瞬で湊と丈に、接近した二人の悪落ち魔法少女の拳が刺さる。

「が、ぐ、ががが!」 


 連打。


 拳でそのまま空中に打ち上げられ、宙に浮いたまま連続攻撃のコンボを食らう湊。

「があああああ‼ 体が削れるッッッ!」

 一方、丈は地面に押し付けられ、ごつごつとした露天風呂の床の上をスライドしていく。   

砂利や岩が突き出た床の上を紅葉卸のようにガリガリと身を削らせながら、丈は地を走り、温泉の湯船に落下した。

「……ラァッッッ‼」

 十六連撃のフィニッシュにオーバーヘッドキックで湊を蹴り飛ばし、丈が落ちた温泉に同様に落とす。

 湯船に深く沈んだ二人の体はやがて浮上し、足だけ水面から突き出る。

両足だけが水から突き出ている光景は、まるで犬神家のようだった。

「はぁ、スッキリ………行こう、サンシャイン」

「ええ、ネリネ」

「~~~~~~~ッッ!」

 サウナの内側からネオがドンドンと叩くが誰も気が付いていない。

 春奈は茫然として、魔法中年がやられるのを見ていいた。

 ネリネブーケとサンシャインブーケが手を繋ぎ、逆の手を前にかざすと、何もない空間に黒い穴が出現する。

 穴へ向けて歩く二人。

「何をやってるの? 早く行くわよ。ローズブーケ」


「私っ⁉」


 ネリネブーケに呼びかけられて驚いて自分を指さす春奈。

「そうよ。貴方も私たちと同じようにダークシードを埋められてラファエロの社員になったのでしょう? だったら、同じグループ、ユニットみたいなものじゃない」

「言い方が……」

 絶妙にピンとこずに春奈は首を傾げる。

「なんだろう、真冬ちゃんアイドルユニットでも組むつもりなのかな……」

「早く立って、ラファエロに帰るわよ」

「あ、でもさっき退職届を出したばかりなんですけど……」

「そんなものはグンジョウと一緒に消えたでしょう。まだあなたはラファエロの社員よ」

「あ……あ~~~~‼」

 ようやく気が付く春奈。

「グンジョウさん……‼ 最後の最後まで私の邪魔をしてッッ! せめて本社に提出してからやられてくださいよ……‼ いや、渡してから時間は経ってるし、もしかしたら本社に提出してからここに来たのかも……確認のためにも、ちょっと本社に行こうかな……」

 春奈は立ち上がり、ネリネとサンシャインに続く。

「~~~~~~~~~ッッッ!」

 ダメだというようにネオが必死に叩く。

一応春奈は気が付き、視線を送るが、


「うんっ!」


「~~~~~~っ!」

 行くなと言っているのに。言いたいことは分かったというように頷いて……実際は何もわかっていない。

 ネリネブーケ、サンシャインブーケと共に空中の穴をくぐる。

 黒い穴が閉じられる。

 露天風呂に二人の娘と、ラファエロから抜けると決意した女怪人の姿はない。

 残っているのはサウナに閉じ込められて汗がだらだらと流れて干物になる寸前のイルカの妖精と、いまだに湯船に頭を突っ込んだまま、足を突き出し沈黙する二人のおっさんのみだ。

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