第34話 悪墜ち魔法少女―――。

「え、あ? 倒した、のか?」

「ん? 何であんなところから?」

 露天風呂から遠くの海で上がった光の柱を見つめる湊と丈。

 二人からすれば、自分へ向けて襲い掛かってきたグンジョウがいつの間にか目の前から消えて、ラファエロの魔人が敗北したときに発せられる光の柱が遠くで突然上がったという状況だ。

グンジョウと魔法の矢の追跡劇はわずか一秒強の時間で、人間の意識がとらえられるものではなかった。

「…………あのラファエロの幹部は来ないな、やっぱり倒したようだ」

 安心し、胸をなでおろす湊。

 緊張が解けたところで、丈をじろりと睨む。

「お前! 何だあの技名は! 初めてだから合わせられないとは思ったが、『魔法の矢』とは何だ⁉ 安直にもほどがあるだろう!」

「仕方がねぇだろ。そんな技の名前なんて普段生活してて考えたこともねぇんだから。お前の技こそなんだよ。わかりにくくて覚えてねぇよ。長ぇし。もっとわかりやすい名前にしろよ」

「マジカル☆レッドバレット・フォトンレイのどこが分かりにくいだ!」

「うわぁ……」

「何をドン引いている⁉ 必殺技というのは恥も外聞もかなぐり捨てて魂のままに唱えるものだぞ! 君のように心を世間体という鎧で覆いつくしている者には一生聞こえない魂の叫びを……否定するのか⁉」

「け、喧嘩はやめてください! どうしてせっかくグンジョウさんに勝ったのに喧嘩してるんですか⁉」

 いがみ合う二人の間に慌てて割り込む春奈。

 ローズブーケの格好のままの春奈を見て、ハッとする湊。

「春奈ちゃん、そういえば君がローズブーケだったんだね。じゃあ、仕事っていうのは……」

「ええ、ラファエロで、悪の妖精の力の源、マイナスエネルギーを集めていました。だけど、勇気をもって、さっき辞表を出しました。もう、ローズブーケじゃありません! ちょっと怪人に変身できる普通の春奈です!」

「怪人に変身できる時点で普通ではないよ⁉」

 思わず突っ込みを入れ、湊が春奈の肩を掴む。

「春奈ちゃん、これが恥も外聞も捨てた大人の姿と力だ。はたから見て恥ずかしいかい?」

「はい」

「即答だね。だけど、君も真冬も倒せなかった強力な敵を倒した。それができるほど、何にも捕らわれていない想いの力は強い。何でもできる。空気なんて読むな。自分の想いの障害になるものなんて気にせず置いていけ」

「……はい」

 笑って、春奈は頷いた。

「まぁ、もうその通りにしてるんですけどね」

「言葉を重ねて魔法少女の格好をしている自分を正当化しようとしているな」

「君たち、僕は今いいことを言ったんだ。だから感動しなさい」

 小さく余計なことを言う春奈と丈。そして、演技っぽく手を広げて感動するように強要する魔法少女の格好をした男、湊。

 その光景を露天風呂の入口で見ている少女が二人いた。



「恥も外聞も、捨てすぎだよ……! お父さん」



「!」

 肩を震わせ、慌てて振り返る湊と丈。

 死んだ魚の眼をして、魔法少女の格好をしている父を見る真冬と夏美が立ち尽くしていた。

 着替え終わって服は着ていたが、髪は乱れ、半開きの口元は震えていた。

「真冬⁉」

「夏美! これには深いわけが!」

「深いわけ……? 聞きたくないわよ」

 吐き捨てるように言う夏美の胸の中心に黒いシミが見える。そのシミは夏美だけではなく、真冬にもあった。

「真冬……その胸のものは?」

「ダークシード⁉」

 春奈が息をのむ。

 黒いシミはよく見ればシミではない、花だった。

 黒いバラのような花が二人の少女の胸の中心で開花し、ツタを体に這わせている。

「ダークシード? 何だいそれは⁉」

「え、そ、それは……」

「私たちを闇落ちさせるためのラファエロの魔法の種よ」

 口をつぐむ春奈の代わりに、真冬が説明する。

「春奈さんが悪のローズブーケだとわかった時は発動しなかったのに、父親が魔法少女の格好してるのを見た瞬間、一発で発動しちゃったよ。ハハ……!」

 自嘲気味に笑う真冬。彼女が説明している間もダークシードのツタは真冬の体を覆っていく。

「真冬、闇の力に負けるな! 強い意思で立ち向かうんだ! 心をしっかりともて!」

「その心を折ったのはお父さんだよ。エンシェントステッキが押し入れにあったのはこんな理由だったんだね。娘の魔法道具勝手に持ち出して使うとかありえない……」

 ダークシードのツタが真冬の頭まで覆いつくし、繭のような形態になる。

「夏美!」

 ツタの浸食は夏美の体にも同様に起きている。

 丈は取り除こうと彼女に近づくが、

「来ないで!」

「……夏美、聞いてくれ! これはお前を守るために」

「守るためでも、そんな恰好しなくてもいいでしょ? 何で父親が娘の服を着てるの?」

「ぐ……っ!」

 言葉に詰まる丈。

「ハァ~……臭いなとは思っていたんだよね」

「夏美?」

 グリッと射殺さんばかりの眼光を丈に向ける夏美。

「変身した後、服から、加齢臭が漂ってきたんだよねぇ~~~~‼」

「夏美っっ!」


「服がタバコくせぇんだよ! クソ親父‼」


 怒りを目に宿したまま、ツタが頭を包み、夏美も植物の繭に包まれる。

「そんな、私のせいで……!」

 春奈が絶望してうなだれる。

「く、真冬!」

「夏美ッ!」

 黒いツタの繭にとりつき、引きちぎろうとする湊と丈。だが、ちぎる度にツタは再生していく。

「くそ! ……あ」

 植物のツタが盛り上がり、湊と丈の体を押しはじめる。

 ダークシードのまゆが膨張している。

「おっさんたち! 逃げて!」

「……!」

 ネオの声が飛び、仕方がなしに退避する湊と丈。

 黒いツタの繭が爆発するようにはじけ飛ぶ。

「真冬!」

「夏美!」


 黒いツタの繭の中から、二つの少女が現れる―――。


 彼女たちは足元のツタを踏みしめて湊たちへ向けて歩み寄る。

 漆黒のドレスに身を包んだ、真冬と夏美だ。胸元と背中が大きく開き、足にはスリットが付いており生足が見える。

 二人の眼は黒くよどんでいた。

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