第26話 やめさせていただきます!

 釣りから帰り、ホテルのレストランで夕食を食べている最中、こっそり春奈はその場から抜け出した。

「フゥ……」

 息を吸い、携帯を取り出す。

 連絡先一覧から電話をかける先の名前を探し、その名前をタッチする。

「…………」

 電話をかける相手は「グンジョウ」。


 プルルルルル……。


 コール音が鳴る。


 ピロリロリロリロリロ!


 春奈が電話をかけるのとほぼ同時に、曲がり角の向こう側から着信音が流れる。


「『はい、もしもし、グンジョウです』」


 電子音声と肉声が同時に聞こえた。

 通路の曲がり角の先で、

「グンジョウさん、もしかしてこのホテルにいます?」

『…………』

 電話口の向こうはしばしの沈黙。


 そして、ゆっくりと曲がり角から、携帯を耳に当てたグンジョウが姿を現す。


「ついてきたんですか⁉ ストーカーは立派な犯罪ですよ?」

「あなたのサポートに回ろうと思っただけではないですか。首尾よくいってますか?」

「…………ッ!」

 春奈は、湊からの言葉をもらって変わった。決意を固めたのだ。

 枠から外れて、自分をもっと面白い人間にすると。

「そのためには……言われてやりたくないことをそのままやってはダメだ!」

 グンジョウを睨みつける。

「え、っとつまりは言われたとおりのことができていないと?」

「違う!」

 春奈の口調に、グンジョウの眉がピクリと上がる。

「上司に対してその言葉遣いは会社人として……」


「もう、会社人はやめるからいいんです! 夢のためにならないことはもうやめる。学費と生活費は別で稼ぐ! 親にも協力してもらう! だから、ラファエロをやめさせていただきます!」


 春奈は懐から筆ペンで書いた退職届を出し、グンジョウの胸元に叩きつける。

 反射的にグンジョウは胸の退職届を受け取ってしまった。

「はい? まだ、わかりませんか? まだ、同じことを言わせるつもりですか?」

「今度という今度はやめさせてもらいます! 元から悪の手伝いをするのがどうかしてたんです! ブラック企業で夢を追う時間も取れないっていうのに、そんな会社とっとと辞めた方が私のためです。それでは!」

 一通り言いたいことをぶつけると、グンジョウに背を向ける。

「…………」

 しばらく歩いて、グンジョウが何も言わないのが逆に怖くなり振り返ると、グンジョウは変わらず無表情で春奈を見つめていた。

 それが逆に怖かった。


「ハァ……」


「ひッ」


 グンジョウはわざとらしいため息を吐いた。完全に彼に対して恐怖の感情を植え付けられた春奈は反射的に肩を揺らしてしまう。

「残念です。非常に残念です。そんな滅びの道へ向かうなんて。貴方程度の凡人が夢を掴めると思っているのですか? 勇気も努力も足りないあなたが」

「…………ッ!」

 逃げ出したい気持ちをグッと抑えて歯を食いしばる。

 震える拳を握りしめて、グンジョウを睨みつける。

「足りなくても、これからつけるもん! うるさいば~か! 私は全てを捨てて頑張るって決めたんだ! もう、放っておいてよ!」

 言えた……。

 顔を真っ赤にして肩で息をする春奈。

 グンジョウはジッと春奈を見つめ、

「そうですか」

 と、一言だけ言った。

「わ、わかりましたか? 私の決意が。だから、私は今まで積み上げてきたものをすべて捨てて夢を追いかけます」

「わかりました。では、この退職届を受理させていただきましょう。今までお疲れさまでした。言わなかったですけど、貴方は十二分に働いてくれましたよ」

「え……」

 ねぎらわれた。

 予想外すぎてぽかんとしてしまう。変わらず無表情だが、心なしかグンジョウの顔が笑っているようにも見えてしまう。

「い、いいんですか? 本当にやめますよ?」

「ええ……まぁ、それはそれとして、さっきからずっと聞きたいことが」

「そんな脇に置かれる話ではないと思いますけど、何ですか?」

「ダークシードは今どこに?」

「⁉」

 今は手元にない、真冬と夏美の胃の中だ。

 それを言ってしまえば、グンジョウは真冬と夏美の心に揺さぶりをかけて闇落ちさせに出るだろう。

せっかく、湊から勇気をもらったのに、それを無駄にしてはいけない。

「え、っと、すいません。まだ持ってます」

 指先を気まずそうにツンツンと合わせながら、嘘をついた。

「そうですか。大丈夫ですよ。そこにあるのですね」

 グンジョウの眼はホテルレストランに向けられていた。

 春奈はこれ以上いては嘘がバレる、と背を向けた。

「それでは……失礼しま~す」

「ええ、お疲れさまでした」

 エレベーターに向かって忍び足で歩く。

 いやにあっさりしてるな……。

 くるっと振り返ると、グンジョウはまだそこにいた。無表情で何を考えているのかわからないが立ち尽くしている。

「あの~……いいんですか? 一応、私改造されて怪人になってるんですけど。身体に爆弾とか埋められてませんよね? 反逆しようとしたり、逃げ出そうとすると爆発する的な……」

「…………」

 ニコッっと、グンジョウは初めて春奈へ笑顔を向けた。

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