第27話 娘の荷物を漁る父親たち

「さて、不甲斐ない君たちは見事にミッションを達成できなかったわけだが……」

 湊はホテルの自室で丈と向き合っている。

 彼らはベッドの上で正座になっている。

「そんなこと言われても盗れるわけないじゃない。気を引くっても、釣りしてるだけだし」

「まぁ、僕自身もちょっと作戦が乱暴すぎたとは思っている。だから、今回は二重の作戦を考えている」

「まだ何かやるのかよ」

「隣の部屋にいくよ。丈」

 丈の苦言をとりあえず無視して、扉へ向かう湊。

「隣って、女性陣の部屋だろ? あいつらに入れてもらうのか? だけど、用もないのに入ったら警戒されて盗むなんてできそうにないが……」

「いや、入れてもらうのは真冬たちじゃない」

 二人は湊たちの部屋2010室の隣、2011室前に立ち、インターホンを押す。

「真冬たちはさっきすでに下の階にある温泉に向かっている。だから、この部屋に今現在人はいない」

「?」

 じゃあ、何しに来てんだと丈が首を傾げる。

 ガチャ……。

 無人のはずの部屋の扉が開かれた。

「打ち合わせ通りだね、ネオ君」

 扉を開けたのは、イルカの妖精ネオだった。

「ハァ……こんな泥棒まがいの手伝いをするなんて……」

 ため息とともに湊と丈を招き入れる。

「おい、いいのか……って何、娘の荷物をあさってるんだ⁉」

 湊はまっすぐに真冬のバッグをあさり始めた。

「フェアリージュエルがこっちにあるかもしれないだろう。丈も探せ」

「そんなことしたら夏美にさらに嫌われるだろう!」

「元々嫌われてる、大丈夫だ」

「…………」

 丈は結局湊の言葉に従い、緑色のボストンバッグをあさり始めた。

「それで、見つかった時はどうするんだよ?」

「フェアリージュエルが見つかった時かい? その時は……」

「違う。仮に敵が出たとして、昼間だったら夏美たちも現場に来るだろう? その時に見つかった場合だ。今までは夜しか戦ってなかったからバレなかったが、今回は昼も戦うつもりなんだろう。魔法少女のアイテムが自分じゃなくて父親の手に握られているとバレた時にお前はどうするんだよ」

 湊は漁る手を止めて考え込んだ。

「丈、実は僕にはある計画があるんだ」

「計画?」



「そのうち、僕たちが魔神少女になろうかと思っている」



「……はぁ?」

 正気を疑う丈だが、湊の眼は澄んでいて、真剣だった。彼は正気だ。いや、狂気に駆られている人間は逆に目によどみがないのかもしれないが……。

「なり替わるって、今までは夜だけ活動してたけど、昼も戦うってこと?」

「そうだ」

 ネオの疑問に即答する。

「つまり、このままフェアリージュエルを取り上げるってこと?」

「いや、今はまだその時じゃない。いずれだ。僕たちの活動が広まって、地位が確立したときにいずれ……」

 娘の荷物をあさりながら拳を握りしめる湊。

 なんだか血走っているように見えて、ネオは助けを求めるように丈を見る。

「大丈夫? 湊のおっさん暴走してない? 丈さんからも何か言ってやってよ」

「…………」

 丈はしばらく考え込み、口を開いた。


「一理ある」


「な」

「え⁉」

 まさかの援護射撃が発せられた。

「二人とも正気⁉ これからフリルをきた魔法少女としてずっと活動していくつもり⁉ あんな格好してラファエロの魔人と戦うの⁉ 気持ち悪くてたまらないんだけど」

「あの格好は俺も受け入れるつもりはないが、あんな怪物との戦いを女子供だけに任せて、俺は後ろに下がってなどおれん。娘が戦うのなら、俺が戦う。俺は警察官だぞ」

「………」

 丈が正論を言い、ぐうの音も出ないネオ。

「真冬と夏美ちゃんは十四歳という、これからの人格形成の基礎を作り上げる大事な時期。その時間を危険な魔人退治に費やさせるわけには行かない。それもあるな」

「それもって……じゃあ、本当の理由は何なんだよ?」

「………フェアリージュエルがないな」

「おい」

 丈の質問を無視して、荷物漁りをやめ、立ち上がる湊。

「やはり肌身離さず持ち歩いているよう……丈、君が漁っているバッグは夏美ちゃんのじゃないぞ? 夏美ちゃんのは黄色いボストンバッグだ」

「え?」

 後ろに黄色いボストンバッグがあることに気が付き、慌てて手を引く丈。

 丈の腕時計にひっかかり、白いひらひらしたものが空中にとんだ。

 ジグザグに揺れながら落ちるそれを、何となく湊はキャッチする。

「Gカップ……流石、でかいな」

 それは春奈のブラジャーだった。普段から大きいとは思っていたが、Gカップだったとは、目を見張る大きさだ。

「おい、おっさん発情しないでください」

「するわけがないだろう。春奈ちゃんは僕の娘でもおかしくない歳だぞ」

 ネオに注意され、否定しながら緑のボストンバッグにブラジャーを戻す。

「……これって」

 緑のボストンバッグの中、衣服にまみれた、あるカードを見つけてしまう。



『株式会社ラファエロ社員証―――本郷春奈』



 カードにはそう書かれていた。

「おい、何やってるんだ? もうないってわかったんだから部屋を出るぞ」

「あ、ああ……」

 夏美の黄色いボストンバッグの中にも何もなかったのだろう。外に出るように丈が言うが、湊の返事は空返事だ。

 隣に置いたブラジャーを見つめる。

 そういえば、ローズブーケの胸も大きかったな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る