第29話 春奈の正体
「え……?」
温泉の白い湯気の中に人影が見える。湯気が晴れていく。
姿がはっきりしていき、それがスーツを着た男だとわかった時には、真冬と夏美は反射的に悲鳴を上げていた。
「「キャアアアアアアアアア‼ へんたぁぁぁぁぁぁい‼」」
「いくら叫び声をあげても無駄ですよ。この空間には結界を張らせていただきました」
この間、襲ってきた敵、グンジョウが女性用露天風呂に堂々と侵入し、無表情で突っ立っていた。
空を見ると薄く緑色の壁が張られていた。あれがグンジョウの言う結界なのだろう。助けを呼んでも音を遮断してしまう。
ジッと真冬と夏美を観察するグンジョウに、二人は警戒し、体に巻いているタオルを強く押さえた。
「ふむ、叫び声は上げたものの、この程度では心に傷など負いませんか。流石はエンシェントフェアリーズといったところ」
「心の傷? 一体何のことよ! グンジョウ!」
真冬は変身しようとポケットに手を突っ込もうとするが、
「……! フェアリージュエルは更衣室に」
風呂場には当然持ってきていない。変身のためのフェアリージュエルは更衣室のバスケットの中だ。
「……ッ!」
「行かせませんよ」
真冬の心を読んだかのように、扉へと先回りするグンジョウ。
「くっ! ここで私たちを始末して、フェアリージュエルを回収するつもりね!」
「ええ、まぁ、若干?」
「若干って……無防備な私たちをここで倒すつもりなんでしょう⁉ この変態金髪スーツ!」
ビシッと指をさされ、グンジョウはわざとらしく胸に手を当てた。
「そんなナイフのような言葉を使わないでくださいよ。貴方たちと違って、私は心が弱いんです。春奈さんと同様に、ね」
「え……?」
「真冬ちゃん⁉ 夏美ちゃん⁉ 今の悲鳴は何っ⁉ どうし……グ……」
湯船から出た春奈が走り寄り、グンジョウの姿を見、言葉をつぐんだ。
グンジョウ、と言いかけた言葉をぐっと飲みこみ、睨みつける。
「こ、この人は……一体?」
「そんな他人行儀な言い方を、しないでくださいよ。は・る・な・さん」
グンジョウは猫なで声で、まるで舐めつけるような視線を春奈に向けた。
戸惑う真冬はグンジョウと春奈を交互に見る。
「どうして敵の幹部が春奈さんの事を知ってるの……?」
「………ッ!」
春奈は歯を食いしばる。この状況はまずい。
グンジョウの意図が分かった。
春奈の正体をばらして、ダークシードを発動させるつもりだ。
「春奈さん? 随分と仲がいい様子ですね。エンシェントフェアリーズと。あの、私の部下である……」
「それ以上言わないで!」
春奈の眼が黒く光り、邪気が全身から発せられて湯気を散らす。
「正体を現しますか? 怪人であるあなたの正体を自ら」
「!」
ハッとして、真冬を見る春奈。
「怪人……春奈さんが?」
ニヤリとグンジョウが凄惨に笑う。
「……ッ!」
春奈はグンジョウへ向けて駆けだした。
グンジョウの意図がわかった。
真冬と夏美の胃の中にはダークシードがある。それを発動させる気なのだ。
真実を告げて―――――。
「させない!」
春奈は変身せずに生身の状態で、グンジョウを取り押さえようと飛び掛かった。
が、グンジョウはひらりと躱し、春奈の体を組み伏せる。
「さぁ、正体を現したらどうですか?」
「正体?」
春奈と夏美が悔し気に地面に伏している春奈に視線を落とす。
「そう、そうですよ。そのお方こそが貴方方を苦しめていたラファエロの魔人、ローズブーケなのですよ!」
「…………グッ!」
悔しくて歯が砕けんばかりに噛みしめる。口の中を切ってしまい口の端から血が流れてしまう。
「ウッ……!」
胸を押さえる真冬。
やられた、やられてしまった。
「あなたの大好きだったおねえさん! 春奈などどこにもいない。この方はぁ! 貴方を、エンシェントフェアリーズを倒すために近づいた我々ラファエロのスパイだったということですよ。ハーっハッハッハッハッハ‼」
目を見開いて、下品に笑うグンジョウ。
「そんな……春奈さん……が!」
夏美も胸を押さえて苦しみ始める。
グンジョウはスッと表情を消し、春奈の上から体を起こす。
「さて、二人をこちらに引き入れたところで、フェアリージュエルを回収しますか」
パチンと指を鳴らすと、天井に張られていた結界が消えていく。
「させないッ………!」
ゆらゆらと春奈が立ち上がり、何もない空間から黒いマントを出現させ、体に巻き付ける。
「おや?」
「もう、私は悪のラファエロの怪人じゃない。フェアリージュエルも回収させないし、真冬ちゃんたちも元に戻して、見せる」
春奈の体にまとわりつく邪気が鎧を形成していく。
ラファエロの闇の怪人、ローズブーケへと姿を変えた春奈が眼鏡をはずし、キッとグンジョウを見据える。
一方、グンジョウは先ほどの笑みを完全に引っ込めて無表情でローズブーケを見る。
「あなたが私に勝てるとでも?」
「勝てるかどうかじゃない。止めようとするかどうかよ!」
掃除用のデッキブラシを手に取ると、それが黒い茨のムチへと変化する。
ローズブーケが槍のように突き出すと、
「大人しくしていれば、私も何もせずにいたのに――――」
グンジョウの全身を白い鎧が覆い、二本の角が頭から突き出る。
黒茨を右腕で受け止め、巻き付く。
「とった!」
「これでは、パワハラではないですか!」
黒茨を掴み、力任せに引き寄せる。
「え――――!」
パワー負けし、ローズブーケの体が宙に浮き、
「本当にッッッ、愚かな人だッッッ!」
湯の出る岩にローズブーケを叩きつける。
「がっ、は……!」
背中からくの字に曲がり、岩が砕ける。
拳を鳴らしながらローズブーケに歩み寄るグンジョウ。
「まだやりますか? 元同僚のよしみで、これ以上傷つけたくはないのですが……」
「フェアリージュエルは……」
全身を震わせながら、気力だけで立ち上がる。まるで生まれたての小鹿のようだ。
「渡さない――――!」
「そうですか、まだやりますか」
グンジョウの拳がローズブーケの顔面を狙って放たれる。
「クッ―――‼」
両手を掲げて何とかガードをする。
が、グンジョウは攻撃の手を緩めることなく、次から次へとローズブーケへ拳をはなつ。
リング端に追い込まれたボクサーのようにガードをしてラッシュを受けるしかない。
「才能もない、自分の意思も弱い、そんなあなたが今更何をしようというのです?」
「……………ッ!」
春奈の唇が結ばれたのは、グンジョウの攻撃に耐えるためか、それとも、反論する言葉を持たないためか。
「何もできないんですよ! あなたは!」
グンジョウの拳が振り上げられ――――、
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