第31話 実は結界の中にいた二人と一匹

 大きな腕が、白い鎧に覆われた腕をがっしりと掴み、刃を止めていた。

 筋肉のついたごつい、少し毛深い腕、その腕は春奈が毎夜毎夜見続けた、尊敬する腕――。

「湊さん――――」



「ああ、僕だよ」



 大場湊が、その頼もしい背中と笑顔が、そこにはあった。

「何です貴方? どうしてただの人間が……?」

 腕をがっしりと固定されて、グンジョウが憎々し気に湊を睨みつける。


「教えてやろうか? 日々の風呂上がりの筋トレを欠かしていないからだァァァァァ‼」


「な――――――!」

 グンジョウを投げ飛ばす湊。

 グンジョウの体は宙を舞ったが、体勢を立て直して空中に浮遊する。

「真冬、夏美‼」

「ネオちゃん⁉」

 イルカの妖精が飛んでくる。

「どうしてお父さんが⁉」

「実は、湊のおっさんの手にはフェアリージュエルが握られているんだ。湊の春奈さんを守りたいという強い意思が反応して、変身してなくても妖精の力を与えたんだよ」

「ほんと、大した奴だぜ……」

 鼻をかきながら、照れくさそうに丈が夏美たちの横を通り過ぎる。

「パパ……?」

「ああ、いいことを聞いたぜ、つまり変身しなくても戦える。娘たちを守れるってことだな?」

 夏美に任せろというように拳をグッと握り掲げる。

「そうじゃなくて」

 真冬は湊と、丈を交互に見つめた。



「どうしてここにいるの? ここ女湯だよ?」



「…………」

「…………」

 二人は黙り込んだ。

 何故湊と丈の二人が露天風呂の危機的状況を察せたのか、時間は五分巻き戻る。


          ♥       ♥      ♥


 女湯の前で、湊と丈は待機していた。

 暖簾をくぐってイルカの妖精、ネオが顔を出す。

「誰もいないよ。真冬たちも湯船に入ってる」

「つまりはチャンスというわけだね」

「おいおい、完全に犯罪だぜ? 洒落にならん」

「娘のため、そして正義のためだ。仕方がない」

 湊は堂々と女湯の暖簾をくぐる。

 丈は湊に続いて暖簾をくぐろうとして踏みとどまった。

「……ッダメだ! 仮にも俺は警察官だ。こんな覗きのようなまねできるか。外で待ってる。その間に盗って来い」

「覗きではないよ。盗人だよ」

「なお悪いわ!」

 吐き捨てるようにいい、丈は煙草を胸ポケットから取り出して背を向けた。

「仕方がない。もしも見つかった時、警察署の刑事が女湯侵入なんてなったら全国ニュース間違いないからね。丈は外で待機しているといい、行くぞ、ネオ君」

「多分、湊のおっさんが入っても全国ニュースになると思うんですけど……」

 事情を知らない人間からすれば娘の裸見たさに女湯に入り込んだ変態近親相姦願望ロリコン変態野郎と思うだろう。

 その湊は堂々と女湯の更衣室を歩き回り、真冬の服が乗っているバスケットをあさる。

「お、あっさり見つけた」

 蒼いフェアリージュエルを持ち上げる。

 普通に洋服と一緒にバスケットの中に置かれていた。

「不用心だな。こんな無防備に置いていたら簡単に盗まれてしまうぞ」

「こんなふうにね」

 ジト目で湊を見つめるネオ。

「致し方なしということだよ。この世は清廉潔白なだけでは正義は貫けないんだ。夏美ちゃんのものも回収しないとな」

 隣のバスケットから赤いフェアリージュエルを回収する。

「丈は僕に夏美の荷物は触らせたくないとか言っていたが……」

「すっかり忘れて一服してるんじゃないですか? 早く出ましょうよ」


 ガアァァンッ‼


 突然、露天風呂の方からまるで岩が砕けたかのような轟音が響き渡った。

「今の音は⁉」

「何かが起きて……まさか、ラファエロの怪人が?」

 湊は浴場へ向けて駆けだした。

「ちょっと、おっさん!」

「ネオ君、これを丈へ!」

 ネオの呼び止めを無視して赤いフェアリージュエルを投げ渡す。

「……ッ!」

 ネオは口でキャッチし、更衣室の外へ。考えている暇はなかった。

 湊も考える暇はなかった。


 今は、娘のピンチなのだ。

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